第9話:ロッシ侯爵家王都屋敷の舞踏会準備
リジィ王国暦200年5月12日:リジィ王国王都ロッシ侯爵家王都屋敷
「レオ閣下、アリアから聞いたのだが、ここで9カ国の貴族や商会を招いて競売品の事前品評会を開く心算なのですか?」
「はい、ロッシ侯爵閣下。
この屋敷なら、9カ国の大使や貴族、商会を同時に集めて開ける広さがあります。
屋敷の彫刻や調度品も、王を迎えられる風格と気品があります」
「そう言っていただけるのはロッシ侯爵家にとって名誉な事だが、私にとっては恥でしかないのだよ。
今の我が家には、9カ国の大使や貴族、大商会を招いて同時にもてなす力がない。
費用はレオ閣下が負担してくれるというが、人手が足りないのだよ」
「人手の心配はありません。
こちらで準備しますから、ご安心ください」
「レオ閣下はこの国に何の所縁もないと言われていいなかったですか?」
「はい、私自身は縁も所縁もありません。
ですが、9カ国の大使はしっかりとこの国に地所を固めています」
「……各大使館から使用人を借りるのですか?
それは幾ら何でも我が家の恥になります。
今更我が家の恥だと言っても笑われるでしょうが、私にも最後の矜持がある」
「侯爵閣下、別に私達が頭を下げて使用人を貸してもらうのではありません。
彼らは自分達の利益の為に進んで使用人を送ってくるのです。
彼らに貸しを作るのは我々の方です。
彼らの為に屋敷を貸してあげるのですから」
「まだよく理解できないのですが、どういう事ですか?」
「魔獣素材を欲しがっている彼らの為に、事前に競売品を見せてやるのです。
ですがただ私の競売品を見せるだけではもったいない。
彼らにも自国の商品をアピールする機会を与えてやろうというのです」
「それは、彼らが競売に出したいと思っている商品も披露するという事ですか?」
「はい、ただし、競売品だけではありません。
自国の食料品や産物も宣伝したいでしょう。
9カ国の大使だけでなく、有力貴族や商会が一堂に会するのですから」
「来られる方々の応接、料理や給仕を彼らに任せられるという事ですか?」
「はい、そういう事です。
どの国の大使も、自国の有力貴族や商会を前にして恥はかきたくない。
まして他国に後れを取るなど絶対に許容できない。
最高の料理と酒、給仕で持てなしてくれます」
「我が家は全く何もしなくていいという事ですか?」
「いえ、そうではありません。
9カ国の大使、有力貴族、商会が恥をかかないですむように、上手く人の誘導をしなければいけません。
段取りが狂ってしまう国があれば、恥をかかさないように誘導しなければいけませんが、そのような経験は豊富でしょう?」
「はい、5年前までは頻繁に舞踏会や晩餐会を開いていました。
来て下さった貴族の方々に恥をかかせないようの、揉め事が起きないように、人を誘導する事には慣れています。
しかしそれでも人手が足りない気がします……」
「未だに侯爵家に残っている家臣使用人は、優秀な忠臣ばかりですよ。
料理を作る必要もなければ給仕の必要もない。
そのような状況なら、揉め事を事前に潰す事くらい簡単にしてくれます。
家臣と使用人を信じればいいのです」
「そうですね、忠臣たちを信じればいいのですね」
「はい、元々この屋敷は客が立ち入る場所とプライベートな区画は完全に分けられていますから、家臣と使用人にはプライベート区画の掃除を徹底させてください。
客を迎える空間は、舞踏会場も含めて9カ国に貸し出しますから、彼らに掃除や飾りつけを任せます」
「分かりました。
そこまでレオ閣下が言ってくださるのなら、屋敷をお貸ししましょう」
ロッシ侯爵マヌエルが決断したことで、競売会の事前品評会は一気に現実味を帯び、9カ国の大使館が全力で準備を整える事になった。
各国の大使は、自分の名誉を賭けて持てる全ての力を注ぎこんだ。
国外に売りたい特産品を持っている有力貴族は急ぎ場所の確保に動いた。
自国以外に販路を広げたい商会も、賄賂を使ってでも参加しようとした。
大使、有力貴族、大商会が金も人手も惜しまずに事前品評会を成功させようとしたので、リジィ王国でも過去類を見ない集まりになりそうだった。
そう言う噂が広がると、1度はロッシ侯爵家から距離を置いていた貴族でも、事前品評会に参加するためにすり寄ってくる。
露骨にロッシ侯爵家を潰しにかけた王族や旧ウァレリウス家門(モレッティ伯爵家一派)は近寄れなくても、他の家門は厚顔無恥を装っても近寄ってくる。
人が集まれば、当初の事前品評会を開くという計画に他の意味が加わってくる。
情報伝達方法が限られる世界と時代では、人が集まる場は情報収集の場であり、噂を広める為の絶好の機会なのだ。
ロッシ侯爵家の事情を知っていて、腹に一物も二物もある者も集まってくる。
王族や旧ウァレリウス家門に反感がある連中が集まってくるのだ。
王族や旧ウァレリウス家門から密偵として送り込まれてくる者もいるだろうが、味方を募る絶好の機会だった。
「アリア嬢、体調が戻っているのなら、この機会に結婚相手を探すといい」
「何を言われるのですか?
私は侯爵令嬢としては年を取り過ぎています。
家格も年齢も釣り合うような方は、10歳にも満たない頃に婚約が決まります。
我が国では王立魔術学園を卒業する18歳で結婚するのが常識です。
余りに歳を召された方の後妻に行ったり、爵位の低い方の所に婚約者の令嬢を押しのけて正妻に入ったりするなんて、絶対に嫌です」
「後妻に入れとも、婚約者を押しのけろとも言っていませんよ。
南北両大陸はとても広く、多種多様な価値観や風習を持った国があります。
その中に、アリア嬢の気に入る価値観や風習を持つ国があるかもしれません。
女性の年齢を気にしない国もあったと記憶しています。
正妻を何人持っても構わない国もあります。
そう言う風習は別にしても、今回は九カ国もの貴族や商会が集まるのです。
中には、婚約者を失った不幸な高位貴族がいるかもしれません。
絶対に結婚相手を探そうというのではなく、良い人がいないか情報を集める程度の気持ちで、舞踏会を開きませんか?」
「……私のような歳の者が主役になってしまっていいのでしょうか?」
「こう言っては何ですが、アリア嬢が主役になるとは限りませんよ。
9カ国の貴族の中には、事情があって他国に嫁ぎたい令嬢や、他国から妻を迎えたい公子がいるかもしれません」
「ですが、そんな方がおられなければ、独身は私だけかもしれません……」
「そんな心配はいりませんよ。
少なくとも私が参加します、
28歳と、少々歳はとっていますが、これでも独身で、侯爵待遇です。
アリア嬢に恥をかかせたりしませんよ」
「レオ閣下がここまで言われるという事は、これも復讐策の1つですか?」
「はい、強力な策の1つです」
「分かりました、舞踏会を開かせていただきます」
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