香水〜ひかる

ぐり吉たま吉

第1話


愛を求めるのは罪ですか?


安らぎを求めるのは罪ですか?


二人の男性(ひと)を、同時に愛することは…罪悪なのですか?




ひかるは、夜の街で、働いていた。


店のママと、姉のように慕う女性と、ひかるの3人で、やっている小さなスナック。


来店してくる、男客に少しだけ、疑似恋愛の夢を売り、楽しく、お酒と会話で過ごしてもらう、そんな仕事に、ひかるは生活の糧を得ていた。



ひかるには、もう10年以上、付き合っていた男がいた。


妻子ある男性。


いわゆる、不倫の関係だった。


「ひかるちゃん…いつまで、不倫を続けるの?」


「不倫?あたしは、不倫なんて思ったことは無いよ。愛した人が、家庭を持っていただけ…。あたしに逢いたい時にやってきて、あたしに安らぎを与えてくれる…。それだけで満足だから…」




月に何度か、ひかるの部屋に訪れ、抱き合い帰る…ひかるは、それで満たされていると思っていた。



ひかるの男、雅史は自営業だった。


決まった休日があるわけでは無く、日時を問わず、逢いたい時に、ひかるに連絡し、合鍵を使い、ひかるの帰りを部屋で待ち、帰ったひかると愛し合い、朝になると仕事に戻った。

そんな生活が、10年以上も続いていた。


つき合い始めて、5年くらい過ぎた頃から、雅史はよく、こんな言葉を言うようになった。



「ひかる…もうすぐ離婚する…だから、俺と籍を入れよう」


「あたしは、結婚なんか望んでないよ。まぁちゃんがそばにいてくれたら幸せだよ」


ひかるは、安定よりも、やすらぎだけを求める女だった。


しかし、何年もの間、プロポーズのような言葉を聞き続けると、心のどこかに、期待も生まれてきた。


そして、言葉だけで進展のないことを感じても、雅史を嫌うこともなく、雅史に尽くしていた…。




ひかるの働くスナックに、常連客がひとりの男を連れてきた。


「はじめまして~ひかるで~す!!」


その男は、ケンと名乗った。


会話も楽しく、面白く、ひかるは、ホステスとしての仕事を忘れるくらいに、一緒の席で盛り上がった。


異性に対して、あまり、見た目を気にしないひかるだったが、ケンの容姿には、強く惹かれたことも事実だった。


楽しい会話の中に、ふと見せる伏せ目がちな表情は影を忍ばせ、正面から見る笑い顔は、さわやかで、ひかるの心をときめかせた。


しかし、彼のいる、ひかるは、それ以上の気持ちは、無意識に抑え、客として来店するようになるケンを待つようになった。



「今日もケンちゃん、来るかなぁ?」


「ひかるはケンちゃんにお熱だね。彼と別れて、ケンちゃん、誘惑しちゃえば?」


「ねぇさん、意地悪やなぁ…あたしにはダーリンおるから…ケンちゃんは、そう言うのとは違うんよ…それに、あんなかっこいい人があたしなんかに…」


「そんなことないよ。ひかるに似合ってるよ…」



一緒に働くおねぇさんやママに、からかわれながらも、毎日、ケンを待つひかるだった。



いつもは、終電前に帰るケンは、その日に限って、閉店までいた。


「ありがとうさん!!また、きてね~」


客達を見送り、最後にケンが出口で振り返り、ひかるに話す。


「ひかるちゃん、片付け終わったら、ちょっと、コーヒー飲みに付き合わない?」


「ええよ。ほな、ちょびっと待っててな」



ひかるは、ケンともう少し、話したかったから、大急ぎで、片付けて、ケンの待つ喫茶店に行った…。




喫茶店で向かい合わせに座り、コーヒーが来るのを待った。


「お酒の方が良かったかな?」


「さっきまで飲んどったんやから、コーヒーでええやん」


「なんだかさぁ…まだ今日は帰りたくなくて、ひかるちゃんと話がしたくて…」


ひかるは、そう言うケンに、ときめきを感じた。


「あたしも、ケンちゃんと話すの楽しいし、好きやから…」


「そっか…いや…ひかるちゃん、俺とつきあわないか?」


「いきなり、直球やな」


「俺のこと…どう思う?」


思いもよらずのケンの告白。


ひかるは嬉しかった。


しかし、しかしなのだ。



「ケンちゃん、ありがとうな。そう言ってくれて嬉しい。でもな、あたしには、10年も付き合ってる彼氏がおるんよ。それに…」


ひかるは、ケンほど男前なら、誰ともつき合って無いなんて、考えられず、あたしなんかより、もっと良い娘がたくさんいるし、そして、なにより、本気での告白なの?って、思い、それを告げようと口を開きかけた時に、ケンの言葉で遮られた。


「彼なんかどうでもいい…俺のこと、好きか嫌いか訊いてるの!」


声をつまらせながらも、強引なケンの問いかけに、ひかるは答えた。


「すっ…好き…」


「なら、なにも問題ないよ。俺もひかるちゃんも好き同士なら、一緒にいられる」


「でもな。あたしには彼氏、おるんやで…」


「俺はいま、ひかるしか考えられない。俺が好きなら、チャンスくれても良いだろ?」


「でも…」


ひかるは、雅史を愛している。


ケンは憧れに近い存在だった。


そのケンが、いま、強引にも、ひかるに交際を求めている。


ひかるちゃんから、ひかるへと呼び捨てに変わり、そのことさえ、ひかるの胸をキュンとさせていた。


揺れ動く気持ち…。


雅史には、恋人を越えた感情を持っている…。


しばらくの沈黙…。


考えがまとまらないひかるに、ケンが口を開く。


「彼と別れることはないよ。俺と彼氏と2人、両方と、つき合えばいい。そして、最後にひかるがひとりに決めたらいい。俺は、いまのお前をすべて知り、お前を包み込むから…」


「それでええの?ホントにええの?…ケンちゃんがそう言うなら…」


「よし!決まりだ!俺は嬉しいよ。俺は、お前が好きだから…俺なら、誰よりもお前にふさわしいから…」


「うん…ごめんね…こんなあたしで」


雅史のわがままな性格に慣らされて、相手の気持ちに従うようになっていたひかるは、雅史よりも、さらに上をいく、ケンの強引で俺様的なところにも、男らしさを感じて、ケンに惹き込まれていった…。


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