第17話 ―椎衣那― In the Forest
――
とは言え、少し進むと木立が増え、森になる。鹿や猪と出くわす事もあるので要注意だ。
蒼緒たちが、医院の前で一人の少女と出会う少し前。
二人の軍服の女性が、辺りの森を検分していた。
一人は二十代半ば過ぎで、亜麻色の髪を一つにまとめ、灰色の瞳に眼帯をしていた。
もう一人はもっと幼く、十四、五といった辺りか。灰茶色の髪をツーサイドアップにし、菫色の瞳は勝気で強い意志を感じさせる。
どちらも特務機攻部隊の軍服を着ていた。
「……一応調査に来てみたはいいけど、やっぱり無駄足だったかな」
そう言って眼帯の女性が頭を掻く。彼女の名前は
「案の定、戦闘痕は確認出来ないかあ。ま、わかってたけど。……巣の確認も無理だろうなぁ」
困ってはいるようだが、あっけらかんとしている。
その手元を後ろから少女が覗き込んだ。
「ねえ、椎衣那。今度は何を調べているの?」
「なーいしょ」
「〈花荊〉の私にも教えられないの?」
「ごめ――ん、
「って、いっつもそればっかりじゃない」
椎衣那が笑って手をあわせると、その〈花荊〉である
「ま、いいわ。調査が貴女の仕事だものね」
「ご理解して頂けて助かるなぁ。さすが私の〈花荊〉さん。ご褒美にいっぱい吸血してあげちゃう」
「――って、どこ触ってるのよ」
「澪のおっきなおっぱい」
悪びれずそう言った椎衣那に、澪があきれた目を向ける。……が、やはり悪びれない椎衣那。それどころか、ゆるっゆるな笑みを浮かべては軍服の上から豊満な胸に触れた。
うん。大きい。この手に余る感じがたまらない。
とても佐官の軍人には見えない、だらしなく鼻を伸ばした顔に、澪が綺麗な形の眉をしかめた。
「しれっと揉まないで」
「え――? 誰もいないし、いいかなって」
「え――じゃないし、良くないし、そもそも屋外なんだけど」
澪が様々な理由を述べ怒った顔を向けるが、その一番の理由は今が勤務中だからだ。生真面目なのだ。……まあ、自分が不真面目過ぎるんだけど、と椎衣那は心の中で舌を出す。
まあ人生気楽に生きたほうが楽だし。
椎衣那の主な仕事は〈狼餽〉退治――ではなく、過去の〈狼餽〉退治に関する調査だ。何せ戦闘するには、この眼では不向きだ。
デスクワークでの聞き取り調査が主な業務だが、こうしてフィールドワークもする。
〈狼餽〉の生態調査も兼ねているが、遅々として進まない。危険な上、奴らの生態には不確かな事が多過ぎる。まず個体差が大きいし、狼のようでありながら、中には二本足で歩く輩もあると言う。
――が。
それはそれとして、だ。
「……ちょっと。……本気で吸う気なの?」
「……だめだった?」
そう聞くと幼い〈花荊〉が拗ねた顔をする。
「……だめって言っても聞かないくせに」
「えへへ」
これではどっちが歳上かわからない。――が、拗ねる澪は可愛い。だからついからかってしまう。ちょろ過ぎるツンデレなのだ、澪は。
「澪、」
名を呼び、木立に背を預けさせ、頬に触れる。
椎衣那は背が高い。自ずと見下ろす形になり、見上げる澪の唇に親指で触れた。おっぱいに負けず劣らずやわらかい。
澪が少しだけ視線を逸らした。……顔を赤らめて。
唇にゆっくりと指を沿わす。
「……澪、」
「……」
ゆっくりと往復させ、やわらかな感触と澪の表情を堪能する。
そして、
「んっ、」
背をかがめ、唇に唇を触れさせた。……指で触れるよりもっと、やわらかい。
ゆっくりと澪が目を閉じていく。椎衣那も目を閉じた。
そっとはみ、味わう。
そして、そっと舌を差し入れた。
ゆっくりと……舌を絡める。怒っていたくせに、抵抗はない。勝気で生真面目な澪――だが、吸血の時は従順だった。
それに、強がっているくせに吸血には不慣れで。年相応に恥ずかしがるのが可愛かった。そもそも、彼女は華族の生まれでお育ちが良く、恋愛だのの触れ合いについては、ほとんど知識もない。
案の定、キスだけで頬を赤らめてしまう。
「ねぇ、誰か来たら――」
「森の中だよ? 誰も来ないさ」
「んっ、」
言うものの強くは抵抗しない。それに〈吸血餽〉のキスは誘淫効果がある。唇を重ねていると、少しずつ肩を押し返す手から力が抜けていくのがわかった。
「……たまにはこういうシチュエーションもいいでしょ?」
「んっ、……たまにって、……っ、むしろまともに部屋で吸血した試しが……ない、じゃない」
「そうだっけ?」
「そう――んっ、」
キスで唇を塞ぐ。
いや、昨夜は部屋で吸血したし。椎衣那は〈吸血餽〉の中ではそれなりの古参で、町にいくつかセカンドハウスがある。……軍には当然内緒だけど。でもこう言った「出張」の際に役に立つのだ。
裏社会の人間の中には、〈吸血餽〉を恐れない者もいる。そういう輩に金を渡して、工面してもらうのだ。
お陰で、昨夜は屋根の下で楽しめ――休む事が出来た。
「んっ……、あ……」
舌で口の中を撫でると、菫色の瞳が甘く細められていく。
徐々に甘みが増す。――椎衣那の体液により、澪の身体が熱くなり始めていた。歳若いため、〈吸血餽〉の体液の影響を受けやすいのだ。
キスをしながら、手慣れた仕種で軍服の上着のボタンを外して行く。白い肌がのぞく。肌には昨夜の吸血の痕――だけでなく、赤い花がいくつも散らされていた。
昨夜の澪も可愛かった。
椎衣那は一度、唇を離し、
今度は首筋にキスを落としながら、澪の太ももに触れた。……やわらかい。弾力があって、手触りも滑らかだ。
「っ、椎衣那、だめっ、」
案の定、抵抗する澪。
「……だめ、なの?」
「こんなとこじゃ……っ、まだ明るいしっ、誰か来るかも知れないし……っ、」
確かに少し空が赤みを差し始めたけれど、まだ明るい。
とは言え、深い森の中だ。
先程と同じく繰り返す。
「……誰も来ないよ。それより……欲しいな、血も、澪も」
甘く囁き、太ももに触れた手を少しずつ上げて行く。スカートの裾が持ち上がる。彼女が脚をぴたりと閉じた。
「っ、……だめ、」
とは言え、抵抗は弱い。
「澪……」
名を囁き、耳たぶをはむ。彼女の肩が震えた。その震えさえ可愛らしい。
優しく耳をはみながら、澪のぴたりと閉じられた太ももに膝を当てた。
ゆっくり押し込む。
――と、太ももが開かれていく。
「っ、」
「澪――」
頬に触れ顔を上げさせ、見つめ合う。再び唇が近づいて――
――その時、パキ、と小枝の折れる音がした。
咄嗟に顔を上げる。
猟銃を構えた男が二〇間――三六・四メートル――ほど先にいた。
「あ、」
お互いに間の抜けた声を上げる。
その椎衣那の頬を、澪がパチリと叩いた。
*
「どぉも〜。帝國陸軍、沙村椎衣那中佐です〜」
階級にそぐわず、ヘラヘラとした笑顔を浮かべる椎衣那。所属部隊は敢えて隠した。民間人に軍服の差異や部隊章がわかるはずもない。
案の定、猟師の男は、はあそうですか、という気のない表情を浮かべている。
「失礼ですけど、お名前と御用向きをお聞かせ頂けます〜?」
「
「ですよね〜。あでも一応、証明書見せて貰えます〜? あ、規則なんですみませ〜ん」
猟銃を抱えているし、身なりも猟師そのものだ。証明書も第一種銃猟免許、罠猟免許と統京府発行の物で間違いない。怪しいところは何もない。
――が、椎衣那は男の名を聞き、気づかれないよう口角を上げた。
大物を釣り上げたかも知れない。澪のビンタくらいお安いもんだ。
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