第14話 ダンジョンで食べるには

 ダンジョン料理。それはダンジョン外の人間にとっては憧れの高級食材。冒険者にとっては偶にの楽しみ。そして、強者にとっては日々の食事。ダンジョン料理とは、魅惑の料理であると同時に人間の格差が明確に生まれる料理である。

 「という訳で、ダンジョンで食事する際の便利アイテムを紹介しようか 」

その言葉に、ひかりと明里の2人は目を輝かせる。どちらも、一度は響のダンジョン料理を共に味わったことがあるため(明里は当然ダンジョン外での話であるが)、ダンジョン料理のためのグッズと聞けば、心が踊るのも無理はなかった。


「まずはコレ、ライスクッカー 」

「ライス……つまり、お米を炊く道具ってことかな? 」

「そうだ 」

「この前ご馳走になった時は、炊飯器を使ってましたよね? 」

確信を持って尋ねる明里に対し肯定すると、ひかりは首を傾げた。庶民感覚を持つひかりに対し、馬鹿みたいに高い米を惜しげもなく炊飯器に突っ込ませたのは響であった。

「あの時は複数人いたしな……。雰囲気出るからいつもは普通にライスクッカーだよ。こんな感じの 」

響は、腰に付けたポーチから自身のライスクッカーを取り出す。ダンジョンに関しては素人な明里や、鑑定スキルを持たないひかりから見れば、それはただのライスクッカーだ。

「……それも、いい素材なんですか? 」

「そりゃあまぁ。ただ、一般向けだとこの" ワイルドシープ " ってブランドがお勧めだな 」

値札や本体に付けられた羊のマーク、これはアメリカに本社を置くダンジョンキャンプ用品の最大手ともいえる企業だ。

「た、沢山ありますね…… 」

「ダンジョンキャンプに関しては最大手だからな。最大手ってことはそうなるだけの信頼があるんだ。ダンジョン絡みは、死の危険と隣り合わせの業界だからこそ、安全性がより求められる。そんな中で大手に名前が挙がるくらい利用されてるブランドは比較的信用できる 」

「なるほどぉ……お兄ちゃんの道具で、見たことあったかも 」

「今のに変える前は僕も使ってた 」

明里と響が、懐かしいものを見る目で羊のマークを見る。響の使っていたライスクッカーの羊マークは、使い込まれたことによって落ちてしまっていた。

「それで、ファミリー用もあるんですね 」

「ん……?ああ、僕は基本がソロキャンだから買ったことないけどな 」

響が、なんでもないように言った。

「それで炊飯器だったんですね…… 」

ひかりが苦笑いを浮かべると、響は頰を掻いた。

「まぁね。電気はポーチ内の設備で供給できるし、量いるから…… 」

響的には、恥ずかしかったらしい。羊マークのついたファミリー用ライスクッカーの箱を1つ手に取ると、迷わずカゴに入れた。

「オーダーメイドじゃなくていいの? 」

「ひとまず使ってみる。んで、良ければいつも通りに素材持ち込んで作ってもらうよ 」

「やっぱりお金かかるから? 」

「ああ、流石に無駄に浪費するのも憚られる金額だしな 」

Aランクともなれば、数百万や数億は一回で貰えることもある額である。しかし、それを使って結果は無駄、というのは既に壊れた金銭感覚ですらも許容できなかった。初めて使う商品の時は、響も既製品を使うのだ。……この頃は殆ど新規の道具は扱っていないのであるが。

閑話休題

 ダンジョン料理に欠かせないもの、それは焚き火である。料理には火が必須、そのため焚き火を焚くことは重要であった。

「へぇ、それが焚き火台なんですね。実物は初めて見ました 」

形状や効果は、ダンジョン外でするような通常の焚き火台と全く変わらない。金具によって足が取り付けられ、地上から離れた位置で焚き火ができるシステムだ。因みに、着火に使う道具は、ダンジョン由来のものでなくても問題なく、通常のキャンプ用品でも可能である。

「これ使うんだ……。ダンジョンって石畳なイメージあるよ 」

明里がしみじみと言うと、響は明里が想像しているであろうゲームを思い出して笑った。

「それはゲームの話な。お前は相変わらずゲーム好きだな。僕も好きだけどさ……。ま、そういうタイプのダンジョンもない訳じゃないよ。都会のダンジョンとか、特別特徴がないとそんなオーソドックスになる 」

「あれっ……? でも、東京の渋谷ダンジョンなんかは………… 」

「あそこは都会だけど、まぁちょっと違うよな。東京23区分の概念が入ってるダンジョンだし。スーツ着たアンデッドモンスターが出てくるのはブラックジョークが過ぎると思うが 」

「社会の闇ィ………… 」

明里はげんなりとした表情を浮かべた。


「ところで、この焚き火台なんだけど、どんなダンジョンで使うの、これ? 」

「んー……日本だと福井とか、阿蘇とか、十勝とか。草原がある系のダンジョンは確実に無いと駄目だ。火事を起こしちまう 」

「確かに、火が燃え移ってしまいますもんね」

「ああ 」

響は、ダンジョンで偶に起きる小火騒ぎを思い出すと笑えなかった。日本におけるダンジョンキャンプの第一人者と国に認識されているせいで、色々と考えなくてはならないことが多かったのである。AランクやSランク全員にも言えることだが、普段は頭のネジが吹き飛んだヤバイ連中扱いする癖にいざという時ばかり頼ってくるのは響的にはどうかと思う。頭のネジが吹き飛んでいること自体は、否定しないが。

「大丈夫? お兄ちゃん、目が死んでるよ 」

「ん……ああ、そうだな。ダンジョンで小火騒ぎが多発したせいで国に対策考えろって詰められてイラついた記憶が蘇ってきてな 」

「わかんないけど、妙にストレス溜めてた時あったよね。なんかずっと愚痴言ってた記憶あるよ 」

「多分それだな。……マナーは守れって注意書きもしてるんだけどなぁ 」

響は、どんよりとした目でぼやく。キャンプ場を確保して開放しているのは、キャンパーの素行を信頼しての話だ。にも関わらずマナーを守らないキャンパーはいるので、困った話であった。

「でさ……。前行った、海の中道ダンジョンって焚き火はできるの? 海底都市なんでしょ? 」

明里の質問に、響はいい質問だ、と頷いた。

「海底ダンジョンは上層や中層なら割と行ける。空中を魚モンスターが歩いていて、ほんのり浮力を感じる程度で、水中みたいに空間が揺れて見えるだけで息は吸えるし火は付けれるぞ。湿度は高めだから、偶にできないところもあるし、できても結界を貼った後じゃないと、若干の火の着け辛さはあるがな。下層以降は空気が湿りすぎて焚き火ができない。……別のダンジョンの話だけど、深層で実験したことがあってな。その深層は完全に海中、魔法無しだと呼吸も出来ないし、火なんて起こせやしなかったな。そんな時は、これを使う 」

響が棚から持ち出したのは、IHコンロ、のようなものだ。

「電気で動かすの? 」

「いや、魔力。魔力を電池みたいなアイテムに流し込んで、それをコンロに嵌めて使うのがこのマジックコンロ。魔力消費はできるだけ抑えた方がいいから基本は焚き火なんだが、どうしても火が使えない場所ではこんな道具に頼らないといけなくなる。電気はいちいち持ってくるのも面倒だしな。僕みたいに、ポーチ内に電気巡らせてる奴なんてそうそう居ない筈だ 」

「いや、居たら怖いわ 」

明里は途端に真顔になる。


「……なにこれ 」

明里が手に取ったのは、透明なカバーに包まれた鉈にすら見える包丁だ。ギラギラと鈍い輝きを放つ極太包丁に、ひかりも驚いた表情を見せる。明里は、その包丁が重かったのかすぐに棚へ戻すと、顔を顰めて手を軽く振る。

「な、なんというか……。鉈を武器に使っている方は見たことがありますけど、こんな太い包丁あるんですね…… 」

ひかりが、恐る恐るそれを手に取る。待ってみると、見かけや明里の反応で想像したよりも軽かった。

「ひかりちゃん、重くないの……? 」

「へ……? このくらい軽いと思うけど 」

ひかりは、明里の少し引いた様子に疑問符を浮かべた。

「ああ……。明里はともかく、穂村は冒険者だからな、それなりに鍛えられてるのさ 」

響の言葉に、2人は盲点だったというような表情を浮かべる。

「そういえばそうでしたね…… 」

「こんなところで世界の違いが出るとは……」

2人はそう言って顔を見合わせる。

「こういう包丁はキャンパーなら必須だぞ。食材自体は倒せば落ちるが、落ちた食材が硬くて普通の包丁なんかでは切れないなんてことはある 」

「そんな硬いもの、何に使うのさ……。噛み切るのがいくら冒険者でも大変そう 」

「小さく切ってそのまま、なんてことはたまにある。噛めば噛むほど味が出る酒のツマミだ。でも、1番はやはり煮込み料理だな。柔らかくなるまで煮込むと美味い。シチューやカレーなんかいいぞ 」

響の脳内では、既に別のダンジョンキャンプでの煮込み料理を思い浮かべていた。響の顔が、少しだけ緩む。ひかりや明里も、それぞれが好きな煮物を思い浮かべて、つい唾を飲んだ。

「く……食べてみたいッ……! 」

そう言いつつ、明里はその腹を鳴らす。

「あはは…… 」

ほんのり気まずい空気が流れて、ひかりは目を逸らした。響は、ここらが頃合いかと思い、提案を出す。

「なぁ、せっかく久留米の方まで来たんだし、食っていかないか?……白濁スープ発祥の地で食べられる、本場の豚骨ラーメンを 」

 

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