1−16 『ギフテッド』

 今から約十六年前――。ボナペティ家に、元気な双子の女の子が生まれた。

 姉はカーラ、妹はマーヤと名付けられる。二人は母エブリンによく似た青い髪色をしており、すくすくと健康的に育つ。ボナペティ夫妻は全国展開しているレストランのオーナーで、エブリン自身も料理研究家ということもあり、双子の食事にはとても気を使っていた。


 エブリンは母乳だけではなく、栄養価の高い粉ミルクも併用して育児をした。

 この地域では母乳神話が根付いているためか、周囲が母乳育児を推奨する中で、エブリンが数少ない選択肢を選んだと批判する者も少なくなかった。

 しかしエブリンは、粉ミルクに含まれる内容量などをしっかり吟味し、自分自身で決断したことに揺るぎない自信を持っていた。

 経営者でもある両親は自信家で、他人の意見に簡単に左右されたりしない程度には、しっかり物事を見据える能力に長けていた。結果的にはその性格が災いし、双子の運命を大きく変えてしまうことになるとは、この時点で誰にもわかるはずがない。


 ***


「カーラ、私たちってどんな力をもらうのかなぁ?」

「力をもらうんじゃないわよ、マーヤ。教えてもらうの」


 双子を乗せた馬車は、ボナペティ家が住んでいる街の中心にある教会へと向かっていた。

 二人が三歳の誕生日を迎えた翌日には教会への寄付を済ませ、同時に司祭へギフテッド調査の依頼も行なっていた。ギフテッドを調べてもらうには、教会へ赴いて直接司祭に調査依頼をする。そしてその時には必ず心ばかりのお礼として、教会への寄付もしておくのが通例となっていた。

 寄付をしなくてもギフテッド調査はしてもらえるが、その際は毎年一度教会で行われる感謝祭の日にしかしてもらえない。感謝祭には寄付をしたくない、あるいは寄付するお金がない者がこぞって集まるので、大勢押し寄せて来るのが毎年お馴染みとなっている。

 その数はかなりのものなので、その年に順番待ちをしていれば、必ずギフテッド調査をしてもらえる……という保証がない。

 感謝祭は午前の部と午後の部に分かれている。そして各協会に司祭は一人しかいないので、十歳になってもまだ調査してもらうことが出来ていないという者も珍しくないのだ。

 幸いボナペティ家は蓄えがあったので、すぐに調査依頼をすることが出来た。まるで記念日を迎えるように、両親と双子はパーティー用の綺麗なドレスに身を包んでいる。

 もしかしたら将来を決定付けるギフテッドを得ているかもしれないのだ。浮き足立つのも無理はない。実際に、子供の頃に発覚したギフテッドの内容によっては、それが将来の職業となったり、今後どう生きていったらいいのかという指針にもつながる。

 物作りのギフテッドに恵まれれば、大工やデザイナーに将来の職業として決めることもあるのだ。

 あるいは料理屋を営んでいる家の子供が鑑定のギフテッドを授かったら、将来料理屋を継ぐことなくアイテム屋などに転職する例も少なくない。それほどギフテッドというものは、その人の人生に大きく関わっていく才能なのだ。

 もちろんギフテッドにはその価値がピンからキリまである。


 速読のギフテッド、整理整頓が上手なギフテッド、足が全く臭くならないギフテッドなど。


 将来、何の役に立てたらいいのか不明なギフテッドを、残念ながら引き当てることも当然ある。そういったものは総じて、こう呼ばれる。『ゴミテッド』と。

 そしてそんなゴミテッドを引き当てた人間は、可もなく不可もなく、ごくごく平凡な人生を歩むことになるという。


 ***


 教会に到着すると、シスターが出迎える。そこで約束をしていることを伝えて、司祭の元へ案内してもらった。この日は日曜日ではないため、日曜礼拝はない。信心深い老人などが数人ほど、ガラ空きの椅子に座っているだけだ。

 教会という建物を遠目で見たことはあったが、こうして中に入ったのは初めての双子は、ニコニコと笑顔になって教会の中を隅々まで見回した。

 太陽の光が当たる度に、キラキラと色とりどりの綺麗な輝きを見せるステンドグラス。天井が高く、季節が秋ということもあるのか。それとも教会という神聖な場所だからかもしれない。空気がとても澄んでいるように感じられ、深く深呼吸をすると綺麗な空気を吸い込んでいる気持ちになる。

 ポツポツと椅子に座っている人々を、すれ違っては顔を見る。目を閉じてそのまま眠っていそうなおじいさん、熱心に十字架を握ってお祈りをしているおばあさん。女神像のそばで懸命にお祈りをしている母親と、その足元にはつまらなさそうにしている男の子が母親のスカートをぎゅっと力強く握っていた。

 色々な人が教会を訪れている。そして自分達は今から特別なことを教えてもらう。ドキドキワクワクする出来事に、双子は互いに顔を見合わせてにっこりと微笑んだ。相手も同じように感じているのだ。それが何より、嬉しくてたまらない。同じような気持ちでいられる自分達は、すでに特別なのかもしれない。そんな風にさえ思っていた。


 やがてピアノが置いてある場所を通り過ぎて、奥の扉を開けて廊下を歩いて行くボナペティ一家。

 木造の教会の床は、歩くごとに軋む音がして、それもまた楽しかった。一際大きな音を立てる床を見つけたら、一度戻って、また踏んで音を鳴らす。クスクスと笑っていると、母親からお叱りを受けてしまった。「ごめんなさい」と二人の声が重なる。それもまた笑いを誘った。何をしても、おかしくてたまらなくなっている。

 きっと滅多にない家族全員でのお出かけということで、いつもよりテンションが上がっているせいかもしれなかった。カーラとマーヤはお互いに顔を合わせて、口元に人差し指を当てて「しぃっ!」という仕草をする。にっこり笑うが、今度は声を出したりしない。

 廊下の一番奥の突き当たりにあるドアをシスターがノックして、「ボナペティ様がお見えです」とドア越しに伝える。すると中から「入りなさい」という男性の声が聞こえて、ドアが開かれた。

 先頭を歩いていたシスター、両親、双子という順に部屋に入る。ドアの前に立った途端に強い香の匂いが鼻をついた。子供には少し刺激が強すぎたようだ。

 ラベンダーの香りで満たされた部屋には、多くの本が収納されている本棚が壁一面にぎっしりと並べられていて、書斎机の上には書類の山がたくさん積み重なっている。

 部屋の中は薄暗く、外は快晴でとても明るいはずなのに、唯一ある窓には薄い生地のカーテンがしっかりと閉められていた。部屋に光を与えているのは、オレンジ色の灯りが放たれているランプだけだ。

 双子が落ち着かない様子で両親の足元にしがみつくと、両親もこの部屋の暗さが気になっている様子。それを察した司祭は、書斎机の椅子から立ち上がり、柔和な笑みを浮かべて説明する。


「暗くて驚かれましたか。すみませんね、私は少々目が悪くて。強い光を見ると痛むんです。なので私の書斎だけは、こうしていつも薄暗くなっているんですよ。落ち着かないのでしたら、礼拝堂の方へ移動しましょうか」


 杖をついてゆったりと歩く司祭に、足も少し悪いのかもしれないと瞬時に気付いた両親は、手と首を左右に振って遠慮した。


「いえ、これは失礼しました。お気遣いありがとうございます。我々はここで構いません。調査の方をしっかりしていただけるなら、場所なんて……」

「これはこれは、お気遣い痛み入ります。それでは、早速お嬢さん方のギフテッドを調査いたしましょう」

「よろしくお願いしますわ」


 そう言われて、まず背中を押されたのは姉のカーラだった。

 部屋中に漂うキツイ匂い、薄暗い部屋、息が詰まるような本の数に、気分が悪くなってしまいそうだった。司祭は優しい微笑みを浮かべ、カーラと目線を合わせるために膝をついて、手を差し伸べる。司祭が着る衣装と、笑顔、そして物腰柔らかそうな声に少し安心したのか。カーラは恐る恐る、差し伸べられた手を取ってお辞儀をした。


「まだ三歳なのに、ちゃんと挨拶が出来るんだね。お嬢ちゃん、お名前は何ていうのかな?」

「カーラよ。カーラ・ボナペテー」

「痛いことはしないから安心しなさい。水晶玉という、この不思議なボールを覗いてごらん。このボールは魔法のボールでね、その人がどんなギフテッドを持っているのか教えてくれるんだよ」

「ふぅん」


 見る角度によって色んな色に変化する、この虹色の球を見ているとカーラには自分の顔が反射して写っているようにしか見えないが、司祭の目には水晶玉の中央に何かが浮かび上がっているのが見えていた。

 それをじっと真剣な顔で眺める司祭。見逃さないように、その浮かび上がっているもやを見続けた。そしてそれは約三分ほどで終わる。

 ただ水晶玉を眺めているだけだと思えば、ものすごく長い時間に感じられた。


「ふむ、なるほど。わかりました」


 カーラの頭をひと撫でしてから立ち上がる。両親は前のめりになって答えを待った。


「この娘のギフテッドは、『食材の目利き』ですな。とても素晴らしいギフテッドですよ」

「食材の……」

「目利き……」


 両親の笑顔は固まっていた。笑顔が張り付いたまま、時が止まってしまったかのようだ。しかしそんな両親の状態に気付いていないカーラは、満面の笑みで二人の元へと駆け寄る。


「ねぇ! それってどんなの? とってもすごいの? ねぇってば!」


 意味を教えてもらうために、せがむように両親の前で何度もジャンプをするカーラに、両親は気を取り直して娘を抱きしめた。しかしその笑顔はまだどこか引きつっているようにも見える。

 そばにいたマーヤは、両親の笑顔がいつもの心から笑っている笑顔とはどこかが違うと、そう感じ取っていた。何がダメなんだろう、と思うようにカーラと両親を見つめる。


「よかったわね、カーラ! とても素晴らしいギフテッドだって!」

「食材の目利き、か。そういえばキッチンで、よく新鮮な野菜と痛んでいる野菜を見分けていたな。才能の兆候は、すでに現れていたというわけか。カーラ、お前にはどんな風に見えていたんだい」

「だから何回も言ったでしょ! 美味しい食べ物はキラキラ光って見えるの! あんまり美味しくなさそうな食べ物は、なんだかくら〜い感じに見えるのよ。信じてなかったの?」

「そういうわけじゃないさ。どうしてわかるのかなって思っていただけだよ」


 楽しそうに笑いながら会話をしている両親とカーラに、司祭は一人ぽつんと佇んでいたマーヤの方を見る。

 ドア付近で待機していたシスターが前に出て来て、優しくマーヤの背中にそっと触れた。次は自分の番だ、と促されてマーヤはお辞儀をする。


「さて、次はお嬢ちゃんの番だ。君のお名前は何ていうのかな?」

「……マーヤ・ボナペチー」

「さぁ、カーラと同じようにこの魔法のボールを覗いてごらん。そしたら今度はマーヤのギフテッドがわかるよ」


 グレーの瞳が、じっと水晶玉を見入る。表情ひとつ変えることなく、カーラの時とは正反対でマーヤは少し緊張しているのか。ずっと無表情のまま、言われるがままに水晶玉を覗き込む。

 すると司祭は、先ほどのカーラの時とは全く違う反応を見せた。カーラの時は三分ほどかかっていた調査が、今度はものの数秒で顔色に変化が現れる。

 その様子にシスターは怪訝に思い、マーヤの後ろに付き添っていたのをやめてすぐさま司祭の方へと駆け寄った。落としそうになった水晶玉をシスターが代わりに受け取り、書斎机の上にある水晶玉用の敷物の上に戻す。


「司祭様? どうかしましたか」


 カーラを宥めている間にマーヤの調査が始まっていたことに気付いた両親が、様子のおかしい司祭を見て不安そうにする。まさかマーヤには良くないギフテッドが授けられていたのだろうかと、司祭の次なる言葉を待った。

 よろけそうになった司祭を支えて、書斎机の椅子に座らせ、落ち着かせる。

 窓の側にある棚の上には、ガラスピッチャーとコップが置いてある。コップに水を入れて、それを司祭に飲ませて一息つかせた。ようやく司祭は、マーヤのギフテッドを口にする。


「驚いた……。この娘のギフテッドは、料理界最高峰のギフテッド『究極シェフ』だ。このギフテッドは現在わかっているだけで、世界に三人しか持っていない」

「き……究極シェフだって!?」

「まさか、マーヤが? 究極シェフといったら、神レベルのギフテッドだって聞くけど。え、嘘でしょう!?」


 両親の目の色が変わった。目を見開き、驚きのあまり開いた口が塞がらない。それからじっと我が子を見つめる。何をそんなに驚いているのかわかっていないマーヤは、この部屋にいる大人達の目が怖かった。

 全員が自分のことを、変な動物を見るような目で見ている。だけどこの中で一番怖いと思った眼差しは、カーラの瞳だった。

 悲しみ、悔しさ、怒り……。

そんな色んな感情がないまぜになった片割れの顔は、どんなに年月が経過しても決して忘れられないものになっていた。

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