襲撃、その顛末

俺は眠くはならないので、当然寝ずの番をすることになる。最初に床についたのはエリス。乙女に夜更しはあまりにも毒なのですとのこと。そして次はゴドリック。久しい帰宅なんだ、今日は早く休ませてもらうよ、と。


最後に残ったのはクラリスだった。ネグリジェに着替えはしたものの、まだいそいそと片付けであったり、ランプの火を消したりと働いている。食堂のランプを残し、他の部屋のランプをすべて消し終えた彼女は紅茶を淹れて


「ドルマさん、お茶に致しませんか?」


とこちらをしばしのティータイムに誘った。


かちゃ、かちゃ、と擦れ、ぶつかる食器の音だけが響く。正直何を話せばいいのかわからない。彼女と会ったのは今日のことだ。ただ美人でクール、そしてやけに家事の手際のいい人であるということだ。


クラリスは紅茶で唇を濡らし、一瞬何かを言おうと口を開き、閉じかけて、また、口を開いた。


「……今日のご無礼は、どうかお許しください。様々な心ない発言、特に悪魔の名前などをお付けになるなんて───いえ、私も先程呼んでしまいましたが」

「いや、俺もそこまで気にしてないから大丈夫だよクラリスさん。悪いというか、何というか…エリスが少し暴れたと言うか…」


くすり、と彼女は笑いながら、両の手でカップを包み込んだ。


「ええ、それはそうですね。だけどあの子はきっと、お父様が帰ってきてくれて少し興奮していたのでしょう。いつもは帰ってこられない方ですから」

「そう、なんすか…結構な金持ちっぽいので忙しいんだろうなっては思うんですけど」

ええ、と彼女は一瞬間を置いて、そしてまた、滔々と話しだした。


「彼は突飛な行動をする方ですから。突然深夜に帰ってきたかと思えば一時間後に出かけたり、丸一日何をするでもなくだらだら過ごしていると思えば、いつの間にか消えていたりと。彼は世界で最も資産を所有している人間です。ゴドリック協会の設立者にして会長。しかしその手段は決して人道に沿ったものとは言えない。寧ろそれに真っ向から反している。しかしだからこそ彼はここまでの地位を築くことができたのでしょう」


今回、魔人のガードマンを連れてくると言ったのも、その突飛な行動のひとつですよ。冗談かとも思いましたが、驚きはしませんでした、と続けた。


「魔人…ってのはこの世界では何なんです?なんか、珍しいってことはなんとなくわかったんですけど…」

「…この世界…?」

俺の口ぶりに、なにか違和感を覚えたような雰囲気だったが、それを深く掘ることなく、彼女は答えてくれた。


「魔人というのは人々の死に際の約束を果たすために誕生する存在です。昔はありふれた存在であったとのことですが、今やお伽噺同然。そもそも、その約束について相手を一切疑ってはいけないという条件は難しすぎるのです」

「…だけど、俺は現にここにいる。これが俺か、他の誰かの夢でなければ」

「ええ、私の夢でなければ、貴方は確かにここに存在している。…ご主人は一切の曇りもなく、その相手を信じていた。…おおよそ、世界で最も嫌われている男には似つかわしくはない、あまりに透き通った心で」

「………」


確かに。あの男の悪どさにしては、あまりに純粋な心。しかしながら、だからこそ世界で最も嫌われている男になれたのだろうと、俺はなんとなく感じた。


「ご主人には雇われてここに来たのですが、私も───」


そうクラリスが言い掛けた時、どんどん、と木のドアが少し乱暴に叩かれた。

おや、こんな夜更けに、と彼女がティーカップを置いて玄関に向かう。


一瞬、それに何を思うでもなく見送りかけたが、俺のうなじにぞわりとなにか冷たいものが落ちた気がした。

ヤバい。間違いなくおかしい。こんな森に入りかけたところに誰かが来るか?しかもわざわざ夜に。


「クラリス!!ちょっと待てなんかおかしい!!!」

「え?」


俺の言うとおりにクラリスは手を引いた。


だがしかし、それでもドアは開いた。あちら側から。


そして隙間から差し込まれたのは黒い袖に包まれた腕、そして拳銃。


それは真っ直ぐ、愚直にクラリスの額を狙い、一切ブレることなく、そのまま引き金を引いた。


きっかり三発。すべてが、彼女の白い額に風穴を開け、火傷を残し、貫いた。

銃声はこんなに軽いものだったのか。


俺は椅子を蹴り上げるように駆け出す。ドアを押し開け、クラリスの倒れた体を僅かながらも足蹴にしたそいつを、俺は力いっぱいに殴った。顔なんて見ていない。

腹にめり込んだ俺の拳に、何本か硬いものが砕けるような感覚があった。


ごぼっ、と空気と血の混じった塊を吐き、男は地面に倒れ伏した。


顔を上げると、ちらちらと炎が浮いている。人魂ではない、ランプだ。しかもそれはひとつでなく、四いや、五個ある。


「おいおい何だコイツ…こんな奴いつ雇った?」

「この骸骨マスクはよぉ!護衛か?」

「おい、ゴイルのやつ血ィ吐いてやがる…」


口々に疑問を口にする男たち。そのいずれも覆面を被っていた。後ろの二人の男は大きな袋を持っている。


「お前ら…何しに来た?何も言わずに人を撃って…何が目的だ?」


「目的?ンなもんわかってンだろ…?かのゴドリックと!その娘がァ!!!ここにいるっていうことじゃあねェか。門番でもつけてるかと思いきやこんな田舎町、しかも誰も手を付けてねぇなんて!攫って見世物にしちまうも良し!皮を剥いで絨毯にしても良し!そうでなくても恨みがあんだ、来ない手はねェだろ」


ショットガンを構えた一番前にいた男が、どこか誇らしげに言う。世界で最も嫌われた男の名は伊達ではなさそうだ。


「そうか…それじゃあ俺はそいつらの護衛なんだ。残念ながらお前らをこの家に一歩たりとも、通すわけにゃあいかない」


「そうか」


俺の顔に銃口が向けられた。クラリスと同じように。


「じゃあ死ね」


ゼロ距離で散弾が放たれた。想像以上の熱さ、重さ、痛みが一斉に俺の顔面に衝突し、耐えられず仰け反る。

だが、意識を失うには決して届かない。


「痛ぇん───」

「は?なんで生きて」


仰け反った勢いそのままに、俺はそいつに


「だよぉぉぉ!!」


思い切りヘッドバッドを食らわせてやった。うぉ、と声にならないうめき声をあげて地面に崩れ落ちる男。起き上がろうとしてはいるが手足が痙攣して動けないようである。


対してこちらは普通に痛いが傷はついていない。さっきのやりとり───俺が死なないということであちらの陣営は相当に恐れをなした様子である。

俺が一歩、前に進む度に後ずさってゆく。

拳銃、ショットガン、そのいずれも俺に向けられている。引き金にも指を掛けている。


うわぁぁぁぁあぁぁぁ!!と悲鳴をあげながらひとりがついに発砲した。それに誘発されて何発も、俺の体に銃弾が降って来る。


痛い。痛いが足を止めるほどでもない。一人目。それなりの力で顎を殴り上げた。ゴキャ、という砕ける音を響かせ真上に浮き、そして力なく倒れる。

歩を進めて二人目。こめかみにつま先を当てる。地面に叩きつけられるようにして動かなくなった。そいつが落とした拳銃を拾い、三人、四人は適当に撃つ。心臓、そして眉間に一発ずつ。意外と使うことができた。


さて五人目、といった時に、そいつは袋を投げ捨て、こちらに背を向け走り出した。

逃げたのである。向かいの森に馬が数頭括り付けてあるのに気づいた。


その中の一頭に乗り、男は馬を駆る。けたたましい馬の鳴き声を残し、そいつは一目散に視界から消えた。


俺は走る。こいつは決して逃してはいけない。逃せばどんな情報を流されるかわからない。

景色が前から後ろに流れ、地面が氷のように滑る錯覚をする。そして俺は、なんと追いついてしまった。思った以上に魔人の運動能力はずば抜けているようである。



「おい、おいおいおいおいおい!?なんでだ、なんでだよ、なんで馬にまで追いついッ、て!?」


そいつのコートの裾を、俺は握った。


「誰一人逃さねェよ」

「うわぁぁぁァァァァァァァァァァ!!!」


ただ力任せに引き摺り落とす。特に受け止めもしなかった。最高速度を走る馬から落ちた人間がどうなるか。基本的知識があれば察せる。馬はそのまま駆け続け、すっかり闇に消えた。

覆面から血の滴るそいつの体を抱えて、俺は歩いて家に帰ることにした。



ボス格の男──俺にゼロ距離でショットガンを浴びせてきた男がもしも起き上がっていたらどうしようかと危惧し、途中で走って帰ってきた俺の心配は運良く杞憂で終わったようだ。


依然倒れ伏し、ゼェゼェと喉を鳴らしている男の覆面を剥ぎ、そいつ金髪を引っ張って顔を上げさせる。

ぺちぺち、と頬をはたき、目覚めさせて


「おはよう」

と一声かけるとジタバタして俺の手から逃れようと藻掻く。しかしその程度で俺が離すわけもない。髪を捻るように引っ張ってやって静かにさせ、俺は一番の疑問をそいつにぶつけた。


「なんでここを知った?誰がお前らをけしかけた?」


言わなきゃ殺す、と銃口をそいつの顎に突き立てると、震える声で男は漏らした。


「今朝アジトに、アジトに届けられてたんだ。ここの住所と…なんの護衛もないって。切手も貼られてなかったから直接届けに来たんだろ…それ以外わかんねぇ、本当だ、わかんねぇんだ。信じてくれ、お願いだ…」


分かりやすく命乞いをする男。俺はため息をついて、「わかったよ」と、


そのまま引き金を引いた。

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