第16話:帰ってこなくていいよ。

それから一週間後、及川さんから連絡があって、マリアが目覚めたって

知らせがあった。


俺は取るものも取り敢えず、マリアを迎えに研究所に向かった。

研究所に着くと、目を覚ましたマリアが椅子にかけて及川さんと、しゃべっていた、


「マリア・・・」


「シュー・・・ちゃん?」


「元にもどったのか?、マリア・・・」

「俺が分かるのか?」


「分かるよ・・・でもまだ完全には治ってないですけど・・・」


「目覚めたには目覚めたようですが、やはりまだ元どおりと言うわけでは

なさそうです」


及川さんは今のマリアの状況を俺に説明した。


「脳の一部を損傷していることもなって、まだ修復段階にあるようです」

「完璧に修復が完了するまでにはまだ日にちがかかりそうですね」

「感情部分もまだ不完全のようです・・・」


「そうなんですか・・・もう以前のマリアじゃないんですね」


「いえいえ、そうとばかりは言えません」

「以前のマリアさんを取り戻す可能性は充分あると思いますよ」

「今のところ、一般のガイノイドと変わらない状態ってところでしょうか」

「ですから連れて帰られても生活には支障はないと思いますよ」


ってことで俺は及川さんにお礼を言ってマリアをマンションへ連れて帰った。


連れて帰ったマリアは、以前の彼女とはどこか違っていた。

俺に対する態度も、よそよそしいし・・・以前ならすぐにセックスしたがった

のに、誘っても来ない。

俺からしたいって言っても、まだ完全じゃないからダメだって拒否するし・・・。


感情を上手く表現できないのか・・・実に事務的な態度だった。

これじゃ及川さんが言ってたとおり普通のガイノイドと変わんないじゃん。


みんながレンタルしてるガイノイドってこんなに、つまらないのかと俺は思った。

まあ、それが分かっていてガイノイドと付き合うなら、問題はないんだと

思うけど・・・。


でも俺の場合は、以前のマリアを知ってる・・・。

愛情に溢れて、ドジで、ちゃめっけたっぷりの彼女を知ってる。


それでも俺はマリアとうまくやっていこうと努力した。

マリアは普通の状態じゃない。

幼児を相手にするように気長に付き合っていかなきゃいけないって思った。


「マリア・・・調子どう?」


「そうですね・・・まだ完璧とはいいがたいでしょうか・・・」


「そうなんだ・・・でさ・・・俺のことどう思ってる?」


「どうって・・・私のご主人様でしょ」


「ご主人様?・・・・俺はマリアの恋人、彼氏じゃないのか?」


「恋人?、彼氏?・・・ですか・・・・?」


「人間とガイノイドの間でそういう概念は存在しないと思いますけど・・・」


「そうなんだ・・・悲しいよな・・・マリアのクチからそんなこと聞くなんて

思わなかった・・・ 」


「すいません・・・上手く表現できなくて・・・」


「いいんだ・・・気にしなくて・・・」

「君は以前のマリアには、もうもどらないのかな?」


「以前って言われても・・・そんなことよく分かりません・・・」


「なんで?、なんで分かんないんだよ・・・少しくらい覚えてるだろ?」

「あんなに愛し合って求めあって、君は俺にとってなくちゃならない存在

だったんだぞ・・・」


「すいません・・・無駄話はやめませんか?」

「私、もう行ってもいいですか?」

「お食事の支度をしませんと・・・」


「無駄話って・・・いいよ・・・行けよ・・・って言うか・・・どこへでも

好きなところへ行っちゃえばいいんだ」


「それは?・・・つまり?」

「私に、ここを出て行けと言うことですか?」


「そうだよ・・・もう帰ってこなくていいよ」


「私は、もう必要じゃないんですか?」


「今の君は、もうマリアじゃない・・・ただのガイノイドだ」

「そんなの俺にはもう必要ない・・・」


ずっと我慢してた。

マリアの態度が冷たくても・・・俺は怒ったりキレたりしちゃいけないって・・・

我慢してたんだ。

でも俺はとうとう自分の感情をマリアにぶつけてしまった。


「それでもマリアは逆らったり怒ったりしなかった」


以前のマリアなら


「シューちゃん、私がいなくなったら困るくせに・・・泣いちゃうでしょ?」


って言っただろう。


そして次の朝、キッチンテーブルの上の一枚のメモに


「お世話になりました・・・お元気でシューちゃん、さよなら」


そう置き手紙があった。


「マリア・・・」


俺は心の狭い自分が情けなくて、許せなくてその場に崩れ落ちた。

溢れ出る涙が止まらなかった。


出て行けなんて、なんてこと言っちゃったんだ・・・バカだ俺・・・。

マリアは彼女は言わば、障害を抱えた病人なんだぞ・・・。

いたわってやらなくちゃいけないのに、それを出て行けだなんて・・・。


俺は非人情な自分が悲しくて辛くて胸がかきむしられる思いだった。


しかしこの間もマリアは自分の脳を必死で修復していた。

それは、ほとんど無意識なことではあったが、もう一度、修平との愛を・・・

そして楽しかった生活を取り戻したいと言う一心でのことだったのだろう。


けなげなガイノイドは完璧な自分に戻るまで、あと少しだった。


つづく。

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