第52話 海峡大橋の橋脚

「律子さん、この前ボクにメールをくれましたね、ボクのアドレスをどこで知ったのですか?」

「簡単よ、この前この課の人は皆んな、人事考課制度の自己申告書を出したわよね。暁さんはそこにアドレスを書いたでしょ」


「ええ、書きました。でも自己申告書はボクたちが出した申告書を読んだ課長が、コメントを付けて上に出すものでしょ。アドレスも書いた方が正確ですよね」

「そうよ、でも課長が私に『これをちょっと見ておいてくれ』と言って置いて行ったのよ」


「えっ!、そうなんですか。でもあれは課長が部下を査定するためのものでしょ、他の人に見せちゃいけないものですよね。それをどうして律子さんが見るのですか?」

「知らなかったの?あれは私が言ったことを、課長がコそのまま書いていたのよ。


「部下の評価を律子さんが言っていたんですか?」

「そうよ、この課のことは課長より私の方が、よく知ってるから」


 暁は驚いた、人事考課制度とは社員一人一人の適性に合わせ、最適な配置を決めるための制度だと思っていた。

 その結果によっては、昇進や給料にも影響する重大な制度である。

 ところが課長はそれを律子に聞いて、そのまま書いていたという。


「でも、それをボクに言ったのを課長が知ったら、律子さんはまずいことになりませんか」

「誰にでも言う訳じゃないわ、暁さんは特別よ」

「本当ですか?、本当にボクだけなんですね」


「本当よ、それに・・・・」

「それはいいんですけどね、この前のメールはなんだか河内の人みたいでしたよ」


「暁さんに私からのメールだと分かって欲しかったから・・・」

「大丈夫ですよ、他にボクのアドレスを知ってる人はいませんから」


「でもそうでもないのよ、暁さんの自己申告書は、課長、部長代理、部長と段々上に上がっていくでしょ、部長代理くらいまでは本人が見るけど、その上になったらほとんどの場合、秘書か誰かが見るのよ、その上になったら、本人は絶対に見ないわ」


「と言うことは、上層部の人たちは下からの情報は知らないのに、秘書課や重役の周りの人たちは、個人の情報を知ってるってことですよね」


「それだだけじゃないわ、人事部にいる人だって個人の情報だけを集めて、重役になりそうな人にすり寄っていく人が多いのよ」


「律子さんはやけに詳しいけど、どこでそれを知ったの?」

「私の父は信頼する部下の報告を信じたばっかりに、大きな損失を出してしまったのよ。

 裏切られたと知った父は、書類は全部自分で見ることにしたけど、事件は父一人の責任とされて、本社から洲本工場に飛ばされたのよ。だから暁さんが何かデータを集めてるって聞いたから、パソコンを持っていることを、むやみに人に教えるべきじゃないと思ったのよ」


「そうだったのか、なんとなくボクも親父を思い出すな。ところで洲本工場って言うとボクも一応は社員だから知ってるけど、淡路だよね、岸和田から淡路まで通ってたの?」

「父は工場の寮に住んで、私が大阪市立大に通うため、母と二人で岸和田に住んでいたのよ」


「律子さんも大阪市立大だったの?ボクと同じじゃないですか」

「だから、特別と言ったでしょ」


「特別の意味を誤解してたかもな」

「そうでもないわ、やっぱり特別よ、だから暁さんのアドレスは、他の人に見られないように消しておいたわ」


 ☆☆☆☆


「桑水流さんが大阪に戻って来はったらしいな。千里のマンション言うてたな」

「1年で大阪支店に来るとは出世コースにいるんだろうな」


「千里のマンション言うたら、家賃もえろう高いと思うな、きっと給料もごっつ、上がったんやろな」

「お前はいつもお金の話ばっかりだな」


「そやかて、お父ちゃんも気になるやろ、千里はお父ちゃんが造った万博会場跡地やしな」

「千里もあの頃とはずいぶん変わっただろうな」


「一度行ってみようかな、お父ちゃんは姫路に戻るやろ、その後なうちは矢田の姉ちゃんとこに行くさかい、そん時に寄ってみようかと思っとるんや、麻衣ちゃんも大きうなったやろな。

 そうや、桑水流さんとこに行く前に、パーマ屋さんに行かんとならんな」


「いつものパーマ屋さんだろ、予約は要らんのか?」

「予約は要るで、あのパーマ屋さんな、SYOS(サイオス)と言う機械を入れよってな、えらい人気や。そなもんやから、この前なんか行列ができとったわ」


「パーマ屋さんの機械って何かな」

「パーマをかけるやろそん時な、禁断の惑星のロボットみたいなもんを被るんやけど、中でなんか難しいことが起きるんや。その機械を作ったのがシャープなんや」


「シャープって、西田辺の早川電機だよな、社長の徳次さんが亡くなって今年で5年経つけど、新しい社長も頑張ってるんだな、テレビだけじゃなく、パーマ屋さんにまで進出するとは、さすがに発明家の会社らしいな」


「シャープが何を発明したんや」

「知らんのか、シャープペンシルは、シャープが発明したんだよ」


「へえーたまげたな、シャープ発明したからシャープぺンシルだったんか。知らなかったな。

 だけど、サイオスの半分は、フェミニンとパオンの山発産業が作ったらしいな。

 あの会社も頑張っとるで」


「春が言ってたけど、山発産業の社長の山本清雄さんは、持っていた美術品を全部、大阪市に寄贈したらしいな。大阪市役所の地下室に入りきれなくて、まだ芦屋の邸宅に6千点以上残ってるそうだな」

「どの位の値段やろな」


「あんたはまた金か、まあそうだな、佐伯侑三の絵をこの前、西武の堤さんが買った時、50臆円だったらしいな」

「50臆?間違いやないのか?」


「間違いないぞ、その絵がな今は200臆らしいな」

「ひょえー 200臆⁈、1枚でやろ、全部で何枚持ってはったんや」


「戦争で半分以上燃えてしまったけど、まだ40枚以上残ってるらしいな、他にも掛け軸とか壺とかいっぱいあるから、この名舞団地を全部買っても余るだろな」


「すご過ぎて、声も出んわ、お父ちゃん1枚盗んで来れへんか」

「馬鹿なことを言うんじゃない」


「もしもやで、芦屋が火事になったとしたら、どうなるんや?」

「分からんな、火事を起こさんように注意するしかないな」


「お父ちゃんは網干のホテルも出来上がって、明日からは姫路の日航ホテルの工事が

 始まるんやな。

 明石海峡大橋の橋脚工事が明舞団地のすぐ横で始まったやろ。道路も混むと思うな。そやから早う出んといかんな。


「そうだね、この前通ったら舞子駅の近くにあった、麻衣ちゃんが通っていた保育園も、橋脚工事でなくなっていたな」

「舞子海岸の景色も段々と変わっていくな、後10年経ったらどないな風景になるんかな」



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