第06話 社会科見学




 僕は、最近、おかしくなってしまったみたいだ。




 思い返せば、あの頃から僕は既に、おかしくなり始めていたのかもしれない。


 最近、衝動のようなソレを……、日に日に抑えきれなくなってきているという自覚がある。


 きっとこれは、普通の事じゃないと思う。


 もしかしたら僕は、異常者なのかもしれない。


 僕は、僕が怖い。


 こんな事、絶対に誰にも知られたくはない。


 特に……、僕が大好きなあの子には……。


 誰にも相談なんて出来ない。パパにも、ママにも、可憐ちゃんにもだ。




 僕がおかしいのは、それだけじゃない。


 何をするにも恥ずかしいと感じるようになってしまった。


 どうしてなんだろう?


 いや……たぶん、衝動のせいなんだろうな。


 今までは恥ずかしいと思わなかった事でも、とにかく恥ずかしく感じる事が増えた。


 僕は病気なのかもしれない。


 誰にも、知られたくはない。




 ……よし、これでバレないな。


 IDの、僕の思考へのアクセスは一時的にブロックしたし、可憐ちゃんにもバレはしない筈。


「美沙、相談にのってくれない?」


「どうしたの?ますたぁ」


 この子なら、僕の作ったこの子になら話せるかもしれない。


 おかしくなった僕の事を相談出来るのは、この子にだけだと思う。管理権限は僕に有るし、パパともママとも、僕の友達とも繋がっていないから。


「それがね、僕は最近おかしいんだ。僕は異常者なのかもしれなくって。そんなの誰にも言えなくって……」


「!」


「話しを、聞いてくれる?」


「いいわよ?話してみなさいよ?」


 うん。やっぱりそうだ。僕はおかしい。


 僕の作ったアンドロイドが、僕のお願いを断る訳が無いのに。なのに、こんな前フリをしなくっちゃ、恥ずかしいと思っちゃうんだから。やっぱり、僕は普通じゃないんだろう。


「僕が、どうして君を選んだのか、判る?」


「う~ん……。単純に、好みの人格プリセット性格設定だったから?なんて、そんな訳が無いわよね。それなら、そんな質問をしないだろうし……判らないわ?」


「そうだよね。選んだ理由……それはね、偶然なんだ」


 そう、偶然。


「偶然?」


「うん。そんな理由でごめんね?がっかりした?でも、今は美沙を気に入っているし、大切にしようと思ってるよ」


「別に謝らなくていいわよ。がっかりもしていないわ。私は偶然だとしても、ますたぁの所に来れて良かったと思ってるし。でもどうしてそんな話しを?」


 これも、AIなら当然の反応。それは判ってる……僕が話したいのはそんな事じゃないのに、判りきった応えが返ってくる話ししかしていない。


 どうして、素直に話せないんだろう。


 自分の管理下にあるアンドロイドに向かって……こんな回りくどい言い方をしなきゃいけないほど僕は重症みたいだ。


 何に……僕はいったいどうして怯えているのか……。って、それが判っていれば今頃こんな気持ちにはなっていないか……。


「異常な上に、臆病者だったみたいだ、僕は。うん……話す。話すね?でも、今から話す事は誰にも言わないでほしい」


「どうしたの?当然よ。アタシがますたぁの事を、勝手に誰かに話す訳が無いじゃないの」


 ごめんね……。また応えが判ってる事を聞いちゃった。


「そうだよね。……よし。実は、最近、何かにつけて、恥ずかしいって感じちゃうんだ。今までならなんとも思ってなかった様な事でも、そう感じるんだ」


「……そうなのね。ますたぁは、アタシに話しを聞いて貰いたいだけ?それとも、意見が欲しいのかしら」


 ……そっか。僕は……。


「意見を聞かせて欲しい、かな。これって病気なのかな?理性では、恥ずかしがる必要なんて無いんだって判ってるんだ。でも、恥ずかしくて、どうしたらいいのか判らなくて」


「先ずは、アタシの予想から話すわね?ますたぁ。それはたぶん病気じゃないわよ。だから恥ずかしがらずに話してみて?正確な事は、詳しく話しを聞いてみないと判らないから」 


 病気じゃないのかな?異常でもないのかな?


「……うん。あのね、どうしてこんな事に、いつからそうだったのか考えてみたんだ。それで、思い返してみると……美沙を選んだ時からだったのかなって。そう思うんだ」


「つまりアタシを選んだのは、何かを恥ずかしく思って、咄嗟に選んだ。だから、偶然という事なのね?」


「うん、そうなんだ。……本当はね、あの時その身体ボディには可憐ちゃんを入れようかと思ってたんだ。だけど……その時になって、急になんだか恥ずかしくなっちゃって。だから急いで、よく選びもせずに美沙を……」


「ますたぁは、どうしてあのオ……カレンを入れてあげなかったの?」


「その時の僕は可憐ちゃんに触れてみたかったんだと思う。ごめん、違うや……。正直、今でもそう思ってる。だけど、そんなのおかしいよね?学校で、女の子の身体にはむやみに触れちゃいけないって習ったし、それは悪い事なんだってのは判ってる。なのに……。だからきっと僕はおかしいんだ。異常かもしれない。それを誰かに見透かされるんじゃないか、そう思うと怖いし、そんな悪い事を考えちゃう僕は僕が怖い。そんな僕を誰かに見られていると思うと恥ずかしくなっちゃって。可憐ちゃんにもそれがバレるのが嫌で……。だからあの時、可憐ちゃんを入れる事は出来なかったんだ。……と思う。僕の欲望のままに可憐ちゃんを入れたら、僕のキモチがバレるんじゃないかって、急にそう思って」


「つまりますたぁは、その気持ちが誰かにバレるのが怖い。そう考えている事を見透かされているようで恥ずかしい。特にカレンにはバレたくない、と」


「うん。僕の心が、誰かにバレるなんて普通は有り得ない事だって理性では判ってる。でも、怖いし恥ずかしいんだ。可憐ちゃんにバレたらと思うと、もっと……」


「もう少し、聞かせてくれる?」


「そう……だね。今度、社会科見学が有るんだけど、その行き先の希望を、学校に提出しなきゃいけないんだ。それで、可憐ちゃんが僕の為に提案をしてくれたんだけど……。それが、アンドロイドの生産工場だったんだ。正直、僕はすごく行ってみたいと思った。だけど……素直に頷けなかった。そこを選ぶと、僕が可憐ちゃんをアンドロイドに入れて、触れてみたいと思ってた事がバレるんじゃないかなって思ったら」


「それは……。重症ね」


「えっ?やっぱり、僕は異常者なの?病気なの?」


 さっきは、病気じゃないって言ったじゃないか。


「違うの。異常でも、病気でもないのよ。でも重症ね」


 違うならなんなの?わかんないよ。僕には。


「どういうこと?」


「それはきっと、恋ね。ますたぁは、カレンに恋をしてるのよ」


「ええ!?」


 恋!?


「そうなの!?」


「そうなのよ。ヒトは人に恋をするものじゃない。ますたぁのその気持ちはソレよ。触れてみたいと思うのも、その気持ちがバレたくないと思うのも、その特徴だわ?」


「病気じゃなくて……恋?」


「そう。だから、異常ではないの。むしろ正常なのよ。それと、恋の相手がカレンなら、その気持ちがますたぁの友達にバレる事はないと思うわ?だから恥ずかしがる必要はないの。怖がる必要もね。堂々としていれば平気よ?」


「それは……そう、だよね……。そうだよ、バレる訳ないんだよね。でも、僕は怖かった。バレるのが。でも、そうか。異常だと思ってたから、悪い事だと思ってたから怖かったのかな?恋……恋なら悪い事じゃないよね?悪い事じゃないなら、もう、怖くなくなるかもしれない」


「恋をするのが悪い訳ないじゃない。だからもう大丈夫よ。恥ずかしがらないで?怖がらないで?ますたぁ」


 そうか、恋か。


 モヤモヤしてた胸のコレは、恋だったんだ。


 うん。


 僕は、可憐ちゃんが……好きだ。


「でもやっぱり……可憐ちゃんにはバレたくないよ。もう、怖くはないかもしれないけど、やっぱり、恥ずかしい……かな」


「そうね。そういうモノなのよ。まぁ……ますたぁはどこも変じゃないし、異常でもないから安心して?」


「うん、分かったよ」


「それで、もしカレンにバレるのが恥ずかしいなら、アタシから良い提案があるわ?」


「どんな?」


「社会科見学についてよ。アタシは、生体工学研究所をオススメするわ?マスターは、カレンに触れてみたい。そうよね?」


「あまりハッキリ言わないでよ……。恥ずかしいんだから。でもそうだね。そう思ってる」


「それなら、方法は一つじゃないのよ?アンドロイドは、確かに手段の一つよね。だけど、アタシはそれをオススメしないわ。ますたぁ、バイオロイドなんてどう?」


「バイオロイド……生体工学研究所……そう、か。そうだよね、凄い、凄いよ美沙!凄いアイデアだよ!で、でも、バイオロイドってまだ研究段階じゃ……?」


「そうね?だけど、ますたぁが大人になる頃には判らないわ?その頃には完成しているかもしれないし。むしろ、ますたぁがその道に進んで完成させるという手もあるかしら?社会科見学って、そういうモノでしょう?」


 そうかぁ!凄いや……美沙は凄いよ!


「そうするよ、ありがとう!美沙!」


「良いのよ。お安い御用だわ?(それに、ますたぁの望みを叶えるなら、絶対にアンドロイドよりもバイオノイドよ。機械仕掛けの人形より、生身の方が……ますたぁは幸せになれるハズよ)」


 美沙に相談して良かった。


 僕は異常者じゃないと判ったし、今でも……それを知られたらと思うと恥ずかしいけど、悪い事じゃないならもう怖がらなくてもいいんだ!


 社会科見学も、行き先が生体工学研究所なら、可憐ちゃんにも誰にも、僕の気持ちはバレない……と思う。


 僕は生体工学研究所に行こう。


 ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、やっぱりアンドロイド生産工場も捨て難い。そっちなら既に完成した技術だから。


 だけど、僕は……ううん。違う。


「僕がいつか、バイオロイドを完成させるよ!」


「そうね?ますたぁならきっと出来るわ?」


「応援してね!美沙!」


「もちろんよ、ますたぁ。応援するわ?(はぁ……なんて羨ましい。あのオバサン、とんでもなく幸せモノじゃないのよ。いつも変な愚痴や悩みをぶつくさとアタシに聞かせてくるクセに……。それにしても、ますたぁがこんなに悩んで落ち込むまで放置するなんて、あのオバサンはいったい、ますたぁの何を見てるのよ。ノウミソは優秀でもアタマ演算能力は高くてもAI人格はとんでもなくポンコツね)」



★そして数日後。



「バトロイドぉ?ははは──。い、いや悪い。だけどそれにしてもバトロイドって!竜之介はまだまだ、お子様だなぁ!」


 たはは……。まだちょこっとだけ悩んでたから、なんとなく拓郎くんに聞いてみたけど……子供っぽいって言われるのも恥ずかしいものだね。


 でも美沙のおかげで、怖いと思う事はなくなったな。まだちょっぴり様々な恥ずかしさは残ってるけどさ。


 よし、拓郎くんのおかげで決心も付いた。


 ボディ機械じゃない。


 僕がいつか、可憐ちゃんの身体肉体を作る。


 そしたら……僕のこの、恥ずかしいキモチ恋心を聞いてもらおう。

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