第13話 ダンジョンキャンプに於けるテント事情
「うわぁ……凄い 」
ひかりが、あんぐりと口を開けて感嘆を露わにする。目の前には、ショッピングモールクラスの巨大な建物が。
「初めて来たけど凄いね…… 」
明里も興味津々の様子で辺りを見回す。だだっ広い駐車場には多くの車が止まり、歩行者の姿がいくつも見えた。
「ダンジョンは綺麗だからな。キャンパー志望の奴は腐るほどいるさ 」
「お兄ちゃん、言い方 」
「……ごめん 」
妹に小突かれる響に、ひかりはニコニコと笑みを浮かべる。
「ふふっ、早速行きましょ? わたし、楽しみで楽しみで…… 」
ウキウキと擬音語が付くようなテンションで、ひかりは言う。あまりに良い笑顔に2人は変装越しにも僅かに見惚れた。
((さすがは元アイドル……))
「んんっ……。さ、さぁ、行くぞぉ…… 」
そう言って先導する響の頬はほのかに紅潮している。
(畜生……岳さんのこと馬鹿にできねぇ………煩悩退散煩悩退散……)
そう思う響。
「待ってー! お兄ちゃん!!行くよ、ひかりちゃん! 」
「……へ? 」
明里は、動揺する響ににやにやと笑いながら、知っているけれど響からは予想外の反応に動揺するひかりの腕を引っ張り、響の後を追うように駆け出した。
◇
店内に入ると、ガヤガヤとした喧騒と共に所狭しと並べられた商品が目に映る。
「「うわぁ〜!! 」」
明里とひかりは目を輝かせ、辺りを見回す。あちらこちらに色とりどり、形様々な商品が並べられ、広いスペースにはたくさんのテントなどが建てられている。
「さ、行くぞ。どれから見る? 」
響はその反応に満足げに笑うと1人頷き、2人に尋ねる。今回の響は、ガイド役だ。
「あ、わたしテント見に行きたいです! 」
「私もー! 」
「分かった分かった、落ち着け 」
響ははしゃぐ2人を宥めつつ、テントが大量に展示されたスペースを見に行く。
まず目につくのは、大型のトンガリ帽子を思わせるテントだ。
「なんですか? あのテント 」
ひかりがそれを指差す。
「ああ、ワンポールテントだ。ネイティブアメリカンの平原に住む部族が住居として使用していたものを元に作られたテントだな。特徴は、見てわかるがあのトンガリだ 」
「名前と見た目的に、あそこにポールが通ってるの? 」
「そうだ。一本のポールを軸に設営するから、おしゃれな割に設営が楽なんだ 」
「確かに、骨組みに使用する部品が少なければ楽ですね…… 」
「いくつか同じようなテントあるけど、いろんな柄があってお洒落だね 」
「最近は海外を中心にダンジョンキャンプは結構流行ってるんだ。日本でもこうして大規模な店舗ができる程度に普及してる。だから、テントにも種類が出てきてるんだ。まぁ、キャンプだって殆どは結界を使って作ったキャンプ場を利用する感じだけどな 」
「キャンプ場、あるんですね 」
「そりゃあな。使い捨ての安物なら兎も角、キャンプできるだけの長期間使用ができる結界石はそうそうない。キャンプ場や場外でキャンプする人の使う結界石は、その全てが下層産だから、採集できる実力者が限られた現状では取れる総数は少ない。つまり、限られた石を効率よく使用するなら、高級品でキャンプ場を作ってしまえばいいってことだ。そしてそういうスペースの選定や確保は僕がよく請け負ってる仕事だよ 」
「「へぇ〜 」」
響の解説に、ひかりと明里は感心する。響の感知が正しければ、さりげなく周囲の客達も聞き耳を立てている。
「この素材は……ああ、宇和島の 」
響は、テントの値札に書かれた素材を見て納得の声を上げる。素材は宇和島ダンジョン産の牛皮だ。
「値段は……げっ、20万 」
明里は、値段を見て顔を引き攣らせる。
「あれっ……意外に安いですね。ダンジョン産でこの大きさなら、もっとすると思ってました。ひょっとして上層レベル……? 」
一方のひかりは、驚いたように言った。
「ああ、上層だか。そしてコイツら、多分僕が前にBBQした時に乱獲した奴らの皮かもしれん。納品した覚えがある 」
響は真面目な顔で言った。
「いや金銭感覚ゥ……。そしてお兄ちゃん! そのBBQのせいで国から文句の電話貰ったの忘れてないからね! たまたま電話取っちゃったお母さんが顔面蒼白になってたんだから 」
明里が響の顔に向けて指を差し、怒り顔で言った。響はあろうことかダンジョン内でBBQを本格的に始め、肉の良い匂いを撒き散らした挙句寄ってきたモンスターを狩り尽くすという所業をやらかした。お陰で響が持ち込んだ、上層のものでさえ高級品なダンジョン素材が大量に市場へ流れ、一時経済に混乱が起きたのである。お陰で胃を痛めた国の役人から文句の電話が届き、たまたま取ってしまった響の母親は国の偉い人からの苦情を受けるという一般人からすればとんでもないとばっちりを食らってしまったのである。
「あー……ハイハイ、悪かった悪かった 」
響はそれにひらひらと手を振って返す。どう見ても反省していない。
「じ、じゃあこのテント、大量に入荷されたものを使ったから価格が下がってるんですか? 」
ひかりは響の所業に少し引きつつも尋ねる。
「ああ。上層の牛を一時的とはいえ、あらかた殲滅したからな。……今度は阿蘇の方に行こうかな? またBBQしたくなってきた 」
「やめなさい 」
明里は真顔で突っ込む。
(やるな。多分、また苦情くる)
その内心は諦めており、胃が少し痛んだ。明里は死んだ目で、胃薬との結婚を検討した。どう見ても正気ではなかった。
「その宇和島の牛ってどんな感じなんですか? 」
ひかりが明里の惨状に冷や汗を流しつつ、話題を振る。
「ああ、宇和島のは肉牛というより闘牛タイプだ。気性は荒く戦闘力は高い。その分、体を保護する皮は分厚いんだ 」
「へぇ……ダンジョンだとそんな明確に差が出るんですね 」
「まぁな。肉牛タイプも硬いが、草食動物だからなぁ。穏やかだし戦闘特化の体はしてない 」
「お兄ちゃんのテントも牛皮なの? 」
「ああ、下層のだけどな。自分で獲ってきたやつだ 」
「出たよお兄ちゃんの強さアピール 」
明里がうへぇっと舌を出すが、表情からはそこまで嫌がっている様子は見えない。
「へぇ……。じゃあ次行きましょ 」
そう言うひかりに従い、次のテントに移る。
◇
「これ、黒鉄さんも使ってた形ですよね? 」
次に目を付けたのは、響も使っていたタイプだ。
「そうそう、お兄ちゃんのはそのドームテントだよ 」
明里は、自宅で響が広げていた光景を思い返しつつ言った。
「そう。それはドームテント、軽さと収納時のコンパクトさが特徴的だ。構造がシンプルだから、初心者向けとしても使えるテントだな。これもさっきのと同じ素材だ 」
「へぇ……、私が泊めて貰ったテントもそれでしたよね 」
「ああ。素材はあっちの方が高級だけどな。あと違いはまだあるぞ 」
響は、そう言ってニヤリと笑った。当ててみろ、とでも言いたげである。
「うーん……。なんとなく、ですけど見た感じ黒鉄さんのはもっと大きかったような 」
ひかりが記憶を掘り返しつつ自信なさげに答えると、響はドヤ顔で頷いた。
「そうだ。簡単だったろ? ……僕の使ってるテントは、基本的に2人は入れるようにしてる。スペースを広々使いたいが、風情も感じたいからな 」
「広すぎないようにってこと? 」
「そういうこと。僕のポーチに使われるような感じで、異空間に繋げられる素材を落とすモンスターは意外と居る。流石にポーチに使われた【ホールフロッグ】レベルの素材はそうそうないから、格落ちだけどな 」
響は、そう言いつつポーチを触る。
「そんなに凄いんだそのポーチ。性能がチートで印籠みたいに使えるとは聞いたけど 」
「ああ、この店なら丸々入る程度の空間はあるし、複数の国が存亡の危機に陥る案件の返礼品だから、勲章的な力を持つのは当然だ 」
「凄いんだねそのポーチ。それに、ひかりちゃん。私の記憶が正しければ、この建物は3階建てだよね? 」
「う、うん…… 」
「駐車場含めて5階分あるな。丸々入るぞ。まぁ話を戻すが、マンションの一室くらいの広さに中身だけ拡張してるテントもあるし素材も取ろうと思えば取れるけど、僕は持ってなくてな 」
「風情を感じたいって言ってましたよね 」
「そうだ。僕はキャンプらしさも楽しみたくて、広すぎるテントだと居心地が良くても自宅感が出てアウトドアらしさが感じられないと思ってね。……ああ、あれ。あのツールームテントなんてお勧めだぞ。ドームテントの外幕を延長して、リビングスペースも確保してる 」
「あっ、これ良いですね…… 」
「ドームテントの設営にプラスαの作業は必要だが、十分初心者向けのテントだよ 」
「へぇ……初心者向けテントって他にどんなのがあるの? 」
「そうだな……。んーと、見つけた 」
明里の質問に響は周囲のテントを見回し、あるテントを見つけた。
「ええと、ワンタッチテント……? 」
ひかりが、辿々しくも値札に書かれた文字を読む。
「ああ、設営の楽さではこれが1番だろうな。種類はあるが、とにかく設営と撤収が楽だ。袋から取り出すだけで広がるやつもある 」
「へぇ、楽ですね 」
「ただ、蒸れやすいから宿泊向きではないかな。あくまでデイキャンプ……日帰りのキャンプがベストだ 」
「やっぱり良い面ばかりじゃないんだ 」
「そうだな。シングルウォールテントってのは耐久面にも自信がない。だから、悪天候が続くようなダンジョンで使うにはお勧めしないな。ただ、初心者でも設営しやすいというメリットはある 」
「簡単っていうのも考えものですね…… 」
「まぁな。ドームテントやワンポールテントなんかも含まれる、ダブルウォールテントが一般的だ。構造はやや複雑だけど、その分宿泊には適してる。買うならダブルウォールを勧めるな 」
「むむむ……どれも高価ですね 」
ひかりは眉を顰めた。何十万もするテントは、流石に買えない。しかも上層素材なので、Cランク冒険者的には耐久性に不安がある。
「ま、今は辞めとけ。未成年はアイテム換金できないし、お前ギルドに入ってないなら、そっちの給料もないだろうしな 」
「うう……我慢ですね 」
ひかりは、そう言って項垂れた。
「まぁ、僕のお下がりで良ければあげるよ。中層素材のものになるけど、保存はしっかりしてる 」
「本当ですか!? 」
「嘘はつかんよ。僕が紹介した趣味で死んで貰ったら困るからね 」
「わぁ!! ありがとうございます!!!! 」
キラキラと擬音語がつきそうな輝く笑顔になるひかりに、響は目を覆う。
「……ま、眩しい 」
陰気な響には、目が潰れるかと錯覚するほどに眩しかった。
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