第10話:刺客団

リジィ王国暦200年5月19日:リジィ王国王都ロッシ侯爵家王都屋敷


(まさかこんな事になるなんて、思ってもいなかったわ)


 アリアは叡智の精霊ソフィアに気安く心の中で話しかける。

 主君として立ててくれる家臣や使用人でもなく、腹を探り合う貴族令嬢でもない、損得関係なく話せるソフィアは、アリアが初めて得た本当の友人だった。


 友人関係になれたのは、ソフィアがそうなれるように誘導してくれたのだ。

 叡智の精霊であるソフィアには分かっていたのだ。

 ここ数百年地上に現れなかった聖女に成れる素質がアリアにある事を。


(くっ、くっ、くっ、くっ、面白くなってきたではないか)


(ソフィアはそんなこと言うけれど、これほどたくさんの令嬢や公子が舞踏会の参加を希望するなんて、想像もしていなかったわ)


(レオには事前に教えられていたではないか)


(聞いていたけれど、復讐の策が主だと聞いていたわ。

 令嬢と公子だけで200人を越えるなんて、思う訳がないじゃない)


(くっ、くっ、くっ、くっ、それは仕方あるまい。

 誰が味方で誰が敵なのに見極める絶好の機会だ)


(え、舞踏会にそんな意図があったの?)


(舞踏会と競売品の事前品評会の招待状に、アリア、お前が毒殺未遂から完全に治癒した事を祝う舞踏会だと書かれていたではないか)


(……ええ、そうね、でもそれが敵味方を見極めるカギになるの?)


(レオが王族や裏切者達に招待状を出していないのは知っているな?)


(ええ、まずは宣戦布告代わりに招待状を出さないと言われていたわ)


(その噂は、9カ国の大使を通じて王国中に流れている。

 王家や裏切者達に味方する者、恐れている者は招待を断る)


(あっ、私どうかしていたわ、こんな簡単な事に気がついていなかったなんて)


(5年も眠っていたのだ、少々寝起きが悪いのもしかたがあるまい)


(……寝起きが悪いにしては長引き過ぎよね?

 ソフィアが何か失敗したのじゃなくて?!)


(無礼な事を申すな!

 俺様は失敗などしない!

 ただ、俺様がアリアに気付く前に、猛毒と極悪な呪いの所為で、身体のあちこちが死んでしまっていたのだ。

 身体は完全に元通りにしたが、失われた記憶だけはどうしようもない。

 これでも周囲の人間を調べ尽くして、多くの記憶をアリアに与えてやったのだ。

 感謝されこそすれ、非難される謂れはないぞ!)


(ごめん、ソフィア、そこまでしてくれていたのね)


(当然だ、他の人間になど何の興味もないが、アリアは特別だからな)


(私の何が特別なの?)


(それを教えては面白みがない。

 自分で何が特別なのか考えるのだな。

 俺様はそれを愉しく見させてもらう)


(もう、意地悪!)


 こんな風に、アリアはソフィアと他愛ものない会話を楽しんだり、舞踏会に向けてダンスを復習したり、新しいドレスを作らせたりした。


 だが、ロッシ侯爵家の復活を腹立たしく思っている者達がいる。

 王族と旧ウァレリウス家門だ。

 特に王太子とモレッティ伯爵は激怒していた。


 招待状が届けられない意味も、誰よりも彼らが1番分かっていた。

 今までは単なる噂でしかなかったが、アリアが招待状を届けなかった事で、アリア暗殺未遂は王太子とモレッティ伯爵の仕業だと確定した。


 リジィ王国内の社交界では表立って話されないが、陰では話されていた。

 今回競売品の事前品評会を支援する9カ国では表立って話されていた。

 それどころか大陸中の国々で事実として広まっていた。


「殺せ、アリアはもちろん、手を貸している9カ国の大使も皆殺しにしろ!」


 マッティーア王太子が身勝手な性格と愚かな知性を丸出しにして叫んだ。


「なりません、絶対になりませんぞ!

 9カ国の大使を殺すなど、戦争を吹っかけるのと同じです。

 9カ国が同時にこの国に攻め込み、殿下の御命も奪われてしまいます。

 いえ、9カ国も必要ありません。

 宗主国の大使閣下に敵意を向けた時点で、王家が挿げ替えられてしまいますぞ!」


「おのれ、姑息な真似をしおって!

 では密かに殺せばよかろう!

 こちらがやったと悟られないように殺せばいい!」


「無理を申されますな。

 招待状を送った時点で、我々が怒るのを計算に入れています。

 王城も我が家も見張られております。

 誰かを襲った時点で、宣戦布告が送られてきます。

 どうかここは自重願います」


「ならぬ、絶対に我慢ならぬ。

 ここまで侮辱されて黙っていては、王太子の恥になる。

 なんとしても刺客を送れ!

 俺様が黙ってやられるような憶病者でない事を、大陸中に知らしめろ!」


「……分かりました。

 ですが、9カ国の大使を害するのだけは諦めてください。

 そんな事をしてしまったら、殿下が殺されてしまわれます」


「……分かった、今回に限り大使達は許してやる。

 だが負け犬のロッシとアリアだけは絶対に許せん。

 何が何でも2人を殺せ!」


「承りました。

 しかしながら、彼らにも厳重に護衛がついております。

 先ほども申し上げましたが、殿下や私は見張られております。

 抱えている家臣や使う訳にはいきません。

 幾重にも間を挟む形で、暗殺者ギルドに依頼を出します」


「方法など聞いていない!

 俺様はロッシとアリアを殺せと命じているだけだ!

 ただし、そこまで言うのなら、絶対に俺様が係わっていることは知られるな。

 俺様の跡継ぎは、別にお前の孫でなくてもいいのだぞ?

 俺様の子を生みたいという女など掃いて捨てるほどいるのだ。

 お前に成り代わって外戚になりたい奴もな!」


「よく存じております。

 必ず殿下の御意思通りにさせて頂きます」


 モレッティ伯爵は屋敷に帰ると即座に動いた。

 手紙を書くと証拠が残るので、信頼する家臣に口頭で伝えるように命じた。


 家臣は旧ウァレリウス家門の伯爵家に向かった。

 昔はモレッティ伯爵家と同格だった家だが、皇太子妃の実家となったモレッティ伯爵家は全ての伯爵家の中で筆頭となり、いずれは侯爵家に陞爵する。


 ロッシ侯爵家を裏切った連中に逆らえるはずもない。

 使者の言われるままに伝言を丸暗記して、それをまた家臣に丸暗記させる。


 モレッティ伯爵家、某伯爵家、某子爵家、某男爵家、某騎士家と口頭で伝言され、最終的に暗殺者ギルドに伝わった。


 金貨1000枚という非常識な依頼料で、前金として500枚が渡された。

 暗殺者ギルド初の依頼料だから、当然最高の刺客達が放たれた。

 5人1組が5段の陣形を布いての必殺の暗殺だった。

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