第11話 大分県: 別府ダンジョン〜エピローグ〜

 「モンスターの、"温泉街"……? 」

ひかりの呆然とした声が、響に届いた。

「そうだ。……歩いてれば分かりにくいが、上から見れば分かりやすい。ダンジョンも、見方を変えればモンスター蔓延る危険地帯から、絶景スポットへと早変わりする。見ろよ、モンスター達の営みを 」

岩石によって形成されたダンジョンでは、モンスター達が飲み、歌い、騒ぐ。そして温泉に浸かり、日々の疲れを癒す。その光景は、人間の営みと変わらない。

「モンスターも、生きている、か…… 」

岳は、そう呟いた。強い冒険者なら誰もが知っている事実を、真っ向から叩きつけられたのはいつぶりだろうか、と思いを馳せる。

「そう、生きている。お前も、僕も、モンスターも。命を奪い合っているアイツらも、温泉の中では殺し合わないんだ。……僕は、こういう光景が好きなんだ。多くの人が知らない、世界の側面。あそこで幸せそうに笑いあっているモンスター達と、ずっと殺し合っているからこそ見える景色が。僕らが、アイツらの幸せを奪って生きていることは、忘れちゃいけない。だけど、殺すことを躊躇ってもいけない。何故か分かるか? 」

「ダンジョンが、溢れるから…… 」

「そうだ。共存計画なんて何度もあったが、計画段階で人間側が殺されて全て頓挫した。根本的に、人間とモンスターは殺し合うようプログラムされている 」

「そんな…… 」

ひかりは、その事件も知っているはずなのに、そう呟いてしまった。

「幸せっていうのは、共有できないものも多い。アイドルが結婚した、とか楽しいエピソードのつもりでSNSに投稿したら謎の炎上をしたとか、人の幸不幸はそれぞれで、みんなが同じ方向見て歩けるような、ご都合主義な世界じゃないんだよ。それに、モンスターも人も簡単に死ぬ。幸せも、ずっとは続かない。お前らを嵌めたのも、結局のところ自分たちの幸せのためだった。……ここを見せようと思ったのは、お前がまだ吹っ切れていないからだ。一度味わった幸せに囚われ、残されたファンからの期待に縛られ、お前の視野を狭くしていた。だから、ダンジョン内でいつも殺し合っているモンスター達の、一時の平和を見て欲しかった。世界は、こんなに広いんだぞって 」

「そう……ですか………… 」

岳は、2人の様子を微笑ましげに見つめていた。響のことは、彼が冒険者を始めた頃から知っていた。最初はとても臆病で、モンスターを狩るときも腰が引けていたものだったが、いつのまにかとても大きく成長していた。……いつのまにか、生意気にもなったが。吉原ダンジョンでの大規模作戦で初めて人型モンスターを殺した時の響を、岳は今でも覚えている。魔力で弾けるはずの返り血をあえて浴び、血塗れの姿で佇み泣いていたあの小さな背中が、いつの間にか誰かに魅せる立派な背中に育っていた。岳は、1人静かに涙を拭う。

(本当に、大きくなったなぁ……)


「わたしは、どうすればいいんでしょうか。広い世界を見て、わたしの世界が狭いと知って、でも何をすればいいか分かりません 」

「ダンジョンキャンプはいいぞ 」

「へ……? 」

唐突な布教である、

「ダンジョンキャンプはいいぞ。ダンジョンってのは地域ごとに違った特徴があるから、ひとつとして同じものはないんだ。それらを巡れば、お前はさらにステップアップできる 」

「は、はぁ…… 」

「ひとりでも、みんなでも、テント立てて飯食って、この理不尽な世界の中にわざと自分を置き去りにして世界と向き合う。それがダンジョンキャンプの醍醐味だ 」

響は、景色を見つめながらそう言った。

「世界と、向き合う…… 」

「そう、己の小ささを知って、その上で世界を見つめる。これがあったから僕は、Aランクまで登り詰めることができた。きっと、僕とお前は違うから、同じルートを辿ることはないし、お前と僕では景色の見え方も違う。だからこそ、お前が見た景色はお前だけのもので、きっとお前の世界を広げてくれる。お前が知らない世界がたくさんあるってことは、お前の未来もまだまだこれからってことなんだ。きっと、お前もお前なりの幸せってやつを見つけられるはずだ 」

響はきっと、心の中で文末に、こう付け加えたのだろう。

『かつての自分のように 』

と。

「はいっ……! 」

ひかりは、泣き笑いを浮かべた。ファンの岳でさえも見たことがないような、美しい、本物の笑顔を。



 「炎上した…… 」

「燃えたな 」

響のSNSアカウントと、【マッスルラヴァーズ】の公式アカウント、そして岳の個人アカウントが炎上した。ひかりの所属事務所に関しては炎上どころか大爆発だが、それとこれとは話が別だった。原因は、ひかりの投稿。

元々、配信によって自分らの姿が映されていたため特定されていたのだが、ひかりは響と岳にキャンプ飯をご馳走になったこと、綺麗な景色を見せて貰ったこと、励ましてもらい、元気付けてもらったこと、ダンジョンキャンプに興味が湧いたこと、これからの自分について決意したこと、を写真付きで投稿した。騒動後の動向はファンやネット民も期待していたが、結果は恩人とはいえ男2人とキャンプしていた。多くのファンは復活に喜んだが、一部ガチ勢やアンチが彼らのアカウントを荒らし、それに他ファンが噛みつき、本人達そっちのけで争いを始めていた。

「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません 」

涙目で謝罪botと化したひかりを宥める岳を見ながら、響は苦笑いを浮かべる。

「迂闊だったなぁ 」

そう言いつつも、響の声に非難の色はない。

「はっはっは、SNSは炎上祭りだな! 目指せ、炎上マスター!! 」

「いや、事務所の火力がエグすぎて勝ち目は薄いぞ 」

「なんと…… 」

軽く漫才をする岳と響を、ひかりは涙目で見上げる。

「せ、責めないんですか……? 」

「うっ…… 」

推しの上目遣いに、岳が死んだ。響はそれを半目で見つつ、首を縦に振る。

「しゃあない、ファンが悪い。……あの投稿は、お前にとっての決意表明なんだろ? 」

「はい。……わたし、事務所を辞めることにしました 」

「そうか 」

「やっぱり、もうわたしは居られないですし、もうグループはあってないようなものですから。いい加減、前に進まなきゃ 」

「いい心がけだ 」

響と岳は、にこやかに笑った。

「ああ、そうだ……。キャンプしたけりゃ、僕に連絡をくれ。これでも国の依頼でキャンプすることもある身だから、きっと助けになるはずだ 」

「はい! 」

「ひかりちゃぁん!!行くよー!!!! 」

「はーい!!!! では、先日は大変お世話になりました 」

そう叫ぶ女性の声に、ひかりは元気よく返事した後、2人に頭を深々と下げる。

「お元気で。私は貴女をずっと応援しているぞ 」

「元気でな。また縁があれば会おう 」

岳はおおらかに笑い、響は静かに微笑み、ひかりを見送った。去ってゆくひかりの後ろ姿は、昨日から生まれ変わったかのように希望に満ちていて、その足取りは、とても軽やかだった。


 ヘルメットを被り、エンジンを吹かす。ダンジョンを出て、響は帰路に着く。

「今回は助かった。ありがとう 」

「アンタにも助けられた。ありがとな 」

バイクに跨りつつ、響は岳と別れの握手を交わす。響にとっても、岳にとっても、互いは歳の遠く離れた友人だ。余計な言葉も要らず、ただ握手と目線、そして少しの言葉で会話を交わす。

「またな 」

「ああ、またな 」

そう言って、響はバイクを動かす。冒険者にとって、" またな " という言葉は、とても重い。仕事上、明日死んでいてもなんら不自然ではないからだ。だがそれでも、2人はその言葉を交わした。また会おうと、互いへの信頼と無事を祈る気持ちを込めて、挨拶を交わした。


きっとまた、会える。そんな期待を胸に、響は走り出した。



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短めですが、ここまでです。穂村ひかり、というキャラクターは、一応のヒロインとして設定しました。名前が響と同じHから始まるのは後から気付きました……。迂闊だった……。

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