第41話 727も幸男もノック OUT

「ここに佐伯の絵を仕舞い込んでんだろ、残念だな、見せればいいのにな、

 せっかく山本清雄というおっちゃんから、ただで貰ったのに」


「ほんまや、倉庫に仕舞ってたら、そのうちカビが生えてくるわ」

「あのバカな大島じゃ、いつまで経ったって美術館なんかできっこないわ」


「大島って誰やったかな」

「大島ったら大島だろ、大阪市長の大島靖だ」


「大島が一人で決めるのか?」

「そうだろ、市長ったら大阪で一番偉いんだろ、他に誰がいる」


「大阪府知事はどうなんだ」

「今は岸昌ってのが知事だろ、あいつだって似たようなもんだ、横山ノックの方がまだましだ」


「横山ノックが大阪の知事になるって本当か?」

「今はまだ噂だけどな、今は参院議員だろ、そのうち大阪の姉ちゃんとこに戻ってくるわ」


「東京にも姉ちゃんはいてるやろ」

「東京には青島幸男っていうヤツがいて、意地悪ばあさんっていうコメディが、おばちゃんに人気らしいし、ノックには大阪のおばちゃんの方が似合ってると思うな」


「青島幸男も東京都知事を狙ってるんやろ」

「大阪と同じで東京の有権者もバカだから、あんな青島でも出たら受かると思うな」


「西川きよしってのもいてるな」

「あいつは母ちゃんの西川ヘレンに頭が上がんないから、出ないだろな」


 大阪市は山本清雄が寄贈した美術品のため、新美術館を建設することとなり、新美術館建設準備室が発足した。

 山本清雄の寄贈に触発されて、日本画の上村松園を所蔵していた実業家の田中徳松氏、モジリアニなど、エコールドパリ時代の作品を画商、高畠良朋氏が寄贈した。


 その他にも閉館したサントリー美術館などから寄贈が相次いだ。

 だが大阪市は財政難のため、建設予定地の中之島は、有料駐車場となっていた。

 その間、佐伯侑三もモジリアニも上村松園も、大阪市役所の倉庫に眠っていた。


 建設が始まったのは、維新の会の橋下徹氏が市長となった、2002から6年後の2008年であった。

 そして2022年2月、現 吉村洋文市長の時代になって、ついに「大阪中之島美術館」がオープンした。

 山本發次郎、山本清雄が守り続けた遺産は今、誰でも自由に見れる、国民のものとなった。

 もし戦災で失われていなければ、發次郎が収集した佐伯佑三の作品は140点あった。

 中之島で42点見られるのは幸いだが、失われた100点は返す返すも残念でならない。

 貴重な国民の財産が、再び戦火に包まれることが無いように、と祈るばかりである。


「ところでよ、こんなとこまで歩いたから腹減ったな、飯でも食おうか」

「そうやな食べてやってもええな」


「食べてやってもだって?、ふざけんな、いつまで片桐の真似をするつもりだ」

「片桐やあれへん、巌の兄ちゃんや」

 

「てめえ!飯代はお前が払えよ、オレは一銭も出さねえからな」

「ええで、コンビニのおにぎり代くらい、払ってやっても」


「あのな、ここまで来ておにぎりだって?見えねえか、この土佐堀橋を渡ったら、山本のおっちゃんの会社の本社だろ、おっちゃんを呼び出して、堂島で一杯飲ませてもらうってのはどうだ」


「名案だとは思うんやけど、巌はすぐに酔っぱらってしまうからな」

「それがどうしたっていうんだ、酔っぱらって操縦して、墜落した機長だっていたじゃないか」


「それはほんまか?」

「片桐の言うことだからあまり信用できないけど、とにかく墜ちたんだ、聞きたいか?」


「片桐っていう名前のヤツは確かに、信用できないな、そやけど聞いてみようかな」


 ここで原因不明とされた墜落事故について記すこととする。

 1966年2月4日、17時55分、全日空60便 ボーイング727、機体番号JA8302 は乗員、乗客133名を乗せ、羽田空港へ向け千歳空港を離陸した。


 60便は着陸予定の19時04分の2分前までは順調な飛行を続けていた。しかし着陸の2分前、管制官の航路確認には応信しなかった。

 19時02分、「現在ロングベース」を最後に通信は途絶えた。管制官は目視で確認したが、上空には5分後に千歳を離陸した日本航空の724便と、カナダ太平洋航空のダグラスDCー8が、着陸許可を待っていた。


 管制官は60便のため、C滑走路を空けて待ったが、ついに60便が羽田空港に着陸することはなかった。

 20時02分にかは搭載燃料が尽きることから、60便は遭難したと判断された。23時55分、木更津沖でNAAのマークがついた翼が発見され、60便の墜落は確実なものとなった。


 4月10日までに133名中132名の遺体が発見されたが、死因は衝撃による頸骨骨折と脳と臓器の損傷によるものであった。


 機体は90%が回収され、墜落原因の究明にあたった。15名の事故調査委員の団長に選任されたのは、全日空にボーイング727を推薦した日本大学教授の木村秀政教授であった。

 木村は推薦した727をおもんばかったのであろうか、早くから操縦ミス説を唱えた。全日空はボーイングの設計ミスを唱え、両者の見解は真向から対立した。

 委員の一人明治大学の山名政夫教授は、それ以前にアメリカで起きた727のスポイラーの誤作動に起因する事故を見て、ボーイングの設計ミスを指摘した。

 しかし、団長 木村の意見は他の委員の声を圧殺した。


 当時ボイスレコーダーの設置義務はなく、無線通信記録だけが唯一の事故原因究明の資料であった。


 ANN60便は着陸予定の2分前に事故は起きた。空白の2分間に何が起きたのか、徹底的な事故原因究明が求められる。だが惜しいかな、木村と対立した山名は事故調査委員を辞任することとなった。


 事故調査委員会が運輸省に提出した報告書には「原因不明」と記されていた。

 果たして事故原因は正しく調査されたのだろうか。

 運輸省への報告は「原因不明」と書いた紙一枚でこと足りるのだろう。


 しかし、133名の犠牲者と遺族に、原因不明と報告できるのだろうか。


 調査委員会とは誰のために設置されたのか、委員会の委員による委員のために設置されたのか。


 因みに事故調査委員会の団長の木村秀政は、月刊誌「航空情報」に「新型機を斬る」という記事を連載していた。

 木村氏がボーイング727を斬れなかったのは、なんとも皮肉である。










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