ダンジョンキャンプ専門店『shiny days』
第12話 兄と妹
「……はぁ 」
響は、項垂れていた。前回の別府ダンジョンから一週間経ち、自身のアカウントに付けられた火も落ち着いた頃である。
「お兄ちゃん……ストレス溜まってるね 」
明里にそう指摘されると、小さく頷いた。先日発表された、穂村ひかりの引退発表。安全のため、ひかりも今は福岡に居るのだが、福岡で行った会見で、ひかりは芸能界引退を宣言した。結果、ネットは大荒れ。しかも、間が悪いことにダンジョンでは、別府ダンジョンで麻薬によるモンスター誘導が行われたせいで自衛隊が主体となっての全国的な立ち入り検査が行われている。流石に、外部の冒険者は基本的な信用が薄いため、大手ギルド以外不参加だ。世間は荒れ、ダンジョンにも篭れず、その上ひかりが心配で、響はストレスを溜めていた。
「お兄ちゃん、どうせならショッピング行ってきたら? キャンプ道具でも見に行けばいいじゃん 」
明里の言葉に、響はハッとする。この頃、必要な道具は素材を持ち込み、職人に作ってもらっていたので、つい選択肢から抜けていた。
「……ありがとな。ちょっと行ってくる 」
「気にしないで。いつも頑張ってるんだから。……いってらっしゃい!! 」
明里は、そう言って背中を強く叩く。
と、そんなところに電話だ。画面に、ひかりの名前が表示されている。
「もしもし 」
『もしもし……すみません、突然 』
「どうした? 」
『いえ、特に……。でも、最近のゴタゴタでストレス溜まってて、誰かと話したいなぁ、と 』
電話越しの声は疲れ切っていた。
「なぁ、もしよければだけど、アウトドアショップに行かないか? これからダンジョンキャンプの専門店に行こうと思ってな 」
響は、ついそう言っていた。隣の明里が呆れた目をしている。
「……元とはいえ、アイドルでしょ。私も行くよ。男女2人は不味い 」
ボソリと明里が言い、響は小さく頷く。
『いいんですか? ダンジョンの時を考えると不味いんじゃ…… 』
「いや、妹も一緒だ 」
『なら行きたいです……。取材疲れた…… 』
「よし、じゃあマネージャーさんに話通しておいてくれ 」
「私に代わって。コミュ症脳筋のお兄ちゃんじゃ拗れる可能性ある 」
「分かった。……すまん、妹に代わる 」
『は、はい…… 』
その後の会話は、よく分からない。だが、明里に脛を蹴られた。逆に明里が悶えていた。
◇
「よう 」
ひかりが滞在するホテル前。響は、いつもと違い母親の車を運転して来ていた。ひかりは、帽子を深く被りサングラスを掛けて、変装をして、ホテル前に立っていた。
パパラッチやマスコミの類は居ない。事件が事件なので、警察が張りついているのである。ダンジョンが存在する時代に、警察ともあろうものがダンジョン経験がない訳がない。ダンジョンでの戦闘で、人間離れした武力を得ている。響からすれば片手で挽肉にできる程度でも、一般人から見れば人の姿をした兵器だ。一般人程度の力では突破できないし、簡単に排除できる。
「あはは……すみません、迎えに来てもらっちゃって 」
そう言って、ひかりは笑う。その笑顔には、若干の疲れが見える。
「良いのか? 疲れてるんだろ? 」
響は、ひかりの様子に心配した様子を見せる。
「大丈夫です……。寝ようと思えばいつでも寝れます。むしろホテルに居ると、記者の視線が気になって落ち着きません。あの人たち、外から叫んでくるので…………お陰でなぜかわたし側に近隣住民からクレームが来て……はぁ 」
ひかりは、盛大なため息をつく。
「あらら……今日は楽しみましょ、ひかりさん 」
「うん、そうだね明里ちゃん 」
いつの間にか名前呼びになっているひかりと明里が、顔を見合わせ笑い合う。
「仲が良いようで何よりだよ。さぁ、行こうか 」
◇
『shiny days 』、という店は全国的にも上位の大きさを誇るダンジョンキャンプ専門店だ。ダンジョンキャンプを趣味とする者や、冒険者の便利アイテムを売っている店であり、その規模は、下手な大型デパートを超える。今日向かっているのは、そこである。
「そういえば、ダンジョンキャンプ専門店ってあんまり見ない気がするけど…… 」
「そうだな。ダンジョン用具の専門店なら大小の差こそあれ、47都道府県全てに備え付けられているんだが、ダンジョンキャンプの専門店はあんまりない。だからキャンパーは大体、通販で物を買ってる 」
「ダンジョン用具専門店とダンジョンキャンプ専門店って、品揃えはやっぱり違うの? 」
そう尋ねる明里まが、その疑問はもっともである。
「ああ、結構違う。ダンジョン用具専門店は攻略のためのものが多いが、ダンジョンキャンプ専門店はキャンプ道具と、キャンプ関連で役立つグッズが中心だ。ダンジョン用具は仕事、ダンジョンキャンプは趣味のグッズって感じだな 」
「へぇ、そんな風に別れてるんだ……。ひかりちゃんは、キャンプ専門店は行ったことあるの? 」
「わたしは用具専門店ばっかり行ってたなぁ。東京はやっぱり店舗が多いし大きいところも多いから 」
「あぁ〜 」
「関東は挑戦者が多いからな 」
響はそう漏らす。明里はその表情から、愚痴の類と察して深く追及しないことにした。
「ねぇ、お兄ちゃん。ダンジョンでキャンプするなら、やっぱり道具は高いんじゃないの? 」
明里の質問に、響は頷く。ここで目の前の信号が赤に変わり、響は静かにブレーキを掛けて停車する。
「そう、高い。今向かってる店だと多少安めのものもあるけど、基本はダンジョン産の素材を使って作ってるから、安くて数千円はする。ちなみに僕が使ってる道具は懇意にしてる職人さんに作って貰ってるから、安くて数万、高くて億はするね。因みに、素材を持ち込んで作ってもらってるから、手間賃だけでそれな。現状の最高額が【黒鉄武者】の3億5000万だな 」
「さ、3億……。なんなのその【黒鉄武者】って 」
明里は、そう顔を青ざめさせる。
「黒鉄さんの切り札だけど……。知らないの? 」
「うん……お兄ちゃん、ダンジョンから大怪我した状態で帰ってくることも多くて、怖くなって結局ダンジョンのことはあんまり知らないんだよね 」
「あっ……ごめん 」
「いーのいーの、気にしないで 」
気まずげな表情になるひかりだが、明里はそれを笑い飛ばす。
「【黒鉄武者】は、僕の最大の切り札であるパワードスーツだ。魔力をバカ喰いするから乱用はできないが、一時的に身体能力を数倍にまで向上させる。見た目は黒い甲冑だよ 」
「ほぇ〜。なんだか仮面◯イダーみたいな切り札だね 」
「た、確かに…… 」
実際に【黒鉄武者】を目の当たりにしたひかりは、明里の表現に強く頷く。
「見た目的には、小型化した黒◯天◯明王だけどな 」
響はそう言って小さく笑い、ハンドルを握り直した。
信号が青に変わり、3人を乗せた車は再び走り始めた。
◇
「そういえば、そのお店って何処なの?方向的には久留米? 」
走る車の中、明里が、思い出したように尋ねた。
「正解だ。久留米の上の方だな。流石に西鉄久留米駅や花畑駅周辺にあの規模は建てられねぇし 」
「どうしてその2つの駅なんですか? 」
ひかりが首を傾げる。
「そういや東京の人か。そこ2つは距離が近くてどちらも特急駅だ。人の行き交いを重視するならその辺が行きやすいんだが、流石に場所がなくてな。久留米市といっても広いから、比較的場所が空いてる辺りにデカいのを建てたのさ。宮の陣駅には急行が止まるし、最寄りの宮の陣ダンジョンは割と景色もいいしな 」
「宮の陣ダンジョン? どんなところなんですか? 」
「よくある山ダンジョンでな。綺麗な清流と自然風景がとても良いダンジョンだ。涼しいし川釣りが出来るから夏のキャンプに適してるぞ。田主丸みたいに河童が出てくる訳じゃないけどな 」
「へぇ……楽しそうですね 」
「楽しいぞ、マイナーだけどな。未成年はアイテムの換金が出来ないからなぁ。出来るようになれば、Cランクだと数百万くらいは稼げるようになるから、日本中キャンプし放題なのに 」
響が残念そうに言う。法律上、未成年の無茶を防ぐために20歳未満のダンジョン産アイテムの換金が禁止されており、アイテムの持ち出しも厳しく規制されている。ひかりはまだ17歳、アイドルも引退を決めたせいで、収入もなくなる。さらにひかりは東京在住でもう数日で帰るため、九州のマイナーなダンジョンに潜るには時間もないし、また来るにも資金繰りに困る状況なのである。
「早く成人したいです……。アイドルの仕事関係では親に沢山迷惑をかけましたし、お金稼いで親孝行しつつダンジョンキャンプやりたいですし……」
はぁ、とひかりは憂鬱な表情を見せる。
「まぁ、どう足掻いても年齢は誤魔化せないからなぁ……。見た目は物凄く若作りできるらしいが 」
響の呟きに明里とひかりがぎょっとする。
「「その話詳しく!! 」」
「あー……詳しくはないぞ。フィンランド辺りでSランク冒険者やってる大魔女サマがえっっぐい若作りでな。もう40はいってる筈なのに見た目は10代レベルなんだよ。本人曰く魔法らしい 」
「お兄ちゃん……。私から聞いておいてなんだけど、まさか本人に聞いたの? 」
「おう。デリカシーが無いって魔法が飛んできたからな。流石に反省した 」
「ならよし 」
「どーも 」
「そういえばお2人って、仲良いんですね 」
ひかりが、唐突に言った。
「あー……。確かに世間一般だと兄弟仲悪いところって多いよね 」
「ウチはそういうの無かったな 」
「へぇ。喧嘩とかってします? 」
「偶にするな。100パー口喧嘩だが 」
「お兄ちゃんが手を出したら私は一瞬で挽肉だからね。さすがにハンバーグの材料にはなりたくないかなぁ 」
「でもそのくらい力の離れた相手に口とはいえ喧嘩を挑めるのは凄いと思うよ 」
ひかりの一言に明里はキョトン、とした表情になり、すぐに弾けるような笑みを浮かべた。
「あははっ! まぁ、お兄ちゃんは絶対に手を出さないって信じてるからねー。今は大分キャラが違うけど、根本的には昔から変わらない。身内判定した相手には甘くて、その他にはとことん冷淡。根が臆病だから人の悪意とかには敏感で、律儀だからなんだかんだ文句を垂れつつも仕事は投げ出せない。ダンジョンで強くなって、まるで別人のように明るくなったし、残酷な面が凄く目立つようになった。それでもお兄ちゃんは、昔から私のお兄ちゃんなんだよ 」
そう言って運転中の響を見つめる明里の瞳には、確かな憧憬が映っている。
(ああ……そっか)
ひかりは思った。きっと自分が明里とすぐに仲良くなれたのは、あの背中に向ける想いが似ているからだ、と。
(聞こえてるんですがァァァァァァ!!)
響は、照れで死にそうであった。
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