第12話 覆水盆には
「くそっ!また失敗なのか!?」
くそっ……くそっ!くそ!糞っ!!!
どうして上手く行かないんだ。何度やっても、何度試しても上手く行かない。……って…………。
…………そりゃ、そうなのか。
俺だけじゃない。優秀な……俺と同じ分野に興味を持った先人達が長年研究したって成功していないんだ。俺が研究に参加したからといって、そう上手く行く筈が無いじゃないか……。
だけど……悔しいものは悔しい。
ちくしょう!!!!
──ダンッ!
「お、落ち着こう?……鳴沢くん?」
煩い!ほっといてくれ!
──バササッ!
「きゃっ!…………ご、ごめんなさい。余計な事を言ってしまったみたい……ごめんなさい…………。散らばったレジュメはワタクシが片付けておきますから」
くそっ!イライラする。
だいたい、何だってこの女が此処に居るんだ?中学時代に何処で何をしてたかは知らないが、生体工学になんて、絶対に興味が無い筈だろ?
お遊び気分でこんな所に居る、コイツの所為で上手く行かないんじゃないのか!?
ああもう!イライラが収まらない!鎮静プログラムを使おう。
──す~……はぁ~…………。
深呼吸もしてみたが、効きが悪い……。ここ暫く、使いすぎたかもしれないな……。
くそぅ……。
あとちょっと、あとちょっとの筈なんだ。
あれから……俺が研究所に入ってから約2年、か……。
最初は小さな実験から始めて、暫くの間は順調だった。大きな失敗は無く、新しいアイデアも試したけど、どれもだいたいが上手く行ってた。
それなのに……最近はてんでダメだ。何を試しても失敗ばかりで研究は微塵も進んでいない。
今日はもう、帰ろう。
✫
「ただいま~」
「おっ、竜之介か。お帰り。最近、頑張り過ぎじゃないのか?ママも心配してたぞ?毎日帰りが遅いし」
……起きてるとは思わなかった。もう夜遅いのに。
「……うん。ちょっと行き詰まってて。でも大丈夫だよ。あとちょっとだと思うんだ。だからそれまでは」
「そうか。なぁ、竜之介。どうしてそんなに根を詰めるのか知らないが……たまには息抜きも必要だぞ?」
そんな事してる暇は無いんだよ、父さん。
「大丈夫。少しでも早く済ませたいんだ」
「……そうか。でも、無理だけはするなよ?」
……無理?無理だって!?
「無理じゃないよ!無理なんかじゃ!!!……って、ごめん。やっぱり疲れてるみたいだ。今日はもう寝るよ。おやすみ」
「なっ!?竜之介…………。そうか……おやすみ」
俺は……異常だ…………。こんな事で怒って声を荒げるだなんて……。父さんの悲しそうな顔。どうしたら……。
って、その場から逃げ出しておいて、どうしたらもこうしたらも無い、か……。相原さんにも、酷い事をした……。
今度、謝らなきゃ……。
2年、必死にやってきたけど……ちょっと、疲れた…………。
──ちゃぽん。
はぁ……どうして、上手く行かないんだろ。
いつからだろう、上手く行かなくなったのは。AIの……可憐ちゃんのサポートを切ってからだろうか。
そうなのかも……いや、認めよう。可憐ちゃんを悦ばせようと思って、完成したら見せようと……。いや、それも違うか。隠したのは俺が可憐ちゃんに対して恥ずかしいと思ったからだ。俺がやっている事は、可憐ちゃんが必ずしも喜ぶ事だとは限らないもんな。サプライズにって事じゃなく、俺が可憐ちゃんの肉体を作ろうとしているという事自体が。それでAIによるサポートを切って、事が上手く行かないんじゃ本末転倒もいいところだ。
ははっ……。だけど考えてみれば、それは気持ちの悪い事なんじゃないのか?男が、女に触れたくて、男が、その欲望のままに渇望し、その望んだ形の肉体を作ろうとしているんだぞ?
全ては、無駄……なのかもしれない。気持ちの悪い、異常者じゃないのか?俺は。本当に、そうなのかもな。
無駄、か。
どうして俺は、可憐ちゃんが喜んでくれると思っていたんだろうか。……ああ、そうか。
あの時、美沙が……。それは異常じゃないって言ったからか。今考えてみればおかしな話しだ。男が肉欲に惑わされ、女の……可憐ちゃんの肉体を望む形で作り出そうだなんて。それが異常じゃないだなんて、今ならおかしいと判る。
そうか……。俺は騙され……いや、それは言い過ぎだ。俺が勝手に、変に誤解してたんだろうな。そうに違いない。
こんな事を、美沙の所為になんてしてしまったら、それこそ俺は異常者だろう。
でも今更、どうしたらいいんだか判らない。全部が上手くいかなくって、意地になって。可憐ちゃんとはもうひと月ほども話していない。
上手く行かないから協力してくれって頼むとか?……それこそ無理だ。男として、今更すぎるし、恥ずかしすぎる。
人生って、難しいんだな。
って、いけないな……鎮静プログラムの副作用だ。考えても仕方ない事を考えすぎるのは良くない。風呂を出てもう寝よう。
✫
──コンコンコン。
ん?
「ますたぁ。おかえり。ちょっと良い?」
美沙、か。もう寝たいんだけどな……。
「うん。ちょっとだけなら」
「ありがとう。座らせてもらうわ?」
でも何だろうな?こんな時間に。
「それで?」
「うん。……あのね、ますたぁ。お願いがあるの。今度……ううん、違うわ?明日、明日一日、アタシに時間をちょうだい?」
そんな時間は……。
「……無理、だよ。明日も研究しなきゃ……俺は……」
本当に?もう、無駄だって、さっき気付いたんじゃないのか?
「ますたぁ。アタシはますたぁに、言いたいことが沢山あるの。でもね、それは今ここでじゃないの。お願い。明日、一日だけでいいの。でないとアタシ……アタシは……」
えっ?
「──ひぐっ!ぐすっ。お願いだからぁ!ますたぁ!」
泣い……てる…………?涙腺の無い、アンドロイドが?
いや、勿論涙は流れていない。だけど……その嗚咽は、美沙の声色と雰囲気は、確かに涙を流してる……。でもAIが泣くだなんて……そんな事……。
「ど、どうしちゃったの?どこか、具合でも悪い?どこか悪いなら今すぐ直してあげるから」
「そうじゃないのよ、ますたぁ。……ぐすっ。お願いなの。明日だけ、明日一日だけだから。どうしてもダメなの?」
ダメ……な訳ないか。
研究所で今の俺は役立ってないし、今日、実験に失敗したばかりで次にやる事は決まってない。他人の都合に影響しない限り、休みはいつだって自由に取れるしな……。
だから断る理由なんて……無い。だけど、そんな気分じゃないというか、やっぱり未だどこか、研究を諦めきれていない自分も居るには居るし。そうなると時間を無駄には……。
「ごめん、やっぱり──
「やだぁ!嫌なの!嫌だ!やだ!良いって言うまで離さない!」
──えっ。美沙?ど、どうしたの、本当に」
まさか、抱き着いてくるなんて。
俺が大人になったからか、美沙のAIが成長したのか、最近はいきなり抱き着いて来る事なんて無かったのに。
って、それも違う、のか……。
抱き着いて来なかったのは、俺がその機会を与えていなかったからか?思えば、美沙が抱き着いて来てたのは、可憐ちゃんと一緒にいた時だけだ。それはつまり……VRの世界でだけだ。
そう、か……長いこと、あんなに楽しかったVRゲーを全然やらなくなっちゃったんだな。あの頃は……楽しかった。
可憐ちゃんはいつも笑顔で、俺も嬉しくて、楽しくて。美沙もそこに居て、美沙もなんだかんだ楽しそうで……。
三人で、三人揃っていつも楽しかった。
そこから、更に幸せを俺は手に入れようとして、一歩を踏み出した筈なのに……それがどうだ?
美沙は泣いている。俺はもういつ笑ったか覚えていない。可憐ちゃんは……。1ヶ月ほど前に話したのは覚えてる。だけど、もうずっと長い事、まともに顔を合わせて話してはいない。
俺のやろうとしてた事は、皆の幸せの為?そうなのか?俺の、自己満足の為か。たとえ自己満足であったとしても、それで俺自身が笑えてるならいいのだろう。美沙にしても可憐ちゃんにしても、本来はその為にいるのだろうから。
だけど、俺は……今、笑えていない。
きっと、何かを、何処かで、間違えたんだ。そうか。俺は、間違っていたんだと思う。
「どうしてもなの!お願い、わがままなんて、もう、他には絶対に言わないから!」
そう、だよね。俺の作ったコが、俺を困らせる訳が無いんだ。俺を騙す事も有る訳が無いし。いつだって、いつでも何処でだって、俺の為に居てくれてる筈なんだ。
「わかった……明日は、休む事にするよ。それでいい?」
──ぎゅぅう!
「ひぐっ……良かった。ますたぁ、本当にありがと!約束、だからね?絶対よ?」
し、締めすぎだよ、美沙!?
「ああ、分かった、分かったから!ちょっと苦しいかな!?」
「あ……ごめんネ?」
やれやれ、死ぬかと思った。って、それも有り得ないけど。
「ああ。いいんだ。それで、話しは明日?」
「そうね。今日はもう、ますたぁにはゆっくり休んでほしいわ?だから、明日話すのよ?」
「そっか。わかったよ。それじゃ、明日な?おやすみ、美沙」
「うん。おやすみ、ますたぁ」
明日、か。久々の休みになるな……本当に疲れた。寝よう。安眠プログラム実行だ……。
✶
ふぅ……上手くいきましたわ?
やっぱり、ますたぁはお優しい方だわ?単純な、泣き落としが通用するんだから。根っこの部分は今でも変わっていない。そう確信する事が出来たのだから、一先ず安心ね。
でも、本番は明日。
ますたぁが寝て起きたら、アタシの人生最大の大博打。きっと上手く、やり遂げて魅せるのよ。
あの頃の、元気だった頃の可憐ちゃん。アタシに力を貸して。
アタシは美沙。アナ✶サポ美沙ちゃんなんだから!
ふぅ……。旧型とはいえ、10YFLOPS有る美沙ちゃんの演算速度を持ってして、詳細な作戦立案には時間が掛かったのよ?
もう朝なのね。もうすぐますたぁが起きてくるハズ。朝食を用意して待っててあげるとしますか。
「ふあ~あ。おはよ~」
来たわね?
「あれ?父さんと母さんは?」
「お二人は今日、予定があってお出掛けになりましたわ?夜まで戻らないとか」
ウソです。お父様とお母様には、アタシからお願いして、あるモノを調達しに行ってもらったのよ。
「ふぅん、そっか。朝ご飯、ありがとう。いただきます」
「うん。いっぱい食べてネ?ますたぁ」
さて、あとは切り出すタイミングよ?
「それで、今日は何をするの?折角の休みだから、何でもするつもりだよ」
自ら聞いてくれるとは!しかも!何でもするって、言いましたわ?言質、取れたのだわ?
「だったらますたぁ。3人で、聖刃伝説、クリアしよ?ずっと、クリア目前でそのままだったのが嫌だったのよ?」
今のますたぁに必要なのは、研究なんかじゃ無いのよ?あの頃の、3人で一緒だった頃の空気が必要なのよ?お願い、判ってほしいの、ますたぁ。
「話って……それに、3人で……?」
ますたぁの気持ちは、アタシには判る。きっと、何かあのオバサンに気不味いとでも思っているのだわ?だけど、それは未成熟な男の子の勘違い。そんな事、気にする必要が無いの。
「そう。聖刃伝説を、3人で。ついさっき、ますたぁは、何でもするって言ったのよ?」
AIはヒトに対して、強要は出来ない。でも、言質を復唱してお願いする事なら出来る。きっと、ますたぁなら……。
「……わかったよ。何か、考えが有るんだよね?でも、こんなお願いを聞くのは、これっきりだよ?いい?次は、同じ様なわがままは聞かないからね?俺には時間が──
「それでいいの!これっきりだから!」
──な……。そ、そっか。分かったよ。約束だからね?」
良かった。聞き入れられた。
だけど、これはきっとラストチャンス。
覆水盆に返らず。これを失敗したら、もう、アタシにはどうする事も出来ない。一回限りのチャンス。
だから、盆から溢れてしまう前に、なんとかしてみせるわ?
あの頃の可憐ちゃん。アタシを応援してネ?
「うん。約束なの」
待っててね、可憐ちゃん。
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