第6話:根回し
リジィ王国暦200年5月7日:リジィ王国王都アウフィディウス帝国大使館
レオはアリア自身に力をつけさせる気だった。
レオが矢面に立つなら、簡単に復讐できる。
王太子であろうと王であろうと瞬殺が可能だ。
まあ、巻き込まれる人が軽く千は越ええるだろうが、邪悪なモノに取り入って利を得ようとする者など、死んで当然だとレオは思っている。
だが、それではアリア嬢の復讐にはならないと思っていた。
できるだけアリア嬢の手で復讐させてあげたいと思っていた。
だからこそ、アリア嬢と一緒にアウフィディウス帝国の大使館に来たのだ。
「先触れもなく急に訪問させてもらった事を詫びさせていただく。
旅先で急に大金が必要になったので、恥を忍んで来させてもらった。
大使殿に、大陸連合魔道学院で主任教授を務めさせてもらっている、レオが来たと取り次いでいただきたい」
貴族階級が1国の大使に面会を求める場合、普通なら家人を先に送って都合の良い日時を教えてもらう。
最低でも3日前に家人を送って予定を合わせるのが礼儀だ。
それをレオは、いきなりロッシ侯爵家の馬車で大使館に乗りつけた。
礼儀知らずで非常識な行いだが、レオはわざと行った。
誰が大使を務めているか知っていたからだ。
最初門番はどうすればいいのか分からず動揺していた。
1国の大使館で門番を務めるほどの男だから、経験も実力もかなりの戦士だ。
そんな歴戦の戦士が動揺するくらい前代未聞の出来事だった。
実力と経験があるからこそ、レオから放たれている迫力が分かる。
同時に噂に伝え聞いているだけだが、大陸連合魔道学院の恐ろしさも知っている。
しかもその大陸連合魔道学院で主任教授を務めていると自称する男が、下手に出て面会を求めているのだ。
並の貴族のように追い返すべきか、実力者を相手にした場合のように機転を利かせて大使に伝えるべきか、とっさに判断できなかったのも仕方のない事だった。
「何分大使は御多忙で、今日も面会の予約が数多く、会っていただけるかどうか分かりませんが、伝えるだけは伝えさせていただきます」
2人いる門番の1人が意を決して大使に伝えに行った。
大陸連合魔道学院の名前が出ている以上、自分達だけで決めていい問題ではないと判断したのだった。
レオとアリア嬢は馬車の中で待つ事になった。
門前払いを覚悟していたアリアは驚いた。
「レオ様、私の為に申し訳ありません」
レオは、冷えた身体をお湯で温めてもらい回復したと言う、見え見えの演技で気絶から目覚めたアリアを責める事も質問する事もなかった。
ただ大使館への同行を求めただけだった。
どうすべきか叡智の精霊と心のなかで相談してしたアリアは、同行を即答したが、レオに謝る機会を常に探していた。
だから何が理由でもよかったのだが、とりあえず謝れてほっとしていた。
「アリア嬢が謝る必要などありません。
全ての元凶は王太子と伯爵にあるのです」
「いえ、学院の方に復讐を手助けしていただけるなんて、望外の幸運でございます。
お礼を申し上げさせていただくのは当然の事です。
いえ、お礼を申し上げないようでは、マッティーアやチロ、ヴィットーリアやクラーラと同じになってしまいます」
アリアは自分を陥れた王太子と伯爵、親友だった伯爵令嬢と乳姉だった男爵令嬢を呼び捨てにした。
呼び捨てにする事で、王侯貴族に対する礼儀など無視して、どのような卑怯下劣な手段を使ってでも復讐する決意を表した。
「それだけの決意を示してくださるのなら、私も協力のし甲斐があります。
それに、復讐を手伝う事で私にも利があるのです」
「若年な上に世間知らずなモノで、書物や人の噂でしか大陸連合魔道学院の事を知らないのです。
恐ろしいほど強力な魔術の使い手で、学生ですら最強国に男爵待遇で接待されると聞いていました。
その大陸連合魔道学院で主任教授を務められるほどのレオ様が、没落した我が家を手伝ってどのような利益があるのですか?」
「人に聞かせられるような話ではないのですが、どのような手段を使ってでも復讐を成しとげると言われた、アリア嬢になら話しても大丈夫でしょう」
そんな事を言って、一旦話を中断したレオにアリアは恐怖を感じた。
「私達が研究している魔術には、人間だけを大量に殺すモノもあれば、特定の人間だけに呪いをかける魔術もあるのです。
ですが、どれほど学生と古文書で研究を重ねても、呪字の組み合わせを考えても、実際に人間に放たなければ現実の効果は分かりません。
だからといって、何の罪もない人を実験体にするわけにはいきません。
犯罪者を売りに来る者もいますが、冤罪の者が紛れ込んでいる可能性があるので、人身売買業者の言葉を信じて実験体にする訳にもいきません。
ですが、私がこの目で殺してもいい犯罪者だと確かめた後なら、耳を塞ぎ目を覆いたくなるような魔術でも使えます」
一気にそう話すレオにアリアは恐怖を感じた。
耳を塞ぎ目を覆いたいのはアリアの方だった。
レオはアリアが負い目を感じないように、少々盛った話をして心を軽くしようとしたのだが、2人の常識が違い過ぎた。
アリアは厳しく帝王学を叩き込まれていたが、その本質はとても優しい少女だ。
更にリジィ王国でも1・2を争う有力貴族の娘で、蝶よ花よと育てられた。
将来の王妃として厳重に護られて育てられた、超箱入り娘なのだ。
一方のレオは、いと尊き身分に生まれたが、その身分を巡って兄弟間で血で血を洗う殺し合いが起こる環境で育っていた。
極めて運の良い事に、信じられないほど高い魔術の才能に恵まれていた事と、驚くほど早熟だった事で、母親の身分が極めて低いのに生き残る事ができた。
幼く小さい手を血で真っ赤に染めなければいけなかったが。
だから、レオの人殺しに対する忌避感は極めて低い。
自分の命に危険があったり、大切な人に危険な相手だと思ったりしたら、眉1つ動かすことなく簡単に人殺しができる。
その感覚の差が、アリアの心を軽くしようとしているのに、恐怖に陥れる事になってしまった。
「レオ閣下、お嬢様、門番が戻ってまいりました。
身分の高そうな方を伴っています」
アリア嬢とレオが、互いを思いながら逆効果になりそうな話を続けていると、御者の隣に座っていた護衛騎士が声をかけてきた。
アリア嬢とレオは、2人とも内心助かったと思っていたが、高貴な生まれの2人は全く表情を変えない。
「まさかとは思うが、大使殿自ら出て来てくださったのかもしれない。
もしそうなら、私とアリア嬢が馬車の中に居たままでは不味い。
直ぐに扉を開けてくれ」
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