第3話


今夜は、雅史が来る。


久々に雅史に会う。


昼間のうちに、買い物に行き、雅史の夜食と朝食の材料を揃え、新しいシーツに替え、ケンにメールを打つ。


“今日は彼が来る。メールと電話、ごめんね”


このメールには、絶対に返事は来ない。


次に、ひかるが、


“ケンちゃん…”


って、メールを打つまで、返事は来ない…。


その時のケンの気持ちを考えてみるのだけど、怒っているのか、哀しんでいるのか、ひかるには、どちらかは判らなかった。


そして、それを訊くことも、出来なかった。


2人の間で、心が揺れ動いているのは、ひかるだ…。


ひかるは、ケンのことは、ほとんど知らない。


カッコ良くて、やんちゃで、短気でキレやすいが、一緒にいる時は楽しくてしかたない。


この楽しさを手放したく無くて、最近、横暴なふるまいにあっても、いつも、ケンには従ってしまう。



雅史とは、10年以上の付き合いがある。


雅史の性格、職業、生活…みんな判ってる。


雅史は、ひかるに将来を約束した。


ひかるも親しい自分の友達にも、『あたしのダーリン』と、紹介している。


『ただいま』と、ひかるの部屋に帰る雅史の顔を見るだけで、安心とやすらぎを感じる。


部屋で座り、くつろぐと、もう、立とうとしない雅史に、かいがいしく、世話をやき、尽くすことに、ひかるは、言葉に言い現せない喜びを感じるのだ。


お互いに知りつくしていると思っていた。


一緒に暮らしたら、幸せな家庭になると思っていた。



ただ、ひとつづつ、2人には知らないことがあった。


ひかるは、雅史の妻と、雅史の本当の関係を…。


雅史は、ケンの存在を…。



「今日はケンちゃんを忘れよう…」



ひかるは、窓を開けた。


ケンの香りを消すために…。


そして、ケンの香水の小瓶を、引き出しの奥へそっと置いたのだった…。



ひかるは、働いているスナックを出ると、足早に帰る。


部屋の玄関の扉を開くと、中から灯りが見える。


もう、合鍵を使い、雅史が来ている。


「ただいま~」


「おぅ!おかえりってか、俺もただいま!」


雅史の笑顔に、ひかるも笑顔で応え、急いでエプロンをつけながら言った。


「お腹、すいとるやろ?」


「おぅ…腹減った」


「ちょっと、待っててな…」


手早く、ビールと漬け物を雅史の前に置き、ひかるは、サラダとスープとオムライスを作る。


「俺、ひかるのオムライス、大好きだな。」


ひかるは、雅史のオムライスにケチャップで大きくハートを書いた。


「俺にも、書かせろ」


ひかるのオムライスを、雅史は自分の手前に引き寄せる。


「ダ-も、ハート、書いてや」


雅史は、意地悪そうに笑いながら、ケチャップを手に持つ。


〈ひかるのボケ〉


「ひっど~い!」


ひかるは、書かれた自分のオムライスのケチャップを、スプーンでこすって、字を消した。


「あはは…怒るなよ」


笑う雅史にひかるも笑う。


「ほんと、ひかるのオムライスはうめぇな~。でも、スープは味が薄くてダメだな」


「え?ほんと?作り直すよ」


「まぁ、いいって、食えないことはない」


「ごめんね。次は気を付けるから…」


スープのダメ出しがあったものの、雅史は、オムライスを誉めちぎり、超大盛りを全部、平らげてくれた。


ひかるは、もりもり、ひかるの料理を食べる雅史の笑顔に、幸福感で満たされた。



食後の食器を片付けるひかるを見ながら雅史は言った。


「最近忙しくて、なかなか、来られなかったな」


「ええよ、気にせんで」


ひかるは答える。


「まだまだ、忙しいんだ。」


「そうなんやぁ」


「でも、離婚の話はした。来春、早々までには離婚する」


「ほんと?」


ひかるは、ケンの顔が、脳裏に写り、少し、複雑な気持ちになったが、それを隠した。


「だから、一緒に暮らそうな…」


ひかるは、返事をしないで、黙って雅史の背中に寄り添い、雅史の背中に、額をつけた。


ひかるの流した涙で雅史の背中が濡れる。


雅史は、ひかるの涙の真相はわからないまま、くるりと、向きを変えて、ひかるにキスをする。


ひかるも、自分の気持ちが定まらないままに、雅史のキスを受け入れる。


絡み合う舌と舌。


頭の芯まで溶けるようなキス。


一瞬、浮かんだケンの顔も、いまは消えて、雅史の愛を求めるひかるだった…。



朝になり、まだ、眠っている雅史を起こさぬ様に、ひかるは、そっと、雅史の腕から離れて、雅史のための朝食を作る。


身体には、まだ、雅史から愛された甘い感触が残っている。


雅史は、ひかるにかなり強引なセックスをする。


形の良い、ひかるの乳房を鷲掴みにし、激しく腰を動かす。


自分が気持ち良くなり、絶頂で吐き出したら終わる。


そして、残されたひかるは、必死で自分の昂りを抑える…。


それでも、ひかるは満足だった。


雅史には身体を抱かれながら、雅史のために役立つ自分に満足だった。



「ん~…いい匂いだな。味噌汁か?」


「あっ!起きた?」


「うん。おはよ」


「おはよう。ちょっと待っててな。すぐできるから」


「卵焼き食いたい…」


「え?昨日、オムライスやったのに?」


「今日、若い従業員連れて、仕事で回るとこあるんだ。おにぎりでいいから、そいつの分と2人前、卵焼きと一緒に弁当にしてくれ」


「うん。ええよ」


朝ごはんを食べ、弁当を左手に持ち、軽くひかるにキスをして、雅史は出ていく。


「行ってくる」


「行ってらっしゃい」


次は、いつ来るとか、来ないとかの会話は、お互いに無い。


当たり前の出勤を見送る妻の様に、ひかるは見送った。


食事の後片付けもそのままに、ほとんど寝ていないひかるは、雅史の香りが残る、布団にまた、潜り込む…。


柑橘系の爽やかな香り…それが雅史の香り…。


ひかるは、雅史を感じながら、ゆっくり、眠りに落ちていった…。





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