第45話 おだてに弱い夜の帝王 

「昨日オレが言った付和雷同の意味、調べてみたか?」

「あー、調べたよ、辞典に載ってたな」


「じゃあ、意味は分かったんだな?」

「分かったよ」


「じゃあどうして怒らないんだ、オレを殴れよ」

「そんなことでけへん」


「そうだお前はオレが何を言っても怒らないな、だけどそれでいいのか、怒ってもいいじゃないか」

「仕方ないじゃないか」


「オレはお前のことをよーく知ってるつもりだ、いいとこも悪いとこも」

「そりゃあ悪いとこはいっぱいあるさ」


「春、それでいいのか、それがお前の悪いとこだ、言われたら言い返せよ、殴られたら殴り返せよ」

「殴ったって分からんヤツだっていてるやろ」


「あのな、殴っちゃいかん、怒っちゃいかんと、決めるからダメなんだ、怒ってるなら怒ってることを相手にぶつけろよ、そしたらスッキリするだろ」

「言われた方はどう思うかな」


「相手だって言われたら考えるだろ、言われて良かったと思うこともあるだろし、お前は相手のことを考えすぎなんだ」


「オレが言わなくても分かる人は分かるやろ、それでいいのと違うか」

「オレはそうは思わんな、言われないと分からないし、言い合うことで理解できるんだろ、『言わなくても、分かる人には分かる』と言うのは逃げてる証拠だ。

 自分が言えないから相手に委ねてしまうことだろ、それは責任逃れだ」


「…………」


「オレは評論家じゃない、だけどお前の絵に足りないのは自己主張だ。主張のない絵は見る人を退屈にさせるだけだ」


 巌に言われた春は反論が出来なかった「分かる人には分かる」と言っても、いつまで分かる人を待てばいいのだろう。殴りあうのは論外として、主張すべきことを主張するのが話し合いだ、と巌は言った。絵は作者の主張だと言った。


「そうやな巌、オレ今日から変わりそうな気になってきたな、絵も変えられるかな」

「変えるんじゃない、自分が変われば、絵は変わってしまうんだ、それが自然だろ」


「付和雷同は分かったけど、なんとか二矢は辞典には載ってなかったぞ、あれは何のことだ?」


「あんなもの知らん方がいいわ、オレも忘れるから、お前も忘れてしまえよ」

「今日のところは巌の言う通リにしといてやるわ、そやけど今度は許さんからな、覚えておけよ」


「そうだ、その調子だ、恰好よくなってきたぞ」

「冗談やないで、オレ以上に恰好いいヤツがどこにいてると言うんだ、いたら出てこい、相手になってやろうやないか」


「ヒィエー、恰好いい!」

「よーし今から飛田に行くぞ、巌も一緒について来い、よーく教えてやるわ」

「行ったこともないくせに、すっかりその気になっちゃって、夜の帝王気取りだな、まあおごってくれるなら付いて行ってやるわ」


 ◇◇◇


「おい片桐、みかん箱はどこにあるんだ」

「そこにあるだろ、音が聞こえないか」


「パイオニアとか何とかから音が出てるけど、オレが言ってるのは、みかん箱にくっ付けたフォステクスのスピーカーだ」

「おめえ、あんな話を信用してたのか、みかん箱なんて落ちてる訳がないだろ。

オレはちゃんと高い金を払って、パイオニアの高級スピーカーを買って来たわ」


「お前はオレを騙したのか、もう許さねえぞ」

「騙されるも何もないだろ。お前は、JBL もパイオニアもフォステクスも、音の違いなんて分かんないのだろ、AMPだってほら見てみろ、LUXっていう高級品だ」


「ケンウッドのチューナーアンプで、24,980円って言ってたな、あれも嘘か」

「今時、24,980円で揃うオーデ,なんてあると思うのか、お前って本当におめでたいヤツだな」

「ボーナス前だって言ってたな、金はどうしたんだ」

「オレんとこだってスッチーの組合が頑張ってるから、2.5か月は出るわ」


「CDも買ったのか、バド・パウエルじゃないな、これはなんて曲だ」

「バド・パウエルはフェミニンのヤツらが好きなんだろ、どうしてオレがそんなもの聞かなきゃならないんだ、これはジョージ・ガーシュインの「パリのアメリカ人」っていう曲だ、他にも「ラプソディ・イン・ブルー」もあるぞ。聞いてみるか?お前には無理だと思うけどな」


「オレが「ボヘミアン・ラプソディ」を知らない訳ないだろ」

「やっぱりお前はバカだな。ボヘミアン・ラプソディはクイーンの歌だ。

クイーンと言ったって女王陛下じゃないからな」


「なんだよ、堀之内を経験したら途端に、偉そうになりやがって、もう連れて行ってやらねえからな」

「お前にしてはあの堀之内の店は良かったぞ、今度はオレが吉原を教えてやるからな、よーく勉強するんだぞ」

「へへっ、すっかりあっちの帝王気取りだな、お前のおごりなら、吉原に付いて行ってやるわ」


 ◇◇◇


「あら偶然ですね、隆司さんに会えるなんて」

「小夜さんも来てたんですか、それにご主人もですか?」


「隆司さんですか、家内がいつもお世話になっています」

「いや、こちらこそ、で、今日はどうされたのですか?」


「ボクは会社の健康診断で引っかかってしまいましてね、精密検査を受けるため、ここに来ました胃カメラの検査ですけどね」

「小夜さんも検査ですか?」


「違うわ、私の家はこの団地よ、ここからも見えるわ、だから付いてきたの。

 それに私は努めていないでしょ、だから序でに市の健康診断を受けに来たのよ」


 小夜と隆三と亜未が住む館ヶ丘団地の北側に、東京医科大八王子市医療センターがあった。

 東京医大八王子医療センターは地域医療の中心として、高度医療を提供する病院で、八王子市中核病院に指定されていた。


 隆三が検査室に入り、待合室に隆司と小夜が残された。


「隆司さんも検査なの?」

「ふられ病ですよ」


「まあ冗談ばっかり」

「でも半分は本当です、実は一度、楓さんと西新宿に行ったことがあるんです」


「聞いたわ、キャッツを見に行ったのね」

「知ってたんですか、じゃあ全部言うしかないですね。

 ボクは写真も絵も音楽も、全く分かりません。それなのに、小夜さんには写真の専門家のように振る舞い、楓さんには絵の知識があるようなことを言ってしまいました。考えてみれば恥ずかしいことですね」


「そんなことはないと思うわ、隆司さんの写真は素晴らしいわ。私も亜未も隆司さんが撮ってくれた写真が一番、気に入ってるわ」

「本当ですか?」


「本当よ、亜未は隆司さんが撮ってくれた写真を、お人形さんの隣に飾ってあるわ、お人形は女の子の分身なのよ、写真を撮ってくれる人は、お人形と自分を守ってくれる騎士なのよ」

 じゃあ、ボクが亜未ちゃんを守る騎士なんですか?」


「そうよ、だから颯爽と、騎士のように振舞っていればいいのよ」

「小夜さんの話を聞いて、なんだかちょっと自信が湧いてきたな」





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