第11話:返り討ち

リジィ王国暦200年5月20日:リジィ王国王都ロッシ侯爵家王都屋敷


 通常刺客が暗殺を実行する時は、入念な準備を行う。

 引き込み役を送り込むのは当然として、侵入先が屋敷ならば、図面を手に入れるのは初歩中の初歩だ。


 だから今回も本当なら万全の準備をするべきだったが、できなかった。

 引き込み役は王太子の密偵が入り込んでいるし、図面も密偵から手に入る。


 これ以上何を調べる必要があると言われたら反論し難い。

 何より依頼主が今直ぐ殺せと命令しているのだ。


 暗殺者ギルドのマスターを馬鹿がやれるはずがない。

 どれほど間を挟もうとも、依頼主が王太子なのは分かっていた。


 依頼主の情報が信じられないから裏取りしたいとは、とても言えない。

 もし反論でもしようものなら、王国軍の襲撃を受ける事も予測できた。


 だからマスターは完全な暗殺を諦めた。

 暗殺できれば1番いいのだが、見つかった場合は強襲に切り替えてでも、1度の襲撃でアリア達を殺す覚悟だった。


 マスターがこれほどの覚悟を決めたのは、ターゲットの中に大陸連合魔道学院の主任教授がいたからだ。


 暗殺者ギルドのマスターになるくらいの実力と経験があれば、大陸連合魔道学院の主任教授が只者ではないくらい知っている。


 だからこそ、今暗殺者ギルドが動かせる刺客を全て投入したのだ。

 それでも、マスターには拭いようのない不安があった。


 成功すれば大陸連合魔道学院を敵に回す事になる。

 失敗したら、この国の王家を敵に回す事になる。

 だからこそ、刺客を送り込む時には逃亡の準備ができていた。


 通常の暗殺であっても、何かあれば拠点を移して追跡を躱す。

 だが今回は、口封じや復讐に動くのは国と学院だ。


 今までのように、国内にある別拠点に移動しただけでは、逃げきれない可能性がとても高い。


 だからマスターは潔くリジィ王国から逃げ出す事にした。

 これまで築いてきたモノを全て捨てる事にした。

 

 暗殺を失敗して全く新しい拠点を設けるならいい。

 王太子ごときの目なら欺ける。


 問題は暗殺が成功してしまった場合だ。

 学院の追跡を躱すのは難しいから、南大陸にある国のどこかに逃げるしかない。


 成功してしまったらというのは、成功するだろうという前提だった。

 幾ら大陸連合魔道学院の主任教授でも、25人もの手練れからは逃げられない。

 そう思い込んでいた。


 マスターはちゃんと調べていたのだ。

 短時間の間に、暗殺ギルドの力を総動員して調べたのだ。

 レオが、その気になれば王都を焼き払う事くらい簡単だと言った事を。


 マスターの長い暗殺者生活の間には、名のある魔術師を殺した事もある。

 共に暗殺に携わった者の中には、魔術士も結構な数がいた。

 

 その経験から、大規模破壊魔術を使う者ほど、細やかな魔術が苦手なのを知っていたのだ。


 索敵魔術は使えても、屋敷はもちろん侯爵家の者達を巻き込まないようにして、5重の包囲陣を組む刺客を全滅させる事は不可能だと思っていたのだ。


 ★★★★★★


「おや、刺客が入ってきたようですね」


「「「「「えっ?!」」」」」


 レオがつぶやくと、その場にいたアウフィディウス帝国の大使、ロッシ侯爵、夫人、アリア嬢、王都屋敷家宰、執事長が同時に驚きの声を上げた。


「どうやら大使閣下を狙っているようです。

 王太子とモレッティ伯爵が送り込んだ密偵が手引きしています」


 レオが白々しく口にするのを全員が驚きの目で見ている。

 刺客がレオとアリアを狙っているのは誰の目にも明らかだからだ。

 それを大使が狙われている事にする意味が分からない。


「……何故私が狙われていると思われるのですか」


 何か無理難題を押し付けられるのだろうと思った大使は、うんざりした気持ちを隠そうともしない口調で聞いた。


「今この国に、閣下がロッシ侯爵家を後押ししているのを知らない者などいません。

 それなのに、閣下がロッシ侯爵家にいる時を狙って刺客を放ったのです。

 閣下を殺して、アウフィディウス帝国の介入を防ごうとしているとしか考えられません」


「引き込みを手伝った密偵や刺客が、レオ閣下やアリア嬢を狙ったと証言したら、直ぐに王家が無関係だと言いますよ。

 それで終わりです。

 いくら宗主国でも、属国の王子を強引に処罰するわけにはいきません」


「閣下は死人に口なしという言葉を知らないのですか?

 それに、魔術の中には人を言い成りにさせる凶悪なモノもあるのですよ。

 生け捕りにされた連中は、間違いなく王太子とモレッティ伯爵の依頼で、閣下を殺そうとしましたと自白しますよ」


「……貴男は恐ろしい方ですね」


「恐ろしい人間というのは、自分の欲望を満たすために、刺客を放つような人間を言うのですよ。

 私は火の粉を払っているだけですよ」


「……最初からこうなると分かっていたのですか?」


「可能性の1つとして考えていました。

 幾千幾万の可能性を考えて、その全てに対処できるように準備しています」


「やはり貴男は恐ろしい方だ。

 貴男を敵に回す気はありません。

 刺客が私を狙ったという事で良いです。

 ただし、刺客と引き込み役は生かして捕らえてください。

 王太子とモレッティ伯爵に依頼されたと証言させてください」


 2人の会話を聞いていたアリア嬢達は、背筋の凍る思いだった。

 レオが口にしているような魔術が本当に使えるとしたら、この世界はレオに支配されてしまう。


「ええ、任せてください。

 我に敵意を持つ者達よ、我はお前達の絶対支配者である。

 エリア・パーフェクト・マリオネット」


「……レオ閣下、刺客を見なくても魔術をかけられるのですか?」

 

「前もって屋敷の各地を覚えておくのです。

 範囲魔術ですから、個人ではなく場所に魔術を放つのです。

 今回は5組25人が入り込んできましたが、厳重に護られた屋敷の中に入るためには、1度引き込み役が開けた窓に集合する必要がありました。

 そこに魔術を放てば、26人を捕らえる事など簡単です」


「レオ閣下、密偵を捕らえるのは良いのですが、別の家臣使用人を密偵にするために、本人や家族が襲われるかもしれないのです」


 ロッシ侯爵が家臣使用人のために事情を説明した。


「普通の人間なら、宗主国の大使から厳重に抗議されたら、もう2度と手出ししないでしょうが、相手は信じられないくらい馬鹿のようですから、可能性はありますね」


「ですので、密偵だけは解放していただけないでしょうか?」


 ロッシ侯爵が頭を下げる勢いでレオに頼み込む。


「危険ではありますが、避ける方法はありますよ」


「王都屋敷だけでなく、領地にいる家臣使用人も守れるのですか?

 いえ、あいつらなら領民を人質にするかもしれないのです」


「ありえるでしょうね。

 ですがそう考えると、受けに回ってばかりでは、相手の言い成りになるしかありませんよ」


「それは、その通りなのですが」


「だから、少々の危険には目をつぶって、攻めに出ましょう。

 大使閣下が本気で取り組んでくだされば、王太子とモレッティ伯爵を幽閉するくらい簡単にできますよ」

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