第08話 仮初の現実




「マスター!13時ヒトサン方向に敵影!その数4体っです!」




 おっと!さすが可憐ちゃんだ!


 敵影4、あれは……ゴブリン!通常タイプ近接武器持ち3、アーチャー遠距離武器持ち1か!


ッケーOK!俺は援護に回る!美沙はアーチャーに気を付けて!」


りょ了解。魔法攻撃で支援するわ?」


「可憐ちゃんはいつも通り突撃ですね!一匹たりとも後方へ抜けさせません!お任せ下さいマスター☆」


「ッケー!Go!」


 可憐ちゃんは相変わらずヤル気満々だね!


 にしても、このゲームのゴブリンって、他のファンタジー作品に出てくるのと全然似てないんだよな。


 緑色した子鬼っぽい感じじゃなくって、どちらかというとデフォルメした猫?みたいな見た目だ。黄色いし。


 まぁ可愛くて俺は好きだけどね。


 ん、流石に、可憐ちゃん一人で全部を足止めするのは無理か。こっちに一匹来たな。


「おっと、これ以上美沙には近付けさせないよ?X斬り!」


 ──ぼごっ!っころころころ。


 よっし、仕留めたぞ。ん~それにしても倒した時の音が気持ち良いね。刀で斬ってるのに弾けるような音がするのは不思議だけど。弾けた瞬間、骨だけになって飛び散るのも面白い。


「えい。フレイムボール。……ぉ~ぃ可憐ちゃん、避けないと熱いわよ?」


 わわ!?美沙?そんな小声じゃ可憐ちゃんに聞こえないよ?


「おーい!可憐ちゃん避けろ!」


「ぎゃぁぁぁあ!」


 あちゃぁ……。燃え上がるエフェクトに巻き込まれちゃった。


 まぁゲームの仕様上、味方同士ではダメージが入らないから大丈夫なんだけど、熱いことは熱いんだよね。フルダイブ型TRゲームはリアリティがキモだから。


 っと、でも今ので最後の一体を仕留めたね。


──ピロリロリロン♪パララタラリッタ~♪


「お、レベル上がった!」


「を~ますたぁ、おめ」


「……美沙さん?後でちょっと、二人でお話ししましょうか!」


「嫌よ」


「可憐ちゃんナイス索敵と足止めだったよ。でも大丈夫?」


「ハッ!?は、はいっ!可憐ちゃんは大丈夫でありますっ☆あっそれよりレベルアップおめでとうございます!」


 あははっ。あんなに燃えてたのに、元気だなぁ。まぁ、そこが可憐ちゃんの魅力的なところだよね。


「でも、気を付けてね?それにいつも一人で先に突撃するけど、やられないようにね?」


 可憐ちゃんって、敵を見付けるといっつも直ぐ突っ込んでいくからなぁ。ゲームだからやられても死ぬ心配は無いけど、見てて何だか危なっかしくて。


 もしもの時に怪我を治してあげれるように、俺はクラスチェンジでナイトになろうかな。っていうか、そうしないと多分、誰も回復魔法を使えないパーティになっちゃうだろうし。


 可憐ちゃんは脳筋ゴリゴリの素手近接アタッカー。美沙は攻撃専門の魔法少女だから。


 クラスルートによっては可憐ちゃんも回復を使える筈だけど、今までのプレイを見てると最終的にはデストロイヤーを目指しそうだからね。


 それにしても、俺以外は素の性格と正反対のキャラを選んだのが面白いな。


 俺は人の変化にだから回復も攻撃もにこなせる聖騎士系を目指す。だから現実のイメージ通りだろうけど、現実では超賢くて可愛い可憐ちゃんが選んだのは、ちょいとおバカで獣人の超攻撃型キャラだ。現実では甘えん坊で気弱な美沙が選んだのは、気が強くて自律した大人の雰囲気が有る魔女だもんな。


 俺はそうじゃないけど、人は自然と、ゲーム虚構の世界では自分とは正反対のキャラを選びがちなのかもしれないね?


「可憐ちゃんなら大丈夫ですよ、マスター!」


 そっか。それなら良いんだけどさ。にしても、ほんとに元気だし、それに楽しそうだ。


 まぁ俺も楽しんでいるけど、可憐ちゃんがこうも楽しそうだから毎日ダイブインTRゲーをプレイしたくなっちゃうんだよなぁ。


 可憐ちゃんが喜ぶと、俺も嬉しいから。


 それに……ココVRは仮想の、仮初の世界ではあるけど、可憐ちゃんに触れる事が出来る。俺にとっては夢のような世界。


 ナノマシン、IDがもたらす脳の錯覚でしかないとしても、俺の、いつか叶えようとしている夢が半分叶ったようなものだ。


 脳がそう感じるなら、虚構だろうと現実と変わらない。現実世界で肌に本当に触れるのも、IDからデータ電気信号を脳で感じるのも、感じ方に差異は全く無いし、32世紀の世界では虚構と現実の差なんて有って無いようなモノ。


 仮初本物現実虚構。そこに溺れてはいけないんだろうけど、俺は少しでもいいから可憐ちゃんと触れ合いたい。


 だから少しでも多くダイブインしよう。可憐ちゃんを楽しませる為に。未だ本当には叶っていない、俺の心を慰める為に。


 俺は可憐ちゃんに、あれからずっと恋をしてるけど、未だそれを伝える事は出来ていない。


 俺の心を、好きだって想いを伝えるのは、いつか夢が叶った時にって思ってるけど、今直ぐ知って貰いたい気持ちも勿論有る。


 だけどそれは出来ない……というか怖いんだ。


 昔から変わらない可憐ちゃん。いつも元気で明るくて……それってつまり、俺に対する態度も全く変わってないんだよな。


 それを少し残念に思う俺が、最近の俺の心の中に居る。


 それって、俺に対して何も想って無いって事な気がしちゃってて、それが少し残念だし、俺の想いが叶わないかもしれないという不安感にも繋がっている。


 だって、俺はあの時、というか自覚すらしていなかったけど、恋をし始めた時から可憐ちゃんに対する態度が変わってしまっていたから。


 きっと、もしも可憐ちゃんが俺を想い、俺に恋をしたなら、何かしら態度に変化が有る筈なんだ。


 でも昔から、何も変わらない可憐ちゃん。


 ほんの少しでもいいから、俺の事を想ってくれないだろうか。


 俺のIDなんだから、当然、俺の事は四六時中思って……俺の事を考えてくれているだろうけど、それは仕事なだけだろうから。


 どうやったら可憐ちゃんとの距離を縮められるのかはよく判らない。だけど、こうして一緒に遊んでいたら、少しは縮まる機会も有るんだと思いたいよね。





「っしゃぁ!やったぜ!可憐ちゃん、美沙、お疲れ!」


 っふぅ~!ボス撃破!作戦通り、大成功だ!


「お疲れ様ですっ☆流石マスターです、完璧な攻略でした!」


 よっし、可憐ちゃんも凄く楽しそうだったし、今回のボス攻略は言う事無しだね。


 だけど……ボス戦が終わった後はやっぱり握手か。勿論、握手だけでも俺は嬉しいんだけど……これってやっぱり、俺は友達くらいにしか思われてないのかな。


「あははっ。大袈裟だなぁ、可憐ちゃんは。でもありがとっ」


 大袈裟なくらい俺を褒めてはくれるけど、それは昔からそうだったからなぁ。精神的にも肉体的にも、可憐ちゃんとの距離はまだまだ遠いままみたいだ。


「うん。流石ますたぁ。かっこよかったわ?」


 うわっと!美沙が抱き着いてきた!ちょ、ちょっと可憐ちゃんの前では恥ずかしいな。


「な、何をしているんですか?美沙さん……!?」


 美沙が俺にするみたいに、俺も可憐ちゃんにハグ出来たら嬉しいんだけどなぁ。でも彼女が求めているのは握手だ……。


 それに、いきなり好きな人にハグをするのは俺にはレベル難易度が高すぎる。恥ずかしくもあるし。


「なにって?……勝利を称え合うハグだけど?ね?ますたぁ。お疲れさまぁ♪(ぐりぐり)」


 こ、こらこら、お腹に頭をグリグリされたらくすぐったいよ。本当に美沙は甘えん坊さんだ。


 頭でも撫でてやって、そっと引き剥がそう。それにしても、美沙が相手なら全然平気なんだけどなぁ。


 美沙は俺が作った妹?の様なモノだから。


「あ、あはは……。そうだね、美沙もお疲れ。協力してくれてありがとな?」


 ぬっ!?今日は美沙の甘えたさんが強いな?中々俺から離れようとしないぞ?


「は、離れなさい!このドビッ……ドチビがっ!勝利を称え合う為にこの可憐ちゃんが握手をしようとしていたでしょうが!?」


 どび……ドチビ?可憐ちゃん、それはちょっと言い過ぎかな?それにしても、二人は本当にいつも仲良しだ。二人共、俺には見せないような表情で楽しく話してる姿を何度も見てるからね。このVR世界に来てからというもの。


 可憐ちゃんも美沙も、俺の管理下にあるAIだから、きっと対等で仲のいい友達なんだろうな。


 気兼ね無く話せる友達って、大切だもんね。ちょっと汚い言葉が出ちゃうのも仕方無いのかもしれない。


「そうだったのね?はい、握手。お疲れ様、可憐ちゃん」


 うんうん、友達同士、仲良く握手する女の子は見てて微笑ましいや。美しい光景だよ。


「離しなさい!!!」


 ありゃ?手を弾いた?美沙が可憐ちゃんよりも先に、兄的存在の俺に甘えたから拗ねているのかな?


「ひっ……酷い……アタシはただ……仲間友達と勝利を称え合いたかっただけなのに……ひぐっ。ますたぁ、カレンちゃんがイジメるの……酷いよぅ……ぐすっ(ぐりぐり)」


 あっ、コラコラ!またお腹にグリグリしないで!本当に俺の妹は甘えん坊さんだ。


 ここは一つ、二人の友情の為にも、俺が一肌脱ごうか。


「可憐ちゃん?俺達三人は仲間だ。仲良くしようぜ?ほら、二人とも仲良くな?仲直りの握手だ」


 よし、世話の焼ける妹を案じるフリをしつつ……可憐ちゃんの手に触れちゃった!かなり自然にイケたっしょ!


「ご、ごめっ……ご、めん……なさい、美沙さん。さっきのはその、可憐ちゃん、手が汗で汚れてたから、美沙さんにつけてしまったら悪いと思って……うっかり…………誠にごめんなさい。ちょっと間違えただけなんです」


 な~んだ、そういう事だったのか!


 それに、声……だけじゃなくて全身が小刻みに震えてる?俯いて表情はよく見えないけど、ちょっとした間違いを後悔して涙が出そうなのかもしれない。それを堪えてる?


 うんうん、泣きそうになる理由は解るよ。大切な友達に、変に誤解されちゃったら悲しいもんね。ちょっと言葉遣いが変だったけど、誠心誠意謝っているみたいだし、これで一件落着かな?


 二人は誤解がとけてハッピー、俺も可憐ちゃんに触れる事が出来て超ハッピー、全員ハッピーだ!


 ぎこちない表情だけど、可憐ちゃんも笑顔になったしね?


「うん。アタシも、ごめんなさい。ちょっとビックリしちゃっただけなの。アタシ、可憐ちゃんの事好きだよ?ずっと仲良くしようね?これからもよろしくね?」


 よしよし、流石は我が妹だ。美沙、素直に謝罪を受け入れてあげれる度量があって凄いぞ。それに、自らも相手に謝る謙虚さも持ち備えていて偉いじゃないか!


「うんうん。間違いを赦してあげれるのは偉いぞ、美沙」


 良く出来たご褒美に頭を撫でてやろう。


「えへへ。アタシ偉い?ますたぁ?(にこっ)」


「ああ、偉い偉い。本当に良いだな、美沙は。可愛いし」


 美沙も独特な表情をしてるけど、これはこのコの笑顔だ。作った俺になら、それが良く判る。


 あ、だけど可憐ちゃんがまた変な表情に……。


 いかんいかん、あまり妹を可愛がると、可憐ちゃんは友達を取られたと思って、また拗ねちゃうかもだね。


 これが、俺が原因の嫉妬だったら良いのになぁ。それなら可憐ちゃんは俺の事を好きかもって思えるのに……。


 でも、流石にそれは無いよね。美沙は俺の妹みたいなものだってのは、一緒に作った可憐ちゃんなら良く判ってる筈だもの。


 兄に甘える妹に嫉妬する訳が無い。人の機微に聡い俺にはそれが良く判る。俺が人の機微に聡いってのは、完璧として知られる第13世代IDである可憐ちゃんのお墨付きだもんね。


 だから間違い無い。


 さって、冒険の再開ゲームの続きだ!




──今は少しでも、この仮初の現実夢のひと時を楽しむ事にしよう。


 俺に残された、遊べる時間寿命はもう長くは無いのだから──。

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