第8話:怒涛

リジィ王国暦200年5月11日:リジィ王国王都アウフィディウス帝国大使館


(叡智の精霊様、レオ閣下はあのように申されていましたが、本当に大丈夫なのでしょうか?

 殿下やヴィットーリアは憎くてたまりませんが、見たこともない幼子を殺すなんて、とてもできません)


(ふん、そんな事で1国の王太子や王太子妃に復讐ができるか、と言いたいところだが、その優しさは嫌いではない。

 今から俺様の事をソフィア閣下と呼ぶことを許す)


(ソフィア閣下でございますか?

 叡智の精霊様は女性なのでしょうか?)


(大精霊に性別などはない。

 遥か数万年前、俺様を見る事ができた娘が付けてくれた名前だ。

 気に入ったので、それ以降、俺様が認めた相手に呼ぶ事を許している)


(そうでございましたか。

 ではこれからはソフィア閣下と呼ばせていただきます。

 話を戻させていただきますが、レオ閣下に任せても大丈夫なのでしょうか?

 私は幼子を殺したくないのです)


(そんな心配はいらぬ。

 レオの本性は優しさでできている。

 厳しい育ちの所為で多少荒れているが、それも表面だけの事だ。

 背筋の凍るような脅しを口にしても、それは相手を殺さないためだ)


(演技という事でしょうか?

 社交や交易で使わなければいけない、はったりや威嚇なのでしょうか?

 だとしたらすっかり騙されてしまいました)


(実際にやれるだけの実力があり、必要ならやってのける行動力がある。

 だから完全な演技でもはったりでもないぞ。

 実力と行動力に裏打ちされた交渉術で、必要なら本当に実行する。

 だから油断するでないぞ)


(そんな!

 マッティーアとヴィットーリアが子供を1番大切に思っていたら、本当に子供を殺してしまうのですか?!)


(……その心配だけは無用だ。

 レオはアリアが復讐の主役だと分かっている。

 だからアリアが嫌がるような復讐方法は使わない。

 子供を殺すと脅かして連中を動揺させる事はあるだろうが、実行はしない。

 アリアの両親が受けた苦しみの何十分の一でも味合わそうとはするだろう。

 だが本当に殺すような事はない。

 どうしても殺す必要が出たとしても、アリアに確認してから行う)


(ソフィア閣下がそう言ってくださるのなら大丈夫なのでしょうが、まだ不安な気持ちがなくならないわ)


(分かったか。

 レオはそれくらい的確に相手の心をえぐる事ができる。

 助けようとしているアリアにさえそれほど衝撃を与えたのだ。

 アリアの復讐相手を狙い撃ちにした脅しなら、どれほど効果があるか……)


(うれしいような、怖いような……)


 アリアが叡智の精霊ソフィアに相談する事で心を奮い立たせてからの日々は、怒涛の勢いで侯爵家が復活を果たす為の序章だった。


 アウフィディウス帝国の大使に話したように、レオはリジィ王国にある全ての大使館を回って交渉したのだ。


 ここでもアリアは大陸連合魔道学院の威名を思い知る事になった。


 アウフィディウス帝国の後で立ち寄る事になったから、どの大使館も数時間後から数日後という急な面会予約になる。


 それなのに、全ての大使館が即座に面会を許可してくれた。

 大使の中には、以前から約束していた面会を急遽取り止めてくれた人もいた。


 某国大使がそんな恩着せがましい話をするのも交渉術の1つだろうが、そんな方法を使わないといけないほど、大陸連合魔道学院には力があるという事だった。


 レオは2番目の大使に会った時、自分個人の身分証明書以外に、アウフィディウス帝国の大使に書かせた身分保障の紹介状を持参していた。


 それだけでなく、2番目に会った大使にも身分保障の紹介状を書かせて、それを持って3番目に約束した大使の所に行ったのだ。


 結局レオは9カ国の大使から身分保障の紹介状を手に入れた。

 更に9カ国の大使から、魔獣素材を欲しがる母国の貴族や商会に、リジィ王国で魔獣の競売が行われるという知らせを送ってもらえた。


 本国に至急緊急で送られた知らせは、各国で蜂の巣を突いたような騒動を生んだ。

 騎士100騎、従士1000兵を全滅させてでも欲しい魔獣素材だ。

 それがある程度の量、まとまって競売に出されるのだ。


 最弱と言われる牙鼠や毒牙鼠の素材であっても、全くの損害なしに金だけで手に入るのなら、少々の時間や手間を惜しまない貴族や商会は多い。


 弱小貴族や小規模商人では手も足も出ないが、それなりの貴族や商会なら、他の商品の仕入れもかねて、やり手の仕入役をリジィ王国に派遣する。


 だがレオは相手任せにはしていなかった。

 小出しに情報を出して、レオとアリア、ロッシ侯爵家に注目を集めた。


 ここ数百年市場に出ていない、背黒魔狼の魔石と牙、皮と血を競売に出すという噂を流したのだから、市場の驚きと購入意欲は鰻登りだ。


 9カ国もの大使と、大使から情報を得た貴族や商会が、何者かが抜け駆けしないか鵜の目鷹の目で見張っていたのだ。


 これで王太子や王太子妃、国1番の権力者となったモレッティ伯爵も、ロッシ侯爵家に刺客を送ったり、無法に軍を派遣したりできなくなった。


 それは陰から王太子達を誘導していた王も同じで、悔しさと怒りで頭に血が上るだけでなく、誰かに八つ当たりするような精神状態だった。


 レオはその事を予測していたのだろう。

 復讐相手の神経を更に逆撫でするような事を行ったのだ。


「アリア嬢、競売を行う前に前夜祭を行いたいのです。

 各国の大使に事前に競売品を見てもらう意味もあります。

 遠方の国から来る貴族や商会がいるので、どうしても競売まで日にちがかかり、中だるみするのを防ぐという意味もあります。

 私とアリア嬢主催で舞踏会を開きましょう」

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