第18話 妥協なき食材調達戦線
下層に降り立つと、そこはもう空気が違っていた。マリンワールドや地獄釜と比較すればまだ弱い、と言ったところだが、それでも充満する強者の気配は、油断しないものであっても殺すという意志を感じさせる。
(……今回のターゲットは)
響は周囲を探し回る。今回狙うモンスターは、複数いる。牛、豚、鶏の3種の肉を集め、それも3種とも下層で集めて最高の焼き肉にしようという食欲に支配された狂気の企画だ。まともな冒険者なら、そもそも1体を倒すだけでも犠牲者が出かねないため絶対にやらない、強者だけが出来る事である。とはいえ、このダンジョンに生息する個体は他の地域に生息する同種と比べたら弱いのであるが。因みに、野菜は普通にスーパーで売ってるようなものだ。ダンジョンで農業をやっている人間は知っているが外国の、それも遠いアフリカでSランクをやっている冒険者であり、未だに本格的にやれる人間が国内に居ないのである。
さて、まず最初に狙うのは、【クロスバイソン】だ。体の表面に硬い鎧を纏う大型牛モンスター。その姿はもはや上層や中層の牛型とは大きく異なり、その為日本にも生息する牛型モンスターでありながらバイソンの呼称で呼ばれる。その鎧は素材として重宝され、鎧の下にある肉は相当な高級品なのである。
「……ま、分かりやすいよな」
そう呟く響の眼前には、黒く巨大なモンスターの影。まるで中世ヨーロッパの騎士鎧のような装甲を見に纏い、まるで山のように聳え立っていた。
「グモォォォォォォォォォォ!!!!!!」
【クロスバイソン】は、自身よりも遥かに小さな生命体から発せられる殺気に警戒心を露わにする。
「悪いが、死んでもらう」
それだけを宣言し、響は【月光】を抜刀し、駆けだした。
【クロスバイソン】の特徴として全身を覆う固い鎧があるが、それを真っ向から破壊できるのは余程火力に特化したAランクかSランクくらいのもの。響が【黒鉄武者】を起動し全力の攻撃を一点集中で放ち続ければ破壊できないこともないが、それは【月光】への大きなダメージとなる。だからといって、手が無いなんてことはない。【クロスバイソン】の装甲は硬いが、所々に隙間があるのだ。そして、装甲が硬いからこそその中身は脆弱だ。つまり、鎧の隙間を狙った攻撃による短期決戦こそが響の戦術だ。
「【黒鉄武者】、起動」
だからこそ、切り札の使い時である。響の全身を漆黒の武者鎧が纏い、響の能力に一時的な超強化が施される。そのまま脇に避ければ、響のいた場所を高熱のレーザービームが穿った。避けた響を追撃の突進が襲うが、転がってそれを躱し【月光】を一閃、左足首に一撃を当てる。しかし、わずかに標準がズレたのか、装甲に当たって弾かれる。
「だぁぁぁ!!」
続いては、横薙ぎの一閃。その一撃によって放たれた飛ぶ魔力の斬撃が右膝にある鎧の隙間を切り裂き、【クロスバイソン】は表情を苦痛と憤怒にゆがめる。
「グモオオオオ!!!!」
【クロスバイソン】が吠え、地面に前足を叩きつける。それだけで起こる地割れをよけ、響は地を蹴り飛び掛かる。左腕をまるで弓を引くように引き絞り、【月光】は水平に。いつだったか、響は父親から勧められてその漫画を読んだ。その漫画に登場した、己の生き様を貫く強い男の扱っていた技。それを冒険者として培った戦闘力によって模倣した技こそが、響の左片手平刺突。
「おおおっ!!!!」
全身にスキルで強化を施し、純粋な力を高める。そして、【クロスバイソン】の膝めがけて思いっきり突き出した。
「グモオオオオオ!?」
【クロスバイソン】の片膝が破壊され、その巨体が、一気に傾いた。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
響は着地する瞬間には跳躍、すぐに倒れかける【クロスバイソン】の顔面まで到達する。顔面に着地すると走り出す。向かう先にあるのは、右目だ。目と目があえば、【クロスバイソン】の緑色の瞳は、響を恨みがましく見つめている。
「好きに恨め」
響に言えることなど、その程度しかなかった。冒険者というのは、相手を殺す覚悟も殺される覚悟もあってこそであり、なければ伸びる前に心が折れている。響もまた、覚悟はとうの昔に決めている。だからこそ、ためらうことなく【月光】を差し込んだ。鮮血が飛び散り、しかし魔力によって全身に薄く貼られたバリアによって防がれ響を汚すことはない。大きな衝撃を生みながら倒れた【クロスバイソン】は、そのまま塵になる。そして、その巨体が完全に消滅するとそこにあるのは、大量のアイテムである。
「肉……。おっ、ラッキー」
響は、【黒鉄武者】を解除するとドロップアイテムを物色しつつ拾ってゆき、その中でドロップアイテムの中にそれを確認した。牛タン。それはその名の通り、ウシの舌を表す部位だが、響はこれが好物であった。ダンジョンのモンスターはわざわざ剥ぎ取る必要もなく素材をくれるので負担が減るうえにグロい光景を見る時間が大幅に減るため大助かりなのだが、ドロップアイテムというものは基本ランダムなのがデメリットであった。今回の企画においては、最低でも牛タンだけはどうしても食べたかったため、出なかった場合は別の【クロスバイソン】が犠牲となっていたのであろうが、そんなことにならなかったのは不幸中の幸いであった。その他には、もも肉やランプ、それにカルビもドロップしている。実に焼肉が楽しみになるラインナップだ。
「手っ取り早くてありがたい。さて、次だ……」
響はすぐに気持ちを切り替え、次のターゲットを探す。次は、豚肉もしくは鶏肉だ。
豚肉、響は焼肉だと豚バラが好みなのだが、今回狙う豚型モンスターの豚バラも大層美味い。【レインボーピッグ】、これは世界中に生息するモンスターで、文字通り七色に光る豚だ。その奇抜な姿と異常に美味いその肉から【ゲーミングポーク】とも呼ばれる。ちなみに、【レインボーピッグ】の系列にはノーマル、ブロンズ、シルバー、ゴールドとあり、体色はノーマルがピンクでそれ以外は名前の通りであるが、後に記述した種類ほど出現率は低い。【レインボー】は最たるもので、その系列は戦闘力が低いため見つけられれば瞬殺だが、最も発見されている下層ですら確率は1パーセント程度だ。今回、響は大量の幸運上昇アイテムを持ち込むことで出現確率の実質的な底上げをし、さらには周囲への探知も全力でやり続けているが、ダンジョンに入って今の今まで全く反応がないのである。なので、【レインボーピッグ】を探しつつ、もし鶏肉が近ければばそちらから狙う、という方針を取る。
鶏肉として今回選ぶのは、【
「……レインボーが、いいよなぁ」
響は、そう呟いた。ゴールドなら偶に見つけているのだが、レインボーは一向に見つからない。とはいえ諦めたくはない。レインボーの味は是非とも堪能してみたかったのである。食材にはできる限り妥協はしない。それが、響の拘りであった。とはいえ、一向に見つからないのは仕方がない。
「鶏肉、獲りに行くか」
響は、丁度探知内にいた【阿蘇鶏】に狙いを定め、走り出した。
草原で呑気に歩いている阿蘇鶏を見つけると、響は【月光】を抜く。狙うは、一撃必殺。
「……!」
無言の気合と共に放たれた全力の一閃は、【阿蘇鶏】の体をすり抜けた。そして、【月光】に重みが加わる。
「残像か!?」
響が気づくも、その時には【阿蘇鶏】は響に飛び掛かっている。
「ケェェェェェ!!!!」
「がぁ!!」
【阿蘇鶏】の放つ飛び蹴りが響の鳩尾にめり込み、響は思わず声を漏らす。
「ケェ!!」
そして足を振りぬいた【阿蘇鶏】により、響は吹き飛ばされて草原を転がる。
「だぁ!!」
響は【黒鉄武者】を展開、一気に肉薄すると上段からの斬り下ろしを放つが【阿蘇鶏】は右足で受け流し、左足での回し蹴りを放つ。響はそれを右腕で防ぎ、【月光】をその首めがけて振るう。しかし、【阿蘇鶏】は頭を反らしてそれを躱し、胸毛の表面が斬られて宙に舞う。
「おおおおおお!」
「ケェェェェェ!」
響の右拳による正拳突きと【阿蘇鶏】の空中で回転しながら放った左回し蹴りがぶつかり、両者は吹き飛ばされて距離を取る。
「……おいおい、阿蘇は低難度だったはずだろ。どうあがいても難易度詐欺じゃねえか」
響は、【阿蘇鶏】の強さに冷や汗を流す。【阿蘇鶏】の強さは、技術だ。モンスターの多くは生まれながらに持った能力を野生の本能に従って使ってくるため、その行動はある程度パターン化することが出来、対策を練ることが出来る。だからこそ、【クロスバイソン】は短時間で片づけることが出来た。しかし、この【阿蘇鶏】の場合はどうだろうか。その足技は洗練され、本能に頼らぬ技術が窺がえる。ただの動物であればもう倒せていてもおかしくない筈の攻撃すらも避けてみせた。その姿を人間に例えるならば、まさに武道家。かつて響に【阿蘇鶏】を勧めた冒険者が食べたのは中層であり、苦戦したとは聞いていて警戒していたが、認識がまだまだ甘かった。
「油断せず……倒す!」
響は地面を蹴って加速、足元を這うように【月光】を一閃し、足払いを放つ。対する【阿蘇鶏】は【月光】を足場に飛び上がり、両足での連続蹴りを放ち響の顔面を狙う。一方の響は【月光】を素早く手放しのけぞることで攻撃を躱すと、両手を地面に付き逆立ちの体勢に入ると、その勢いで【阿蘇鶏】を蹴り飛ばす。しかし、蹴り飛ばされた【阿蘇鶏】は空中で回転して勢いを殺して着地、地面を蹴って一気に加速する。対する響も立ち上がり【月光】を持ち直すと、魔力を纏わせ突っ込んできた【阿蘇鶏】を迎え撃つ。
「オオオオオオオオ!!!!」
「ケェェェェェェェ!!!!」
響の横薙ぎと【阿蘇鶏】の飛び蹴りが激突し、激しい衝撃波をまき散らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます