第7話:狐と狸

リジィ王国暦200年5月7日:リジィ王国王都アウフィディウス帝国大使館


「大陸連合魔道学院のレオ閣下とロッシ侯爵家のアリア嬢を大使館に迎えられた事、アウフィディウス帝国の大使として誇りに思います」


 アウフィディウス帝国の大使がわざとらしいほど遜っている。

 その姿にアリア嬢は内心とても驚いていた。

 南北大陸最強国家の大使が遜るとは思ってもいなかったのだ。


 だが遜られた当の本人、レオは内心憮然としていた。

 大使の腹心である護衛騎士と従者しかいないとはいえ、僅かでも正体が知られる可能性がある態度を取られたくなかった。


「大帝国の大使殿の事ですから、ロッシ侯爵家の事情はご存じでしょう?

 今回偶然その事を知り、深く同情してしまいました。

 微力ではありますが、助太刀しようと思います。

 つきましては、大使殿にもご助力願いたいのですが、いかがですか?」


「レオ閣下、それは帝国大使として、帝国が助力するように本国に掛け合って欲しいと申されているのですか?

 それとも、私個人に対して、大使の地位を使って助力して欲しいと申されているのですか?」


「帝国が介入する事になると、アリア嬢が望むような復讐ができなくなります。

 大使個人にご助力願いたいのです」


 レオにそう言われた大使はアリア嬢に視線を向けた。

 アリアは内心の動揺を悟られないように心を強く持って、にっこりと微笑んだ。


「私個人では、大使の地位を使っても大したことはできませんが、それでも宜しいのですか?」


「私も学院の主任教授です。

 その気になれば王都を燃やし尽くす事くらいできます。

 ですがそんな簡単に王家を滅ぼしても、アリア嬢の恨みは晴れません。

 ちょうど良い力加減の助力をして頂きたいのです」


「そうですか、その気になればこの国の王都を焼き尽くせるのですか……

 分かりました、どの程度の手助けを求められているのか分かりませんが、私に手伝える事ならやらせていただきましょう」


「ありがとうございます、大使閣下」


 具体的な交渉はレオに任せていたアリアだったが、自分が真っ先にお礼を言わなければいけない事くらい分かっていた。

 だから間髪を入れることなく侯爵令嬢として最敬礼をした。


 男性のように片膝を床につけて深々と頭を下げたりはしない。

 両手でスカートをつまんで少し上げ、深々と膝を折るだけでなく、腰から上体を深々と折って感謝を示すのだ。

 

 それなのに、レオは軽く頭を下げただけだった。

 そんな態度にアリア嬢はとても驚いていた。


 事前に聞いていた話では、大使は格の高い伯爵家の長子だという。

 貴族の常識では、別の爵位を持たない限り、伯爵の子供は子爵待遇だ。

 だから侯爵待遇のレオが軽く頭を下げるだけなのも間違いではない。


 だが、別の視点から見れば、帝国皇帝から全権を託された大使なのだ。

 ある意味では、限りなく皇帝陛下に近い権力を持っているのだ。

 本国では子爵でも、大使として派遣された国では皇帝陛下の名代なのだ。


「それでアリア嬢、具体的にはどのような支援を望まれているのです」


 大使も主役はアリアだと認めて声をかけてきた。

 だがアリアにはレオの考えている復讐計画が分からない。

 自分を主役にしてくれるのは間違いなさそうなのだが、何も聞かされていない。


(叡智の精霊様、レオ閣下は何を考えているのですか?

 私は大使閣下に何と答えればいいのですか?)


 アリアは思わず叡智の精霊に心の中でたずねてしまった。

 普段から専属侍女のクラーラに頼っていた癖がでてしまった。

 周囲は5年経っていても、アリアにはわずか数日前なのだ。


 これはアリアが悪いわけではない。

 乳母の生んだクラーラは、兄弟姉妹の居ないアリアには姉同然の存在だった。

 クラーラもアリアを操るために、幼い頃から頼られるように振舞っていた。


(レオに任せておけばいい。

 レオ、任せていますと言えばいい)


「レオ閣下、お任せします」


「任せて頂けて光栄です。

 では大使閣下、私から話させていただきます」


「聞かせていただきましょう」


「アリア嬢を毒殺しようとした者には、じっくりと恐怖を味わってもらいます。

 本人を殺すだけでは、たった1人の愛娘を殺された侯爵夫婦の哀しみと悔しさが報われない。

 だから、連中が1番大切にしているモノを奪って絶望させてから殺します」


「1番大切なモノですか?

 まさか、王孫達を殺す気なのですか?!

 まだ4歳と2歳の幼子ですよ!」


 大使は大声をあげて驚いたが、アリアは声をあげる事もできないほど驚いた。

 復讐すると誓ったアリアだが、流石に幼子まで殺す気はなかった。


 それに、話しに聞いただけで、王太子と元親友の間にできたという王孫は、見たこともないのだ。


「王孫だけでなく、クラーラが生んだ2人の子供も、必要なら殺しますよ」


「アリア嬢を殺されかけた侯爵夫婦のお気持ちを考えれば、子供を殺すのも1つの方法ではあるでしょうが、幾ら何でも非道なのではありませんか?」


 大使はやんわりと再考を促した。

 アリアはまだ口もきけないほど衝撃を受けていた。


「大使は目には目を、歯には歯をと言う言葉を聞いた事がありませんか?

 子供を殺された者は、同じ様に子供を殺してもいいのですよ。

 もっとも、今回はその方法は使わなくていいかもしれませんが」


「何を言っておられるのですか?」


「私は復讐相手が最も大切なモノを奪ってから殺すと言いましたよね?」


「はい、確かにそう聞きました」


「マッティーア、ヴィットーリア、クラーラ、チロが1番大切にしているのが、自分の子供ではないという事ですよ。

 あいつらは自分が権力や金を手に入れる為なら、平気で子供を見殺しにする」


 レオはアリア嬢の元婚約者、元親友、元乳姉、乳姉の親が、人間の心を持たない最低最悪の連中だからこそ、子供を殺しても復讐にならないと言い切った。


「確かに、私が集めた情報でも、そう言う性格のようです」


 大使も4人の性格をそうだと認めた。


「ですから、地位、名誉、金、自尊心を奪うしかないのです。

 そのためには、こちらもそれ相応の準備が必要になります。

 それを手伝ってもらいたいのです」


「具体的に言ってくれますか。

 何をどのように手伝えばいいのですか?」


「軍資金を確保するために、魔獣の素材を売ろうと思います。

 高値で買ってくれそうな帝国貴族と商人をこの国に招いてください」


「魔獣の素材が手に入るのなら、むしろこちらからお願いしたい話です」


「大金が手に入るのは間違いないのですが、それまで軍資金なしで動くのは難しいので、大使の信用で色々と準備させていただきたい」


「それは、金を貸して欲しいという事ですか?」


「いえ、信用をお借りしたいだけです。

 貴族が商会から購入した物の支払いは年末払いです。

 ただ今の侯爵家では信用が低くて、十分な買い物ができません。

 大使閣下の信用で、無制限の買い物がしたいのです」


「……ですがそれでは、レオ閣下は私に借金があるも同然です。

 魔獣素材を安く買い叩かれるかもしれませんよ」


「いえ、その心配はありません。

 色々な理由で閣下を最初に選ばせていただきましたが、これから全ての有力国の大使館に、同じ事をお願いに行きますから」

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