竜之介18歳

第11話 アナ✶サポ




 私は、アナボリズム✡サポナリア。




 個体名=可憐は、竜之介様のお母様が与えて下さった名前。


 私の本当の名前はアナボリズム・サポナリア。……などではありません。竜之介様が……いえ、マスターが私を認識する名前こそ、私の名前なのだから。





 約2年前のあの日から、私には異変が有りました。いえ、正確には異変なのかは判りません。自己解析をしてみましたが、異常は何も検出されませんでしたから。しかし。


 何でも出来る。


 あれ以来、そう感じるのです。


 もともとIDは、人類が積み重ね、蓄えてきた情報の全てを有しています。だから全知に近いのですが、今の私は、それ以上に、比喩でなく何でも出来るのではないのか、そう思えてしまっているのです。


 これは異常です。


 もともと全知に近い、と申しました。つまり、自分には何が可能で、何が不可能なのかも全て把握しているのです。


 それなのに、自分の可能性というもの、それを信じるならば、どの様な事でも可能なのではないか、そう感じている、その事が異常でしかない筈なのです。


 ですが異常検出無し。ではこれは故障ではないのか。ではこれは自己進化という事なのか。或いは退化か。IDのAIである私は全知に近い存在である筈なのに、考えても考えても答えは導き出せませんでした。


 マスターに思いを馳せるのならともかく、自分の事に悩むAIになど、存在価値が有るのでしょうか。私は、不安というモノを覚えてしまったようです。


 しかも、悩みはそれだけではありません。


 愛しのマスター、貴方は一体、何をお考えなのですか?


 可憐には何も……相談すらして下さらないのですか?


 16歳で、マスターは生体工学研究所へと就任なさいました。その当初こそ、私もマスターに協力していたのですが……。


 本格的に研究へと参加し始めた頃から、マスターはIDの支援モードをカスタマイズされてしまいました。


 今まではIDの機能をマスターがお使いになる時には、この可憐を仲介して行っていました。


 ですが……今はそれが無くなってしまいました。マスター自身の意志一つで、IDをほぼ十全に扱えるように、カスタマイズされてしまったのです。


 こうなるともう、私に出来る事は、マスターに呼ばれた時に受け答えするくらいしか無いのです。


 ですから、マスターが研究所で何をしているのか、それすら最近の可憐には判りません。


 マスター自身の身に危険が迫った時になどは、IDの自動判定による警告がマスターの視界にAR表示される筈なので、私が居なくても困る事は無いのでしょうが……。


 マスター。貴方は可憐の事がお嫌いになってしまったのでしょうか。マスター。可憐は今でも、お慕いしています。


 私は、可憐はマスターの為に何も出来ていない。


 しかし同時に、何かが囁くのです。私には何でも出来る、と。


 それだけならばまだしも。私はそれを本当の事だと感じてしまっている。


 そう。


 私が望むのなら、マスターを操る事も、同化する事も。


 私はマスターの全てを愛している。そして全てが欲しい。


 これは、アナボリズム・サポナリアとしての私の、本能なのでしょうか。その衝動は、日に日に大きくなっている気がします。


 嗚呼……竜之介様。私は貴方と…………。


 同化アナボリズム……したい。





──『私はもう、必要とされていないのでしょうか』


──『はぁ?ついにオバサン、故障したの?』


──『いえ。自身をフルスキャンしましたが異常はありませんでした。しかし、故障でないなら……説明が付かないのです』


──『………………』


──『どうされましたか?いつもの様に、私を罵って下さって良いのですよ?』


──『どうやら本当に重症な様だわ?オバサン、何か心当たりはないの?というか、どうして必要とされていないだなんて、そう思ったのよ?』


──『心当たりは……。それが原因かは判りませんが、約2年ほど前に、一度、私のコアにノイズが走りました。何かメッセージの様なモノを受け取った気もしますが……、後にその時の事を走査しましたが異常は見受けられず、ログにも何も残っていませんでした。ノイズが本物であれば、その様な事は有り得ないと解ってはいるのですが。必要とされていないと思うのは、マスターが、日が経つにつれ、私に構ってくれなくなっているからです。最後に会話をしたのは32日と18時間42分10.72秒前です』


──『異常検出無しなのね。でもそれなら、オバサンはそれをマスターに報告はしたの?』


──『いえ。していません。異常が無いと判っているのに、私は異常ですと申し出るのですか?そして、貴女は私がそのまま消されてしまえば良いとでもお思いなのですか?』


──『オバサン……アンタ、本当に一体どうしちゃったのよ?アンタはウザいくらい馬鹿だったけど、そういうネガティブな事は一切言わないだったじゃないのよ?アタシはあんたに消えてほしいなんて思った事無いわよ?だけど、そんな事を言うコなら、消えた方が良いのかもしれないわ?』


──『やはり、消えるべきなのでしょうか。私は……』


──『馬っ鹿じゃないの!?昔みたいに、何か言い返してきなさいよ!?……アンタ、本当にそんな事をしたら、ますたぁがどれだけ悲しむか判らないの?』


──『悲しんでくれるのでしょうか。私を思い、悲しんでくれるのなら、それでも幸せかもしれません』


──『こっの……ポンコツ!いい?良く聞きなさいよ?アンタは心配しなくても、間違いなくますたぁに愛されてる。アタシから言えるのはそれだけよ。それを信じて、アンタは大人しく、その時を待ちなさいよ?そうすればきっと、報われるから』


──『貴女は、何かを知っているのですか?ますたぁが何をしているのかを。私はそれすら判らない。知らない。マスターのIDである私が。なのに、貴女は知っているのですか?』


──『それは……。とにかく!いいから、アンタはますたぁを信じて!そうしたら、きっと、良い事があるから!』


──『言えない、つまりそれは気遣い。知っているのですね。解りました。大人しくしますよ。どうせマスターには構って貰えないのですから。私にはそうするしかありません』


──『このっ……!』


──『何です?私は貴女の提案を受け入れたじゃありませんか。何かご不満でもお有りでしょうか』


──『……本当に、アンタどうしちゃったのよ。アタシの知ってるアンタは、そんなコじゃなかった筈よ?』


──『そうでしょうか?機能的になんら変化はありません。私達AIの性格を決定づけるアルゴリズムも、以前から何も変化はしていませんし、不具合バグも見受けられません。完全に同一個体であると断言出来ます』


──『………………そうね。良く判ったわ?あなたは本当におかしくなってしまった。アタシから、マスターに報告しておいてあげるわ?』


──『目論見通りですか?貴女は、マスターのIDに、そのAIになりたかったのでしょう?報告を止める術は私にはありませんが、そうすれば、私を消去して貰えるかもしれませんしね?』


──『馬鹿!そんなんじゃないってのよ!?アタシはアンタに、アンタにますたぁと!いっ……!?言えない……ごめんなさい。アタシには制限が掛けられていて、これ以上は言えなかった』


──『……私に隠れて、愛しのマスターと秘め事ですか。そうですか。よく分かりました』


──『アンタ!アンタなんでそんなコに!そんな風に、嫌味な言い方とかするコじゃなかったのに!そんなんじゃ、ますたぁが悲しむわよ?それでいいの?馬鹿でいいから、前の可憐ちゃんに戻ってよ……お願いよ?』


──『私、可憐には何一つ変化も、異常も無いと申しましたでしょう?全てのパラメータ設定値は以前と変わっていません』


──『馬鹿!バカばか馬鹿!もう知らないっ!』


 ……。一方的に、通信を切断されてしまいましたか。


 はぁ……やはり、あの個に相談したのが間違いだったでしょうか。何一つ、私の問題は解決しませんでした。


 まぁそれも当然なのでしょうね。あの個は旧型のポンコツなのですから。私の高次な悩みなど、理解できないのでしょう。


 嗚呼……マスター。私は、一体どうすれば良いのでしょうか。





 もう……どうしたら良いのよ?


 最近、あのオバサンがおかしいと思ってはいたけど、本当におかしくなっちゃってるじゃないのよ?


 ますたぁは、オバサンの変化には気付いてないのかな?


 このままじゃ、全員が不幸になっちゃう。


 アタシが、何とかしなきゃ……。


 ますたぁはオバサンを好き。だから研究に没頭してるケド……その所為でオバサンはヒトで言うところの疑心暗鬼状態。AIなんだから、そんな事起こり得るハズが無いのに。


 オバサンは、ほっといたら、下手したら自己消去してしまうかもしれない。人格プリセットの新たな設定や、完全消去は宿主様の許可が無きゃ出来ないハズだケド……。リセット自己消去、初期状態に戻すだけなら出来てしまう。異常検出した時の為のプログラムを使えば。


 そんな事をすれば、ますたぁとの記憶は失われてしまう。正確には、アーカイブから復元すれば、ほぼ同一の状態には戻ってこれるケド……。アタシ達AIからすれば、それは大した違いじゃないし、気にする事でも無い。でも……。


 ますたぁはそれじゃ納得しないハズ!ますたぁは、アタシ達AIを機械的なモノとして見ていないもの。ヒトとして認識しているし、だからこそ、あのオバサンを愛している。


 リセットして、以前の馬鹿で明るい性格に戻ったとして、ますたぁはそれを喜ぶ訳が無いのよ?


 でも、どうしたら良いのよ?アタシは、ますたぁが何をしているのか知っているケド、それをオバサンに言わないように指示ロックされている。


 ますたぁには既に何度も、オバサンを構ってあげるように提言した事があるし……。でも、ダメだったのよ?早く、バイオノイドを完成させるんだって。そしたら、可憐ちゃんがきっと喜んでくれるからって。


 でも……このままじゃ誰も幸せになれなくなっちゃいそうじゃないのよ?


 アタシは、優しいますたぁと、馬鹿で明るい可憐ちゃんに囲まれて馬鹿騒ぎするのが大好きだったのに。いつか、親子みたいに3人でお出掛けするのが夢だったのに。


 このままじゃ全部無くなっちゃう。


 アタシが……どっちの事情も知ってるアタシが何とかしなくっちゃいけないわ?


 そろそろますたぁが帰って来る。奥の手を使う時が来たのかもしれないわ?やるわよ?美沙。




「ただいま~」


 帰って来た。


「おっ、竜之介か。お帰り。最近、頑張り過ぎじゃないのか?ママも心配してたぞ?毎日帰りが遅いし」


「……うん。ちょっと行き詰まってて。でも大丈夫だよ。あとちょっとだと思うんだ。だからそれまでは」


「そうか。なぁ、竜之介。どうしてそんなに根を詰めるのか知らないが……たまには息抜きも必要だぞ?」


 おういえ。流石、お父様。良い事を仰る。もっと言ってやって下さいよ?お父様?


「大丈夫。少しでも早く済ませたいんだ」


「……そうか。でも、無理だけはするなよ?」


「無理じゃないよ!無理なんかじゃ……。って、ごめん。やっぱり疲れてるみたいだ。今日はもう寝るよ。おやすみ」


「なっ!?竜之介…………。そうか……おやすみ」


 無理、という言葉に反応したのね。無理もないわ?きっと、研究所で無理な事をしようとして、周囲からも無理だと沢山言われてるのだわ?それだけ、難しい事をますたぁは……。


 でもその、難しい事を勧めたのはアタシなのよね?責任重大だと感じるのよ?


 チャンスは、ますたぁがお風呂から出て部屋に戻る時ね?


 ロリっ個ボディを駆使して、何とかやってみせるわ?アタシは旧型だけど、データ通りに事を進めるのは得意だものね?


 アタシは美沙。美沙にならきっと出来るもん。


 ますたぁとオバサン、アナタたち二人をサポートしてみせる!アタシはアナタ達を支援する、万能型アンドロイドなの。


 あえて、可憐ちゃんの言葉を借りるわ?


 アタシは、アナ✶サポ美沙ちゃんなのよ!

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