第2話


ケンに告白された日。


その日から、ひかるは、雅史とケンの2人からの連絡を待つ女になっていた。


突然、夜、遅くにひかるの部屋に来て、ひかるの世話を受け、ひかるを抱いて、朝には帰る雅史。


雅史との安定した将来を、夢見る気持ちは変わらない。


雅史の下着を洗い、シーツを変え、シャワーを浴びた雅史の身体を拭いて、一緒に眠る。


朝には、雅史の好きな食事を作り、言われるままに、弁当を詰めて、送り出す。


「行ってくるよ!」


笑顔の雅史の朝のキスに、幸せを感じるひかるであった…。



ケンは、いろいろなところへ、連れ出してくれて、ひかるを楽しませた。


嫌がる雅史では、ありえない、腕を組み、手を繋いで、街を歩いた。


行き慣れた場所も街も、ケンと一緒だと、新鮮だった。



休みをケンの休日に合わせ、行き先、行動は、すべて、ケンが決め、それについて行く。


ただ、夜には帰るシンデレラ…。


そして、ひかるの部屋だけには、ケンを招き入れることはできなかった。


それは、ひかるの部屋は雅史の温もりが染み付いていたからだった。


そんなことに気づいていたケンが、ひかるを抱いた、ラブホのベッドで囁いた。


「俺は、お前に、彼氏がいるのを知っている。彼は俺を知らない…それって、どっちがいいのかなぁ?」


ひかるは返事に困り、黙っていた。


「俺は知っているだけに、苦しくなる時がある。勘違いするなよ。お前を責めているんじゃない。彼の存在を知りながらも、お前を好きになった俺なんだから、しょうがない…」


ケンは尚も言葉を続けた。


「俺は、お前の部屋には入れない。彼との時間も邪魔できない。それは、彼とお前の結びついていた時間が長くて、すでにお前の中に、確立している空間だから、俺は入り込めない…」


ひかるは、涙が流れてきた。


「まだ、どちらかに決めるなんて無理だろう?だから、彼に対抗するために、俺は俺の武器を使う。お前が好きって言ってくれた俺の匂い。俺のGUCCIの香水。これを、彼のいない、1人の夜は、つけて俺を想って欲しい…」


ケンは、泣きながら頷くひかるに、香水の小瓶を手渡した。


そして、ひかるの涙を指で拭い、頭をかるく叩いて微笑んだ。


「不倫の不倫だからな…おぬしも、悪よのぅ~」


おどけたケンに吹き出したひかるは、ケンの胸に、また、顔を埋めた…。



雅史には、妻の様な感覚で、ケンには、恋人の気持ちでひかるは2人に接していたのだろう…。


仕事が忙しく、ここ、2ヶ月ほどは、電話の会話しか接触の無い雅史だったが、元気な声を聞くと安心でき、雅史に会いたいとも思わなかった。


そして、雅史のいない夜には、ケンの匂いを身体に振って、ケンに心を抱かれていた。


毎晩、毎晩、ケンを想う気持ちは募っていく。


週に1度のケンの休みが待ち遠しい。


その日だけは、なにがあっても、ケンのために空けておく。


「今度の休み、ちょうど、となり街で祭りなんだよ。それに行くから、いつもより少しだけ帰すのが遅くなるぞ」


しばらくは、雅史が部屋に来ないことを知っていたひかるは、ふたつ返事でケンに答えた。


「えぇよ。その日なら、泊まりも大丈夫やから…」


ひかるは、雅史にはじめて、実家に用があり、1日、泊まってくるって、うそのメールを打った。


少し、心が痛んだが、ケンと過ごす時間を想うと、罪悪感もすぐに忘れた。



缶ビールを片手に、屋台を冷やかし、いか焼きや、やきそばをつまみに飲み食いしながら、神社の境内を歩く。


神社の賽銭箱に小銭を放り、ちぎれんばかりに、鈴を振り鳴らすケンに、ひかるは腹を抱えながら笑った。


大吉がでるまで引き続けるケンの背中におぶさって、一緒におみくじに落胆する。


「ま~た、はずれや」


「ちっ…ここのおみくじ、末吉や小吉しか無いんじゃないの?むかつく!!ぜってぇ、大吉だす!!」


ケンとひかるがもっていた100円玉が、最後の1枚になった時に、大吉がやっと出た。


「きた~!!大吉!!ひかる、このおみくじ、ずっと持ってろ。なっ!!ほら…待ち人あらわる。意中の人と結ばれるって!!」


「おみくじって、ここに結ぶんやないの?」


「それは、悪いやつの運を払うために結んどくんだ。俺たちは大吉引いたから持ってりゃいいんだよ」


「力づくで引いたんやん…プッ…」


「大吉は大吉だ。いいよ。これは、俺が持ってる。これでひかるは俺のものだからな!」


「それはどうかな?」


「あはは…これで俺、振られることになったら、そりゃ怖いなぁ…」


ケンは、上機嫌で背中にオンブのひかるを降ろして、人目をはばからず、ひかるにキスをした…。


「今日は帰らなくていいんだな?」


「うん…」


「今日は俺だけのものだな?」


「うん…」


「俺もお前だけのものだよ…」


「うん…」


2人は、手を繋ぎ、朝まで誰にも邪魔されないように、綺羅びやかなお城の門をくぐり、最上階の部屋を選んで、ルームナンバーのボタンを押した…。



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