15 『双子の姉カーラとの再会』
まだ足腰の筋肉が未発達なマーヤは、ゆっくりと杖をつきながら部屋を出る。
トレーニングをしてくれる先生は裏庭で待っているので、そこまで自分の足で向かわなければいけない。
マーヤの部屋は2階にあるので、片手は杖を持ちつつもう片方の手で手すりをしっかりと掴みながら一段一段、まるで2歳の幼児のように階段を踏み締め下りて行った。1階と2階のちょうど境目にある踊り場まで辿り着いたところで、マーヤは初めて気がついた。
ちょうど1階から2階へ上がろうとしていたカーラが、両目を見開き固まっている。
パァッとマーヤの表情が明るくなった。嬉しさの余り、マーヤはそのまま抱きつこうと駆け寄った、が。
「やめてよ、触らないで!」
「え……っ?」
突然のカーラの拒絶にマーヤは戸惑う。
まるで大嫌いな虫を見て逃げ出すように、身を翻してまで距離を取ったカーラの行動にマーヤは何が起きているのか理解が追いつかなかった。
「カーラ? 私よ、マーヤよ。えっと、お父さんやお母さんから聞いてない? 私、食べ物が食べられるようになって元気になったのよ。ほら、今では自分の足で歩ける位に」
「だからなんだっていうのよ!」
金切り声を上げてカーラが言葉を遮る。マーヤはわけがわからなくなってしまって、目の前にいる人物が本当に自分の双子の姉なのかどうかさえわからなくなってしまった。
「カーラ……」
「気安く名前を呼ばないで!」
それからカーラが逃げるように階段を駆け上がろうとしたので、マーヤは何か誤解させてしまってるんだと思って引き留めようと腕を伸ばした。話せばきっと大丈夫、そう信じていたから。
しかし触れようとしたマーヤの手を跳ね除けるように叩くと、カーラは触れた手を汚らわしそうにしながら睨みつける。その目がマーヤは恐ろしかった。目覚めてからこれまで、そのような扱いを受けて来なかったから大いに戸惑う。
「さぞ気分がいいでしょうね。みんなが自分のことを心配してくれて、チヤホヤされて、自分はボナペティ家で一番大切な存在なんだって実感したでしょう?」
吐き捨てるように言うカーラ。
そんなこと、マーヤはただの一度も思ったことなんてない。むしろこれまで多くの人達に迷惑をかけて、心配させて、目覚めてからも誰かの助けが無ければ生きることすら出来ない自分がもどかしかったのに、とマーヤは思っていた。
「あんたは昔っからそう! 人畜無害な顔して、笑顔を振りまけば誰もが可愛いって言ってくれるって思ってるんだわ。私はあんたのそういうところがずっと気持ち悪かったのよ! 何もわかってないふりをして、人に擦り寄る才能だけはご立派なくせに、究極シェフのギフテッドまで……授かってっ!」
どうしてカーラがこんなに怒っているのかわからない。
なぜ心当たりのないことを、こんな風に言われているのかわからない。
自覚どころか、そんな態度を取ったことなんてない。言い返したくても、カーラの怒り狂った表情と怒声を前にマーヤは声ひとつ身動きひとつ出来ずにいた。
「あんたばかりが恵まれていいわよね! あんたの存在の陰で私がどんな思いで生きてきたかなんて、知らないでしょう!? 知ろうともしなかったんだもの! あんたなんか摂食障害の呪いでそのまま死んじゃえばよかっ……」
そこまで言ってカーラは口元を片手で押さえ、言葉を遮った。顔色は真っ青で、眉根を寄せて放った言葉を後悔している様子だった。しかし言い切った言葉までは全て、しっかりと目の前にいる本人……マーヤが聞き取っている。
マーヤもショックが隠せず、唇の色まで真っ青になって全身が小刻みに震えるほどだった。その瞳を潤ませ、今にも溢れそうになっている。それを見てカーラはサッと視線を外し、口元を引き結んだ。手すりを握る手に力が入る。
「カー……ラ、私……は……」
「……別に謝らないわよ、私は」
そう言って背中を向けるカーラに、今度は手を伸ばすことすら躊躇った。
なんて声をかけたらいいのかわからない以上に、マーヤにとっては想像もしないほどカーラに嫌われていたことが衝撃的で辛かった。背筋をピンと伸ばし、階段を上っていくカーラの後ろ姿は優雅で美しい。
そんな双子の姉の後ろ姿を目で追っていると、2階の奥から「あっ」という声が聞こえた。
カーラに駆け寄るように近付いてきた声の主は、マーヤと同じ青い髪の少年だった。マーヤはホッとするように、先ほどのショックを引きずりながらも久しぶりに見る弟ニアへ優しく笑いかけた。
目が合った途端、ニアは表情を歪める。カーラの時とはまた違う、怯えるような形相だった。
急ぎカーラの手を取ると、早く行こうと言わんばかりに引っ張るニアの姿にマーヤは混乱する。
逃げるように去って行った二人の姿を見て、マーヤは全身の力が抜けてその場でへたり込んでしまった。
早く会いたいと思っていた愛する姉と弟。
やっと会えたと思ってた。
再会した時には、きっと両親や使用人達のように泣いて喜んでくれる。そう思っていたマーヤ。
ふと、先ほどのカーラの言葉が蘇った。
『みんなが自分のことを心配してくれて、チヤホヤされて、自分はボナペティ家で一番大切な存在なんだって実感したでしょう?』
違う、とは言えなかった。
確かに心の中で、それに近しいことは考えていたのかもしれない。
自分が目覚めれば、食事を取れるようになれば、元気になれば、みんなが喜んでくれると思って疑わなかったから。
それはつまりカーラのいう「自分は大切な存在」だと、そう思っているから出てくる感情なのではないかと。
「でも私は、私が一番の存在だなんて……思ってないよ……」
悲しさが溢れてきた。
少なくとも、カーラとニアは自分の回復を喜んではいない。
「笑顔でいれば、みんなが喜んでくれると思ってたから……」
嗚咽で言葉が出て来なくなった。
両手で顔を覆い、咽び泣く。
元気になれば、みんなが喜ぶと思ってた。
また昔のように家族みんなで、楽しく料理が出来ると信じていた。
その為にたくさん食事を摂って、早く健康にならなければいけないと頑張って来た。
「死んでれば……、よかったの……っ?」
誰かに助けて欲しかった。
今はどんなに惨めでみっともなくても、諏訪部に会ってすがりたかった。
しかしそれは、他人に擦り寄る才能だと言われた。
違う、そんな風に考えたことも思ったこともない。
そう否定しても、誰かに慰めて欲しいのは本当だ。
慰めてもらって、励ましてもらって、そうすればまた自分は頑張れるから。
それすら「他人に擦り寄る才能」だと言うのなら、この気持ちはどこにやればいいのだろう。
マーヤはわからなくなった。
自分は本当に何の悪気もなしに、自分が気付かないところでずっとカーラを傷付けて、自分だけ笑っていたのだろうか?
思えば、そう。カーラの笑顔がぎこちなくなって、なんとなくいつもと違うと思った瞬間は確かにあった。
次第に一緒にいることも少なくなり、会話も減って、どことなく距離を感じるようになったきっかけがーー。
あれは、家族に連れられて姉妹のギフテッドを調べてもらった日のことだ。
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