第19話 弱き神業
【阿蘇鶏】とにらみ合う響は、唐突に地面を蹴って突進する。
「オオオオオオオオ!!!!」
響の放った横薙ぎと、【阿蘇鶏】の飛び蹴りが空中で激突し、空気を震わす。パワーは互角、ならばと響が腕を引くと、同時に【阿蘇鶏】は【月光】の刃を足で蹴り飛ばし、響から距離を取る。そしてその瞬間、地面が爆ぜた。一瞬のうちに肉薄した【阿蘇鶏】の右足が響の腹を打ち、【黒鉄武者】の装甲では衝撃を殺し切れなかった響が、床を滑るように後退りする。
「ケェ!!」
「くっ!!」
【阿蘇鶏】が更なる追撃に入り、両足を振るう。足裏を突き出す蹴りを、両手では数え切れない程の数繰り出した。まるで勢いよく流れ落ちる滝のような轟音と共に放たれたその蹴りが響を襲う。周囲の地面に当たれば地面が砕け飛ぶような蹴りに、響は必死の連撃で対処する。
「!!!!!!」
言葉を発さず、しかし全身から力を振り絞って放たれた連撃をすり抜けて、その蹴りが次々と響の体に命中する。鎧の一部が欠け、黒いカケラが辺りに飛び散るその様は、まさに黒い桜吹雪であった。しかし、防戦の中でも、響の攻撃は僅かに当たる。【阿蘇鶏】の羽毛が舞い、小さくとも確かに作られた切り傷からは、鮮血が飛び散り血の匂いを辺りに漂わせる。
「ケェェ!」
「……くっ!!」
しかし、押し勝ったのは僅かに【阿蘇鶏】。響は大きく後退し、装甲の下で表情を苦々しいものに変えると【月光】を構え直す。
「ケェェェェ……ッ!」
響を睨みつけるその姿に、一切の驕りはない。優勢であっても調子に乗ってくれない敵、というのは中々にやり辛いものである。とはいえ、美味しい焼肉の為には勝たなければならない。勝利のため、焼肉のために必要なのは、まず自身が打ち合いにおいて優位に立つこと。
「…………だったら、これはどうだ!!」
響はそう叫ぶと、【月光】を振り上げた。敵の足が届かないであろう間合いの外から、連続で斬撃を飛ばす。乱れ撃ちと形容できるほどの斬撃の嵐が、【阿蘇鶏】の命を周囲の地面ごと刈り取らんと迫る。それに対して【阿蘇鶏】が退こうものなら、すぐさま距離を詰めて斬る。つまり、斬撃の嵐を囮に利用した作戦であった。
(……さすがに、退くだろ)
響は、かすり傷を負いながらも斬撃を躱し、足で弾く【阿蘇鶏】の様子に驚きつつも、後の行動を予測した。現状でむやみに突撃すれば、響の斬撃の餌食になる可能性の方が高く、あまりにリスクが大きいのである。つまり、取れる手段は撤退一択だ。このまま戦闘を続けても、消耗が激しいのは【阿蘇鶏】側、響もとんでもない量の魔力消費があるとはいえ、アイテムによって回復可能な範囲であることから長期戦において響の有利は動かない。
「ケェ……」
【阿蘇鶏】の嘴から、苦しげな鳴き声が漏れた。凄まじい健脚で攻撃を躱し続けても、生物である以上は限界があるからだ。
「これで……!」
響は全身に魔力を充填させ、斬撃に更なる力を込める。
「ケェェェェェ!!!!」
「何……!?」
響は、その光景に思わず驚愕の声を漏らした。【阿蘇鶏】は、真っ直ぐに突っ込んできたのである。全ての魔力を足に充填し、爆発させることによって実現させた、Aランク冒険者による攻撃の雨を掻い潜るほどの爆発的な速度で突っ込んだ【阿蘇鶏】は、空中で足を構える。
「ケェェェェェェェェ!!!!」
その体勢は、その強烈な蹴りは、まるで仮面を被ったヒーローのようであった。全身全霊を込めたその蹴りが響の胸に当たり、纏った鎧を蹴り砕く。【黒鉄武者】の胸部にヒビが入り、破片が飛び散る。
「がぁッッッッ……!!」
響は苦悶の声を漏らし吹き飛んだ。地面を激しく転がり、草原の植物を巻き上げる。
「コケッ……コケッ……コケッ……!」
地面に手をつき、膝を体を起こした響が見たのは、全身を血に濡らして息を切らせ、それでも立つ【阿蘇鶏】の姿であった。既に満身創痍でも、その鋭い視線は響の動きを油断なく見ている。
(成程なぁ……)
響は、鎧の内で笑みを浮かべる。一切の慢心もしないその視線と裏腹に、満身創痍でも決して戦意を衰えさせずに立ち続けるその誇り高き姿勢。
(もしもこれがモンスターでなく人間であるなら……いや、そんなIFなど考えるだけ無駄だな。せめて、この誇り高く強き命を頂くのは、僕でありたいッ……!)
響はそう思いながら、ゆっくりと立ち上がる。残る魔力はあと少し、それが過ぎれば【黒鉄武者】は解除される。
(制限時間が来る前に……!いや、そうだな)
勝負を急ごうか、と思案した響の脳裏に、とある策が浮かび上がる。それは、相手が【阿蘇鶏】だからこそ刺さる必殺の一撃、その放ち方だった。
「さぁ、この一刀で勝負をかける……行くぞ!!!!」
響はそう叫ぶと、地面を激しく蹴り走り出した。全身に残る魔力を回し、強化を施す。
「コケェェェェェ!!!!」
響の疾走を見た【阿蘇鶏】もまた、全身を強化して走り出す。
「オオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「コケェェェェェェェェェェェェェ!!」
両者は一瞬の内に接近し、それぞれが【月光】と足を振るう。
だがその瞬間、【阿蘇鶏】は動揺に目をギョロリと動かした。正確なタイミングで振り抜かれ、【月光】を砕く筈だったその足は空を切り、討伐目標である響はそれよりも手前で、【黒鉄武者】を解除した生身の状態で刀を構えていた。そう、響が選択したのは【黒鉄武者】の解除だ。【黒鉄武者】は膨大な魔力消費と引き換えに膨大な量の強化を付与する装備だ。もしも、それを一瞬の間に解除すればどうなるかといえば、今の状況が良い例だ。つまり、響が急激に弱体化して攻撃の速度と威力が落ちる。【黒鉄武者】の速度と火力に対応した【阿蘇鶏】は強かった。だがしかし、最初から【黒鉄武者】と戦っていたが為に、生身の響という存在と戦っていなかったのである。だからこそ、その一瞬で空振った。響の速度が急激に低下したことで、【黒鉄武者】に対応できる速度で放たれた蹴りを命中させるには、響の攻撃は遅すぎたのである。
「お前は強かった……!でも、僕にも負けられないから!!今ここで、お前を倒す!!」
響は、【阿蘇鶏】にとっては遅いとも言える速度で、【月光】を振り抜いた。腕に【黒鉄武者】の鎧を再度展開することで強化を付与した響の刀が、【阿蘇鶏】の体を容赦なく斬り捨てた。
「ケ……」
【阿蘇鶏】は斬られた体に視線を送り、次いで響に視線を向ける。その瞳に、恨みや憎しみはない。まるで悟りを得たような、覚悟を決めたような、そんな目をして静かに灰へと変わっていった。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
響は膝を付き、張り詰めていた息を整える。個人で戦ったモンスターとしては、恐らくは最強のモンスターであっただろうと思い、響は冷や汗をかく。
(か、勝った……!)
響は息を切らせながらも、喜びに笑みを浮かべる。
「ブゥ」
「ん?」
そんな所に、声が聞こえた。戦いに集中していて気にすることのできなかった探知を起動すると、目的のモンスターの1匹がそこにいる。顔を上げてそれを見れば、確かにレインボーという馬鹿みたいに目立つ色で全身を彩った豚型モンスターがそこに居る。【レインボーピッグ】だ。
「ブゥ?」
「あ」
◇
キャンプ場のテントに戻ってきた響がまずすることは、【黒鉄武者】の点検だ。戦闘によって苦戦すれば、場合によっては破損する場合もあるからであり、今回の戦いで一部が破壊されたからである。
「うぅん……手痛くやられたなぁ」
響は、胸の辺りに大きなヒビが入った【黒鉄武者】に苦笑いを浮かべ、ため息を吐く。この装備は、特別な素材を特別な職人が加工して作り上げた一級品。パワードスーツ系装備は数あれど、【黒鉄武者】ほどの耐久力と戦闘力を誇る装備は、世界を探しても他にない。だからこそ、修理や改造となれば費用はハンパではなく、特殊素材の加工などで人件費がかさみ、億は確実に飛ぶのである。確かに響は仕事や身分上では金に困っていないが、その出費は流石に痛い。
「……仕方ないかぁ」
とはいえ、装備に不備があっては、下層のような場所では幾ら世界基準で上澄みに含まれる響であれども死にかねない。というか、普通に死ぬ。だからこそ、ここはもったいないと感じても我慢して出資するしかないのである。
「ご飯、作ろ」
響は【黒鉄武者】を仕舞うと、のそりと立ち上がる。今日の晩御飯は焼肉、【クロスバイソン】に【阿蘇鶏】、【レインボーピッグ】の3種の肉と、外から持ち込んだ野菜。そして、米。メニューの字面を見れば単純だが、響が苦労を重ねた末に手にした、超高級品ばかりで構成された超豪華メニューである。
まず最初に用意するのは、当然網だ。不在の間に火事が起こらないよう消しておいた焚き火に火をつけ、息を吹きかけ火の勢いを強める。そして火が安定した大きさになると、トングを使って網を乗せる。これで、焼肉の場は準備万端だ。
響が取り出したのは、米だ。いつも通りの日本の最高級米、【ホシヒカリ】を水で簡単に洗えば、手慣れた動作で飯盒に入れて火にかける。
「続いて」
そう呟いて次に取り出したのは、野菜だ。これは、通常のスーパーで手に入れた野菜を使用する。種類はピーマンに玉ねぎ、トウモロコシといった代物だ。まず野菜達を洗う。そして玉ねぎの皮を剥き、スムーズかつ大まかに切ってゆく。響ほど体が人間離れして強くなれば、玉ねぎで涙を流すこともないのだ。料理する人間的には、結構助かるものである。そしてピーマンは半分に切ると、タネを取る。トウモロコシは皮を剥いて、ここでワンポイント。
「さあ、行ってこい……」
そう呟いて、響はトウモロコシの表面に醤油を塗る。道具はただのハケ、使うのは普通の醤油。だがしかし、醤油の塗りたくられたトウモロコシは、それだけで誘惑の魔力を放つ。それを逸る気持ちを押さえつつトングで掴むとゴロリ、と網の上に転がす。パチパチ、と音を立てて燃える焚き火の炎が網を舐め、トウモロコシを温める。
そして焦げすぎないように注意しながら焼けば、焦げ目のついた鮮やかな色と焦げた醤油の香ばしい匂いが視覚と香りの暴力となって、響に襲いかかった。
ーーーー
今作は、九州を回って完結します
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