25 『おにぎりを召し上がれ』

「本日はマーヤお嬢様の為に、みなさんお集まりいただき誠にありがとうございます」


 いつものスーツ姿ではなく、礼服に身を包んだ諏訪部が畏まりながら挨拶をする。

 ボナペティ家の食堂はすっかりパーティー会場となっていた。従業員のほぼ全員が集まっており、その中でも執事やメイド長といった上位職の者は主人であるボナペティ夫妻、そしてその子供達と席を共にしている。

 さすがに全員がテーブル席につくことが出来なかったので、下位職の侍従などは即席で用意させたテーブルで立食することになった。

 彼ら全員をもてなすつもりでいたのだが、まさかボナペティ家に雇われている従業員がこれほどいるとは思っていなかった諏訪部にとって、とても大きな誤算だ。

 それでも気の良い彼らは「立ち食いでも何でもいいから、マーヤお嬢様の手作り料理を口にしてみたい」と、誰一人として文句を言わなかった。


「長話をするつもりはありません。それではお料理が温かい内にお召し上がりください」


 マーヤとコックが、厨房からキッチンカーを押して出て来る。

 諏訪部はいそいそとコックに付き添い、大皿一杯のおにぎりをテーブルの上に置いて行った。その間に、マーヤは緊張しつつも堂々と、みんなの前に立って挨拶をする。


「あ……、あの……っ。今日は、私の為に集まってくれて、ありがとうございます!」


 恥ずかしさを精一杯隠して声を張り上げ、素早くお辞儀をする。ガチガチに緊張しているのが全員に伝わるようだ。そんなマーヤの姿を微笑ましく思い、温かい笑い声と拍手がまばらに送られる。

 気を取り直して、諏訪部達がお皿を配膳していく様子を窺いながら言葉を続けた。


「ご存知の方もいると思います。私は、そちらにいるスワべさんとコックさんの助けで、ここまで健康を取り戻すことが出来ました。感謝してもしきれません。この方達が私の命を救ってくれたんです」


 マーヤの言葉に、全員から盛大な拍手が送られた。指笛を鳴らす者もいたが、それは礼儀にうるさい執事とメイド長のひと睨みによってそれ以上鳴らす者は現れなかったが。


「それだけじゃありません。私がずっと眠り続けている間、私のことを見守り続けてくれたお父さんやお母さん。姉のカーラ、弟のニア。愛する家族がいてくれたからこそ、私は命を繋ぎ止めることが出来ました」


 再び沸き起こる拍手の嵐。夫婦は嬉しそうに微笑み、母親エヴリンはハンカチでそっと目元を押さえていた。

 十年という月日を思い返し、その間どれだけ心を傷め続けてきたか。それがようやく報われ、この日を迎えられたことに涙せずにはいられなかった。

 カーラとニアは礼儀正しく、澄ました表情で拍手を受けている。

 そんな二人の顔を見て、マーヤは遠慮気味に苦笑した。少しだけ手が震えてくる。ドクンドクンと心臓の音が高鳴り、次の言葉が震えかけたがなんとか堪えることが出来た。

 ちら……と配膳している二人に視線を移すと、諏訪部が包み込むような優しい笑顔でエールを送っているように見えた。おかげで気持ちを持ち直す。不思議と元気が出てくる。


「そして私が死んでしまわないように、諦めずにずっとお世話をしてくれていた看護師のメイさん。私の為に眠りの魔法をかけて命を繋いでくれた魔術師のエイプリルさん」


 マーヤに名前を呼ばれた二人の顔は、涙でぐしょぐしょになっていた。そんな二人を讃えるように、拍手が送られる。自分達の努力が報われたのだと、ついに両手で顔を覆って大泣きしてしまった。


「本当に……っ、本当に良かったです……マーヤお嬢様あああっ!」


 やがて食堂内がマーヤの快気祝いという空気になってきた。誰もがボナペティ家の大切なご息女が帰ってきたことを実感し、歓喜する。そんな中、カーラとニアだけはやはり居心地悪そうな表情で、周囲に合わせて気のない拍手を送っていた。

 マーヤは、まさか自分が祝われると思っていなかったのか。全員に感謝の意を述べるべく開かれたお食事会で、自分が主役になってしまうことに動揺している。オロオロし出したマーヤを見て、諏訪部が颯爽と駆けつけた。


「みなさんの前にありますお料理に関して、僭越ながらこの諏訪部がマーヤお嬢様に代わりご説明させていただきます」

(スワべさん……っ!)

(大丈夫、ここは私に任せてください)


 諏訪部がマーヤに小声で話したと同時に、コックが全てのテーブルへの配膳を終えたところだった。

 コックの活躍の場は厨房。配膳経験はゼロに近しいので、愛想もなくさっさとマーヤの隣へと戻っていく。


「今回マーヤお嬢様がお作りしたのは、私の国の伝統料理『おにぎり』というものです」


 ざわ、としながら目の前にある白黒の物体をまじまじと見つめる一同。そこには丸、三角、俵形、様々な形をしたものが敷き詰められていた。


「皆さんにお配りしたおしぼりで、まずは手をお拭きください」


 諏訪部の言葉に全員が戸惑いながらも、濡れタオルを手にする。ここアレバルニアでは、食事前におしぼりで手を清潔にする習慣はないからだ。


「私の国では、料理の種類によっては手づかみで食すものがございます。今回みなさんに食べていただくおにぎりが、まさにそれです。一般的にはナイフとフォークを使って食事するところですが、どうかみなさん。今回だけはジパングの伝統に則り、手づかみで食べていただきたいと思います」


 そう説明され、ようやく合点がいったのか。全員がおしぼりで手を拭き出した。

 小声で「変なの」「手づかみで食べるなんて、なんだかパンみたいね」などという声がちらほらと聞こえてくる。

 少しばかり間を置いて、それから再び諏訪部が説明した。


「お拭きいただけたら、どれでも構いません。お一つ手に取っていただき、そのままガブリとかじりついてください」


 再びざわ……、とする。しかしそれは怪訝なものではなく、初めての経験で、見知らぬ国の伝統に触れる珍しい経験をこれからするのだという、好奇心から来るざわめきだった。

 くすくすと笑いながら、なんだか童心に帰るような、そんな思い思いの気持ちでパクリとおにぎりにかじりつく。

 ほんのり温かく、少し粘り気のあるお米を咀嚼し、やがて中から現れる食べ慣れない具材の登場。まるで公然としたイタズラに自ら引っかかりに行ってるような、そんなイベントを体験しているようだった。

 諏訪部は小皿に載せた今回の具材をテーブルに並べて、一つ一つ説明する。


「おにぎりは炊き上げたお米を握って成形する伝統料理です。食材、調味料は全てジパング産のものです。白いもっちりとした食材が、お米と呼ばれるもの。お米に貼り付けてあるのは海苔という、藻を加工したものです。お米がほんのりしょっぱいのは、塩という調味料を少量使用しているからなんです」


 おにぎりの大きさは、女性の握り拳とほぼ同じ位の大きさで、出来る限り統一させている。女性はともかく、男性はこれをほぼ三口で平らげてしまっていた。諏訪部が中に忍ばせている具材の説明をする間もなく、二つ目に手をつけようとしてる者もいる。


「おにぎりの中には、いくつかの具材をランダムに入れてあります。こちらにあるのがその具材なので、参考までに」


 そう言いながら、諏訪部は梅干しから順にそれぞれの名称や味などを軽く説明する。あまり長々と説明しないようにかなり省略したので、せいぜい自分のおにぎりの中に何という具材が入っていたのか。それらの名前がわかれば、それでいいといった程度だ。

 しかしこれがまた、まるで宝探しをしているようで非常に盛り上がっている。


「この梅干しっていうやつ、なんて酸っぱいんだ! おにぎりをもう一個食べたくなる!」

「ツナマヨっていうの? なんだか不思議な味だわ」

「焼きたらこってやつと一緒に、酒が飲みたくなるねぇ」


 もはや諏訪部の説明など不要だった。それぞれ楽しみながらおにぎりを味わっている様子だ。わいわいと賑やかで和やかな食事風景、にこやかな笑顔、大量に用意したはずのおにぎりは瞬く間にその数を減らしていった。

 そんな時、一人の女性が申し訳なさそうに前に出て来る。


「あのぅ……」


 白髪混じりのパサついた髪に、痩せた顔。遠慮がちに胸の前に組んだ手はカサカサで肌荒れがひどかった。

 来ている服もメイド服ではなく、洗濯や食器洗いなどを主な仕事としている質素なものだ。あちこちツギハギされ、何年も同じ服を着回していることが一目でわかった。


「不躾だと承知しているのですが……」

「どうされました?」


 これにはマーヤが対応した。胸を張り、堂々と。


「マーヤお嬢様に作っていただいたおにぎりなんですけど、これ……持ち帰るわけにはいかないでしょうか」

「え……、お家に持って帰る……ということです?」


 二人の会話を聞いて、諏訪部が腰を低くしながら割って入った。

 これは聞き捨てならない要望だ。


「申し訳ありません。これらの食材は特別にご用意させていただいたものでして、ボナペティ家の関係者にのみ、この場で召し上がってもらう前提のものでして」


 そう言われ、女性は悲しそうな表情になり、それでも精一杯笑顔を取り繕って必死に頭を下げた。

 食い下がるのではなく、謝罪の為に。


「そう、ですよね。私もダメで元々のつもりで聞いてみただけなので……。すみません」

「いくつ持って帰る予定だったかお窺いしても?」

「え?」


 諏訪部は得意の笑顔で、女性に優しく声をかける。


「三つ程……、家に子供が三人いまして……」

「食べ盛りの男の子でしょうか?」

「はい、上から十二になる長男、十歳の次男、五歳の娘が……」


 それだけ聞くや否や、諏訪部はコックに目配せし、それをすでに察していたコックが適当におにぎりを七個用意した。使い方はすでに諏訪部から聞いていたので、ラップでおにぎりを一個ずつ包み、それらを持ち帰り用の折詰おりづめに詰めて無言で手渡す。


『え、いいんですか!?』


 マーヤと女性、二人の声が同時に重なる。


「特別扱いするつもりではありません。お家にお子さんがいる従業員の方へ、事前にボナペティ氏に確認を取っているので用意させてもらってたんですよ。お食事会が終わった頃にお渡しするつもりでしたが」


 急いていた女性は恥ずかしくなる。そんな気配りが事前にされているとは露知らず、我先にとおにぎりを頂戴しようとしていた自分が卑しく思えてならなかった。しかしここにいる誰もが、当然そんな風に思っていない。


「おにぎりを食べながら、お子さんのことがずっと気がかりだったんですよね。優しいお母さんじゃないですか」

「うぅっ……」

「おにぎりはまだまだあります。母親であるあなたも、しっかり食べて元気に持ち帰ってください」

「ありがとうございます。本当に……、ありがとう……っ!」


 女性は何度もお辞儀をして、折詰を手に元の自分の席へと戻っていった。

 見送る諏訪部にマーヤが問う。


「よかったんですか? お父さんから聞きましたけど、基本的にジパング産の食材は私にのみ提供することになっているって。門外不出……? って聞いてますけど」

「私の上司、そしてグロモント伯爵の了承済みなんで問題ないですよ。私的流用されるわけじゃないということで、ご家族にお裾分けする分には目を瞑るそうです」


 ホッと胸を撫で下ろすマーヤに、諏訪部の心はわずかに傷んだ。しかしそれを表情に出すことは決してない。

 鉄壁の営業スマイルが、諏訪部の本心を隠し通す。


 ***


 食事会も終わり、全員が笑顔で、満足げに帰っていくところを見送った。

 休暇の者はそのまま家路に、勤務中だった者は引き続き持ち場へと戻って行く。最後にボナペティ夫妻がマーヤの元へやって来て、誇らしく成長した娘に再び喜びを表していた。


「マーヤ、お前の作ったおにぎりとやら。とっても美味しかったよ」

「本当に美味だったわ。何年も眠り続けて、やっと目覚めたかと思えば……。普通に立って歩くことさえままならなかったマーヤが、私達に手作り料理を……。うぅ……っ!」

「お母さんったら、最近泣いてばかり。私はもうこんなに元気になったんだから、もう泣かなくていいんだよ」

「でもぉ……っ!」


 そう言いながらエヴリンは何度も涙を拭いたハンカチで、今度は鼻を噛んでいた。笑いが漏れる中、カーラとニアが何食わぬ顔でそそくさと食堂を後にしようとした時だった。


「カーラ、ニア!」


 マーヤが呼び止める。内心は胸が張り裂けそうなくらい、とても怖かった。

 また冷たい表情をされたらどうしよう、厳しい言葉を浴びせられたらどうしよう。そんな風に思っていたが、マーヤは知っている。カーラとニアが、それぞれおにぎりを三個も食べていたことに。


「私が作ったおにぎり、どうだった?」

「……」

「美味しかったかな? 口に合わなかったかな?」

「まぁ……」


 ニアが初めて口を開いた。しかし顔は食堂の出入り口を向いたままだが。

 それでもマーヤは感動していた。思えば、目覚めてからニアの声を聞いたのはこれが初めてだったから。

 大きくなったね。少し声変わりしてるね、と声をかけたかった。だけどそれを飲み込んだ。せっかくニアが何か言いかけているから。それを聞くまで、マーヤは話の腰を折りたくなかった。


「初めて食べた食材だから? 何とも言えないけど……」

「うん」

「……美味しい部類に入るんじゃない?」

「ニア……っ!」


 マーヤは頬を赤らめて、涙目で喜んだ。それをほんの一瞬チラ見したニアは、バツの悪そうな顔になってすぐにプイと顔を逸らす。気恥ずかしかったのか、そのままスタスタと歩いて行ってしまった。


「あらあら、もう……ニアったら」

「後でちゃんと言っておくからな、マーヤ」

「いいの、お父さんお母さん。ニアと会話出来ただけで、私とても嬉しいから」


 そっとマーヤの頭を撫でる父ロイド、背中に手を添える母エヴリン。

 二人がどれだけマーヤを大切に思っているか、他人が見てもはっきりとわかる光景だった。

 だからこそカーラはそれを疎ましく、妬ましく、劣情に満ちた眼差しで睨め付ける。ふん、と鼻を鳴らしてさっさと食堂を出て行こうとしたカーラに声をかける。


「カーラは? どうだったかな、おにぎり……」

「美味しかったわ」

「えっ?」


 即答の言葉に、マーヤは聞き間違えたのかと一瞬思った。ニアの時のように、口籠るような形になるだろうと構えていただけに。ポカンとして、お礼を言いそびれたマーヤに向かってすかさず続きの言葉を浴びせてきた。


「さすが、究極シェフのギフテッドよね」

「……あ」

「それがあれば、美味しいものが作れて当然でしょ?」

「えと……」

「これでいいかしら? それじゃあ私は学校の課題がまだ残ってるから、失礼するわ」


 髪を優雅に払う仕草をし、カーラは姿勢正しく出て行った。これにはさすがに両親も黙っていられないのか、声を上げて引き止めようとするもマーヤが父親の袖を引っ張って制止する。震える手で父親を止めて、精一杯笑顔を作る。


「お父さん、私は大丈夫だから。だから……、カーラを怒らないで」

「マーヤ……」

「せっかく楽しいお食事会だったもの。みんな笑顔で、終わりにしたいの……」

「あぁ、優しいマーヤ。わかったわ……。あなたに免じて、今のはなかったことにしましょ。ね、あなた」


 そんな家族のやり取りを、後片付けをしながら諏訪部は盗み見る。

 歪だーー。

 そんな風に思いながら。

 同時に、自分もさほど変わりないことに苦笑する。


 ***


「はい、全て当初の計画通りです」


 あれから、後片付けなどは食器洗いなどを担当している使用人が引き継いでくれたおかげで、諏訪部は予定より早く帰宅出来た。

 帰るなりまっすぐパソコンに向かい、申し訳程度にランタンの明かりのみで上司と通話をする。

 パソコン画面には榊原が映っていた。多忙で知られる榊原が、通信してすぐに出られたということ。それはつまり、諏訪部からの通話を地球あちらで待機していたということだ。


『マーヤ嬢の状態は』

「見違える程です。体力に不安がありましたが、何百というおにぎりを笑顔で作り続けた姿には、驚きを隠せませんでしたよ」


 通話しながら、今日の成果を記録していく。

 榊原は諏訪部の報告を聞きながら、酒を煽っていた。グラスに入っている液体の色から、恐らくウォッカでも飲んでいるのだろうと予想する。


『それにしても、よくこんな提案をしてきたな。弱腰で慎重派のお前にしては』

「コックさんからヒントをもらいましたから。これを使わない手はないと思いまして」


 今回のマーヤの手作り料理体験、そして食事会。地球産の食材に関しては極力内密に提供するはずのところを、大々的に披露した今回の催し。

 榊原の憂慮はもっともだった。何より食事会に参加した人数と、それに必要な食材の量。普段のマーヤの食費の、何倍にもなっているのだ。


『結構な額になってるが、本当に請求先はお前でいいんだな?』


 じろりと凍てつく視線が諏訪部を刺す。画面越しでもその迫力は健在だった。ごくんと生唾を飲み込みながら、諏訪部は意を決した笑みを浮かべて、こくりと頷く。


「ええ、もちろん。これはですから」


 今回の食材は全て、諏訪部が肩代わりしたものだ。改めてマーヤに請求する、なんてことはしない。もちろんグロモント伯爵からお金を借りる、なんていうことも。


「これだけの人が地球産の食材を、料理を、マーヤさんの手料理を口にしたんです。絶対に忘れられない味になってる。私はそう確信してますよ」


 そう言って、諏訪部の顔に影が差す。暗く、陰鬱な気持ちになりながら発言した。


「今回はマーヤさんを利用させてもらいました。このおかげで、これから始める食堂の売上にしっかり影響を与えますよ」


 今回の食事会を考えた裏で、諏訪部はこの先開くことになっている食堂のことも視野に入れていたのだ。

 ひっそりと開かれる食堂に十分な客入れを望むには、それなりの宣伝をしていかなければいけない。

 そして今回の食事会で、少なくともボナペティ家に関わる人々にはその宣伝効果が現れたはずだと諏訪部は信じて疑わない。


 自分は純粋無垢なマーヤを利用したのだ。


 その後ろめたさが、ずっと諏訪部の心を蝕んでいた。今後のマーヤの為とはいえ、それとは言わずに進めた自身の腹黒い計画。

 諏訪部は異世界物流センターの営業マンとしての仕事を全うしていたに過ぎない。個人としてではなく、仕事人としてマーヤをサポートしていたに過ぎないのだ。

 それが諏訪部を後ろめたくさせた理由だった。心の底から笑えるはずもない。


「幸先いいスタートを切らせてあげたいですからね。マーヤさんにとっても、私の仕事としても」

『何一人でカッコつけてんだ。さてはお前、自分に酔ってるだろ』

「な……っ! 別にカッコなんてつけてませんよ! それに酔っ払ってるのは部長の方じゃないですか!」


 鋭い指摘をされ、諏訪部は懸命に反論する。

 自分は決して良いカッコしてるわけじゃないと。


『私がこんなもんで酔ってたまるか、ハゲ!』

「まだハゲてませんし!」

『とにかくだ! マーヤ嬢の体調になんら問題ないのなら、食堂の件を早急に進めろ。わかったな!?』


 そう命令が下され、諏訪部は改まる。

 ついに来たのだ、この時が。


「それは、その……。私が現在仮住まいしてる住居の一階部分を、食堂として経営していく……ということですよね?」

『マーヤ嬢には料理に専念してもらうからな。その他諸々は全てお前が担え』


 ええええ?


 これは上司命令だ。

 やれ、と言われたらやるしかない。

 

 そこで榊原との通信は途絶えた。

 子犬の壁紙がパソコン画面に映し出され、それを呆然と眺める諏訪部。


「俺……、食堂経営なんてしたことないんですが?」


 それでもやるしかないのが、下っ端のつらいところだ。

 やることは山積み。その段取りから、ボナペティ夫妻への相談。

 考えただけで、脳みそが耳の穴からとろけ出しそうになる諏訪部だった。

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