第4話 館ヶ丘団地

 東京の西、八王子市に館ヶ丘団地という公団住宅がある。

 JRと京王線の高尾駅からバスで約15分ほどの距離にあり、周りは森で囲まれて野鳥のさえずりも聞こえる。高台にあるのと高尾山から吹き降ろす風で、夏でも涼しくクーラーも要らないほどである。

 5階建て、8階建てと12階建てがあり、全棟にエレベーターが付いた比較的新しいタイプの団地である。商店や銀行、郵便局、病院、テニスコートもあり、生活に不自由はなかった。


 家賃は他の団地よりちょっと高く、傾斜制と言うシステムだった。傾斜制というのは最初の5年間は外の団地と同じくらいで、5年目からは段階的に高くなるという方式である。

 また買い取りと言う方法もあった。そのため比較的若い世代が多い団地であった。

 出生率も高く団地内の産院では毎日、5~6人の赤ちゃんが誕生していた。


 細谷隆三と妻小夜の長女、亜未も団地内の尾崎産院で誕生した。

 その日は5人の誕生があった。隆三はよその子とわが子を間違えないかと心配でたまらなかった。

 看護婦さんが「大丈夫よ、こんなに蒙古斑がある子は外にいませんよ」と言った。

 蒙古斑と言うのは赤ちゃんの時だけの現象で、お尻から背中にかけて青い色をしていることを言う。


 隆三と小夜の長女、亜未は特に青かった。

 隆三は「本当に消えるんですか、もし消えなかったときはどうするんですか」と何度も聞いた。


 よく言う「尻の青みも抜けないけせに・・・・」とか「青二才のくさに・・・・」

 などの言葉の由来である。


 青二才と言う通リ、本当に2歳くらいまでに消えてしまう。

 だから心配ないのだが、「お尻の青さで判断するのなら、虐待されて青くなった時はどうするのだ」と逆に心配になった。

 幸いにもとり間違えも虐待もなく、無事に退院できた。


 隆三と小夜の二人が出会ったのは三年前の夏だった。

 隆三はある事務機販売会社に勤めていた。暑い夏のある日、コピー機10台の契約が成立し、会社に電話して発送の手続きをしてもらった。リース契約の書類は明日持っていくことになっていたので、午後のスケジュールに空きができた。


 予定の売り上げも達成したし、サウナにでも行こうかななどと考えながら、車に乗りスポーツ新聞を見ていると、隆三のいる場所からそれほど遠くない川崎球場で、ロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)と東映フライヤーズ(現日本ハムファイターズ)の試合があるのを知った。しかもデーゲームだったので行ってみることにした。


 この両チームは当時あまり人気がなく、内野席も外野席もいつもガラガラだった。

 川崎球場は内野席の券を買うと、球場内を自由に移動できた。

 隆三は内野席の券を買い試合を見た。2回の裏にオリオンズのアルトマン選手がホームランを打ち、スコアカードに1が表示されたが、外野には観客が2~3人しかいなくて、ボールを拾いに行く人が1人もいなかった。


 隆三は外野に行けばホームランボールを手に入れられると思い、外野席に移動しホームランを待つことにした。

 当時この両チームにはアルトマン選手の他、張本選手や新人だった落合選手など、ホームランバッターが多かったので、ホームランは十分期待できた。


 試合は1対0のまま7回まで進み、アルトマン選手が2本目のホームランを打った。

 ボールは隆三の頭を超えてセンターの中段に落ち、空いているシートの下に転がった。隆三がシートの下を覗き込むと、いなかったはずの誰かの手が伸びてきて、そのボールを拾われてしまった。諦めて戻ろうとしたら後ろから男の声がして「女の脚を覗くな!」と言われた。


 覗いていたのは確かだが狙っていたのはボールで、脚ではないと言おうとした時、顔をシートにぶつけてしまった。「イテッ!」と言い、顔に手を当てると手に血がついていた。

 試合もそっちのけで車に戻ると右目の横が青くなり、腫れていた。

 その当時コンビニと言うものはまだ少なく、氷を買うこともできず、アパートまで帰ることにした。


 隆三が住んでいたアパートは2階建てで、上下それぞれ4戸あり、外に階段があった。

 隆三が階段を昇り始めると、上から降りてきた女性が「お岩さんみたい」と言った。

 隆三が冷蔵庫を開てみると氷はほんの少ししかなかった。そのころの冷蔵庫は冷凍機能が低く、冷凍食品と言うものはなかった、冷蔵庫の内部の上の方の一部が冷凍室となっていたが、氷を作るのが精いっぱいで、氷を使い切ったらできるまで5~6時間待たされた。


 隆三が困っていると階段で会った女性が「大丈夫?」と言って、氷を持ってきてくれた。

 隆三は知らなかったが彼女もこのアパートの住人だった。

「さっきお岩さんって言ったよね、お岩さんって何?」と聞いてみた。

 すると「四谷怪談って見たことない?怖い映画よ、目の横が青く腫れたお岩さんが、幽霊になって出てくるの」と言った。

 そして「今は毎日暑いでしょ、どこかの映画館でやってると思うわ,見に行けば」と言った。


 結局四谷怪談は見ることはなかったが、彼女と知り合うこととなった。

 数日経って、隆三がお礼の品を持って行くと、彼女の友人が来ていた。その人は館ヶ丘団地に住んでいると言った。

「凄く良いとこよ、涼しいし、テニスコートもあるのよ、小夜も来たら」


 隆三と小夜はテニスをやっていたことがあり、二人で行くことになった。

 小夜の友人が言ってた通リ、館ヶ丘団地は住みやすそうな所だった。

 隆三と小夜の交際が少し深まったころ小夜が言った「あの団地は家賃が高いけど、今二人が払ってる家賃を合わせたら、今より安いと思うわ」


 こうして小夜の逆プロポーズで二人は、館ヶ丘団地に住むこととなった。





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