第6話


『もしもし。ひかる…俺、仕事、決まった!』


スナックが終わり、部屋に帰ると、ケンからの電話。


『そうなん?』


『おぅ…隣街のリバーサイドって店で働く』


『リバーサイドって…ホストやん…』


『おぅ!明日からホストやるぜ!』


『そうなんや…がんばってな…』


ひかるは、ホストクラブで働くと言うケンに、不安を感じた。


ひかるは、中学を卒業し、家出のように家から飛び出し、年を偽り、水商売で生きてきた。


酒を飲み、客の相手をする。


時には、客に、恋愛感情を持たせ、店に、ホステスとしての自分に、惹き付けなければならない。


ホストだって、同じ。


いや、ホステスより、ホストの方が、女客に、より、親密に接し、恋愛感情を強く抱かせるであろう。


『ホストなら、夜の仕事だし、昼間、会えるだろ?』


『そうやね…』


ケンは、ホストと言う仕事が決まったせいか、興奮気味で、ひかるの不安な気持ちを気付いていない。


『俺、トップ目指すから…頑張るからな』


ケンは、持ち前のルックスの良さと会話上手のために、店に入って、すぐに、人気が出る。


昼間、ひかると一緒に過ごしていても、頻繁に客達と電話をする。


ひかるは、それが、たまらなく嫌で、切なかった。


『もしもし、ケンです。今日、まゆみさんに会いたいなぁ…。だって、まゆみさんほどの女性は、他には…いや、ウソじゃないよ。毎日、そう思ってる…ホント?来てくれる?やったぁ!!うん…それは帰りに決めましょう』


無邪気さを演じ、客を呼ぶ。


『もしもし、ケンだよ…今日、来るだろ?…そんなこと言うなよ…冴子だけを愛してるよ…本当だって…いいよ。嬉しいよ…じゃ、うん、そこで待っているよ』


ラブホテルのベッドの上で、ケンの電話が終わるのを、息をひそめて待つひかる。


電話が終わり、ひかるを抱き寄せ、ひかるにキスをしようとするケンに、ひかるは抵抗し、横を向いた。


「なんだよ!!」


ひかるの小さな抵抗に、ケンはキレる。


「しょうがねぇだろ!?仕事なんだよ!!」


ひかるは黙って見つめている。


「なんだよ!そんな目で見るなよ!お前だってホステスじゃねぇか!他にも男がいるじゃねぇか!!」


ケンは、そう叫ぶと部屋から出ていく。


「…あたしは…違うよ…」


ひかるは、ホステスだって、客に媚びて、自分を餌に客は呼ばない。


ケンと雅史…。


2人の間で、揺れ動く気持ちは否定しない。


でも、ケンには、それを感じさせないように気を使っていたつもりだ。



「あたしは違う…ケンちゃんを愛してる…」


ひとり先に、ホテルの部屋から姿を消した、ケンに向かって呟いた。


溢れ出る涙を、今は、誰も拭ってくれる人はいない。


ひかるは、ただ、枕を濡らし続けた…。


そして、時折耳に入るケンの噂…。


ホストとして働くケンに見え隠れする女の影。


ひかるは胸を締め付けられるように時間を過ごしていた。


ケンを想う度に、涙が溢れてくる。


ケンは、ひかるへの連絡も少なくなってきた。


ひかるの判らない時と場所で、今、この瞬間にも、ケンは他の女を、腕に抱いているかもしれない。


そう思うと、身を焦がす。


切なくて、苦しくて…。


ケンちゃんは、ホストなんだ…。


仕事で、他の女性達に接しているんだ。


でも、本気で抱いたりしてないよね?


ベッドを共にはしてないよね?


マクラになる訳無いよね?


あたしだって水商売の女…。


ホステスだって、ホストだって、ちゃんと、接客できないような人は身体を使う、最低のマクラをやることくらい知ってるよ。


ケンちゃんは、そんなこと、できるの?


あたしにはできないよ…。


愛する人にだけだよ…。


身体も心も開けるのは…。


聞いたんだ…。


ホストのケンが、客と一緒にホテルへ入ったって…。


ナンバーワンになりたくて、マクラをしてるって噂を…。


違うよね?


あたしだけしか…。


抱かない…よね?




それでも、ひかるは、ケンを待った。


電話を、メールを…。


ケンから、ひかるへ、逢おうって連絡を…。


ひかるは待った。


ただ、待った…。


自分からは連絡は出来ない。


ケンの仕事を邪魔して、嫌われるのを怖れたから…。


苦しく、切ない時間だけが、ひかるに重くのしかかる。


狂おしいばかりに、ケンへの想いが募る。


それでも、待つひかる。


まだ、ケンにさよならは言えない…。

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