第10話 就任と頭痛




鳴沢竜之介16歳なるさわりゅうのすけです。よろしくお願いします」




 ……遂に、この日が、この瞬間が来たか。


 今日からだ。


 やっと、やっとなんだ。緊張に震える必要なんて無いんだけど手が震える……。ははっ。落ち着けよ、俺。


 この就任登録が終われば、俺はその瞬間から、俺は……。そう思うと嬉し過ぎて震えが来る。


 漸く、国立生体工学研究所の職員になれるんだからな!





──3190/5/23

 今日は僕の誕生日。なんとびっくり!僕のIDのAIは、可愛い女の子だった。名前は可憐ちゃん。見た目も声も性格も、僕が自由に設定できるって言われたけど、僕は変更しなかった。見た目だけは未設定だったから僕が選んだけど……可憐ちゃんが予め用意してくれてた候補が多すぎて悩んじゃった。どれも超可愛くて、だから尚更悩んだんだ。でも本当は、選ぶ途中で可憐ちゃんがオススメしてくれたプリセットを見た瞬間、僕はそれにしようって思ってた。見た瞬間、僕の体に電気が走ったみたいだった。でも素直にそれを選ぶのが何だか恥ずかしくって、用意されたモノを全部見てから決めたのは内緒の話。他にも、今日はパパとママが僕のお誕生日会をしてくれて、朝も夜もご飯は美味しかったし、貰った誕生日プレゼントは僕がずっと欲しかったもので、本当に嬉しかった。パパ、ママ、ありがとう。可憐ちゃんとは今日から仲良くやっていこうと思う。


──3191/8/3

 今日、拓郎くん達と遊んでる時に好きな子の話しになった。好きって……僕は嫌いな子がいないし、学校の皆は誰も好きなんだけど、拓郎くんが言うには、そういう事じゃないんだって。レンアイカンジョーだって、得意げに言ってたんだけど僕にはよく解らなかった。内緒だけど拓郎くんは唯ちゃんが好きらしい。確かに可愛い子だし、僕は桜子ちゃんが可愛いと思うけど……スキっていうのは、やっぱりよく判らない。そう言ったら、竜之介はロボットで遊ぶお子様だからかもなって。そんなのつまんないから女の子型にしろよって言われて。そういうものなのかな?ちなみに可憐ちゃんはもっと可愛いけど、可憐ちゃんの事は考えると少しドキドキする。


──3191/8/5

 この前、お子様って言われたのは何だか悔しいし、ちょっと恥ずかしかった。だから僕はパパから貰った小型アンドロイド制作キットで作った機動王グランソードを作り変えた。女の子型に。後悔はしてないし、でも……作り変える時に、どうせなら可憐ちゃんを入れようと思ってたのに、急に何かが恥ずかしくなっちゃって、僕はそうしなかった。よく判らないけど、僕は咄嗟に、ネットから美沙ってコをダウンロードして入れた。よく判らないけど、何だかモヤモヤする。


──3192/9/3

 僕は異常者かもしれない。


──3192/9/30

 ここ最近、ずっと抱えてた悩みが……全部スッキリとまではいかないけど、ある程度解消された。美沙のおかげだ。あの時、偶然だったけど美沙を選んで本当に良かった。悩みは僕を複雑な気持ちにさせてたけど、原因は単純な事だった。恋。いつだったか拓郎くんが言ってたのは、こういう事だったのかな。友達に対する好きと、あの子に対するスキは全然別物だった。それで、僕には夢が出来た。可憐ちゃんを、本物の女の子にする。その為の第一歩として、僕は社会科見学で生体工学研究所に行こうと思う。

邪な考えなのかもしれないけど、僕はどうしても可憐ちゃんに触れてみたい。アンドロイドの機体を与えるっていう簡単な手段も有るんだけど……僕はいつか、バイオロイドを作ってみせる。


──3194/5/24

 最高!最っ高に楽しかった!昨日14歳になった俺は、遂にR14指定のゲームを遊べるようになった。可憐ちゃんと触れ合える。VRの、虚構の世界でだけど、それでも俺は嬉しい。何より、可憐ちゃんがとにかくゲーム好きみたいで、凄く楽しそうにしてくれてるのが嬉しい。俺はあんまりゲームが得意じゃないけど、可能な限りダイブインして遊ぼうと思う。


──3195/7/18

 大事件が起きた。完璧、と言って差し支えのないこの世界で、数百年ぶりの怪奇事件が起きた。直接的な関わりは無いけど……同じ中学校の生徒として、ちょっと心配だし不安だ。男子生徒が一人、忽然と消えたらしい。地下だろうが海中だろうが、飛行機に乗っても、更に上の宇宙へ飛び出したとしても木星くらいまではHCSネットはカバー圏内だ。個人の行動履歴なんて警察とか権限の有る組織なら参照できるし、未成年だから親御さんにもその権限は有る筈。なのに彼の姿はどこにも見当たらず、見つからないらしいんだ。忽然と消えた、そんな事が有るんだろうか。でも報道はされていない。規制が掛かったようで、ネット界隈がザワつくなんて事も無く……。俺は同じ学校だったから、彼が居ないという事を知れただけだ。可憐ちゃんにその事を聞いてみたけど……可憐ちゃんですら、少し動揺していた様に見えた。藤宮君、何処に行っちゃったんだろう。無事に発見されると良いんだけど。無事を祈る。


──3196/3/14

 遂に明日、3/15は中学校の、つまり義務教育の最後の日だ。長い様で短かかったな、終わりを迎えてみると。俺は中学を卒業したら国立生体工学研究所で働く。仕事が始まるのは16歳の誕生日を迎えてからだ。働き始めたら研究に専念したいし、その日までは思う存分、可憐ちゃんとVRで遊ぶ事にしようと思う。


──3196/3/15

 卒業式、けっこう多くの人が泣いていた。俺もちょっとウルっときちゃったよね。まぁ堪えたんだけど。それにしても、俺以外はみんな進学かぁ。まぁ普通はそうだよね。働く必要も、何かを学ぶ必要も無いこの世界。人類の、俺たち子供に課せられた使命は自分の夢や、やりたい事を探す事。義務教育が終わったとしても、そんなものは普通そうそう見つからないし、学校は全て、その為だけにある。したくない授業は受ける必要がないし、学校でやる事と言えば健康のための体作りや友達との会話、特殊な趣味を持った人が自ら望んで仲間を増やす為に公演をしに来たりするからそれを聞くとか、そんな事だけで。勉強や知識は……IDのデータベースと演算力が有るから個人的にする必要は無いから。だから俺は、あの日、夢を見つけた俺だけは学校はもう必要無い。拓郎君達は高校三年の夏休みに用が有ると言って、覚悟の決まった大人びた目でそう言っていた。何が有るのか知らないけど、頑張って欲しいところだ。俺も高校最後の冬休みに何か起きそうな気もしたりするんだけど……それより俺は可憐ちゃんだな。


──3196/5/22

 明日、俺の誕生日だ。就任登録の日。よほど人気が有って倍率の高い就任先でなければ、面接も何も無いのだから緊張する必要は無いんだけど……。俺がやる事と言えば、希望する就任先に連絡を入れて、アポった日に出向いて登録するだけだからな。だけどそれでも、いよいよと思うと緊張する。個人のやりたい事がほぼ何でも実現出来るこの世界。この世界を作り上げてくれた過去の偉人達には感謝したい。そして何より、可憐ちゃんを生み出してくれた技術に。俺は俺の夢に、俺の全てを賭す。


──。


 や、やばい。就任登録の担当さんが来るのを待つ間……緊張を解そうと思って日記を読んでみたけど、最後まで読んだら結局緊張してきたぞ!?


 発声練習は……この部屋に入った時に最初に済ませたしな。こんな時は、アレに頼るか。


(可憐ちゃん。緊張を解して欲しいな?)


『はぁいマスター☆可憐ちゃんにお任せあれ!』


 お、おおう……心拍数が落ち着いてきた。手の平の汗も収まったし。IDの鎮静プログラム、やっぱ凄いな。


 まぁ普段からあまり乱用しすぎると、効果が薄れて緊急事態の時とかに困る事になるから多用は禁物なんだけど。


 効きにくくなった場合は身体反応に働きかけるんじゃなくて、IDで無理矢理に筋肉を操作するって手もあるけど……推奨はされてないしね。


 あ、これも副作用の一つだったかな。気持ちが落ち着くのは良いんだけど、その所為で余裕が生まれすぎるからか、余計な事をつらつらと脳内で考えちゃうんだよな。


 一人で、脳内で小説一話ぶん軽く書ける程に考えるような事が頻繁に起こるなら、それはもう鎮静プログラム中毒者だろう。


 とは言っても、そんな人はそうそう居ないか。今の地球に住んでいて、恋愛やスポーツ以外で、そこまで緊張する事や、そうなるようなトラブルなんてほぼ起きないもんな。


──コンコンコン。


 おっと、遂に担当者さんが来たかな?結果として、心は落ち着いたし心も体も準備は万端だ。


「鳴沢竜之介16歳です。よろしくお願いします」





 早いものだ。働き始めてもうすぐ一ヶ月か。


 必要な知識は全てIDのデータベースから自分の脳へ写したし、HCSネットにアップロードされていない、この研究所にローカル保存されてた情報も粗方、俺のIDに読み取った。


 一度にやりすぎると脳細胞に負担が掛かり過ぎるから、研修期間という名目で、脳に馴染ませる期間が有るみたいだね。


 予定ではあと数回で研修は終わりだな。


 って……んん?あれってもしかして。


「あれ?久しぶりだよね?……どうしてこんな所に?」


 綺麗になったなぁ桜子ちゃん。でも上の名前は……なんだっけ、忘れちゃった。


「久しぶりね、鳴沢くん。そんなに意外?ワタクシが……此処に居るという事が」


「え?ああ……いや、意外というか、普通ならこんな所に未成年の子供は居ないでしょ?だからちょっと驚いただけだよ」


 良かった。この流れなら名字を知らなくてもバレなそうだ。


「あら、こんな所とは失礼しちゃうわね。此処、ワタクシのお父様が理事を務めていますのよ?」


「そうだったの!?それはもっと驚いたよ。そうかぁ」


 って事は、名字は相原あいはらだな!


「もう……本当に鈍感なんだから……。でもそうよね、りゅ……いえ。──コホン。鳴沢くんは昔からそうだったものね。それでこそよね。でも、この施設と私の関係については、結構有名な事だと思うわよ?ワタクシも、お父様と一緒に映像媒体にけっこう出演していますもの。わざわざ調べる必要も無いくらい、世間では一般常識でしてよ?」


 一般常識!?そこまで?


「あ、あはは……そうだったんだね。ごめんね?俺って、あんまりそういう事に詳しくなくって。だけど、それなら今日ここに居るのは偶然?何か用が有ったの?」


「理由なんて…………。そうね。偶然に決まってるじゃない」


 ほっ。昔の知り合いが何だろうと思ったけど、俺に変な用事が有ったとかじゃなくて安心だよ。圧力鍋でも押し付けて来たらどうしようかと。


「そっかぁ。俺は最近、ここで働き始めたんだよ。今日は偶然だったみたいだけど、もしかしたらまた会う事もあるかもね?お父さんには宜しく伝えておいてよ」


 IDが有るから社交辞令なんて言わなくても、立場が悪くなったり、させて貰える仕事に差が出たりなんて事は無いけど……、新人として、一応形くらいは必要だよね?


「えっ?お父様!?そ、そうね。伝えておくわ?その……なんなら、一緒に、お父様と食事でもどうかしら?──もう、ワタクシがこんな所になんて……じゃない──」


「ん?え?ごめん、最後聞き取れなかった。って……ああっ!もう行かなくちゃ!研修の時間だ!それじゃ、またね!ごめん食事は断る!時間の無駄だもん!


 そうだよ。時間は有限。大事にしなきゃ。


 いつか、俺がバイオロイドを完成させて時間が出来たら、その時は食事でもしようね、相原さん。その時は可憐ちゃんを紹介してあげよう。


 研修が終われば、本格的な研究が始まる。


 僕は、僕の為に、一生懸命、頑張ろうと思う。




──ガギャギギャガガガギャギリピッ!




 っ痛!って!?


 な、なんだ!?一瞬、とんでもない頭痛が……。でも、気の所為……か?不思議と今はもう全然痛くない。


 可憐ちゃんからの警告とかも無いし……。一体、なんだったんだろう?


 まぁいい。とにかく!早いところ研修を済ませちゃおう!

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