第10話 地獄蒸し

 「そういえば、釜はどうするのだ? 」

岳の疑問に、ひかりはハッとした表情になる。地獄蒸し、という料理に必須な道具。それは釜だ。別府では、地獄釜と呼ばれる専用の道具を使い、ザルの上に載せた食材を蒸す。しかし、そこに蒸し釜はない。ついでにザルもない。

「大丈夫だ、問題ない 」

響はそう言うと、少し離れた場所に案内する。そこには、地獄釜が設置されていた。

「これ作ったんですか? 」

ひかりが驚くも、響は苦笑いで顔を横に振る。

「これは常備されてるんですよ、ダンジョンキャンプ用にね。……依頼したのは僕ですけど。コレ作った職人は御歳74の腕利きです。強さが物を言う冒険者業界で、アイテム加工の腕だけでAランク冒険者にまで到達した凄い人ですね。ちなみに、僕の切り札である【黒鉄武者】は、彼の制作品になります 」

響は、まるで自分の事のように誇らしげな態度で言った。会ったばかりのひかりにも、響がその職人を大層尊敬していることが伝わってくる。

「私も会ったことがありますが、あの腕前はまさに神業。戦闘力がCランク程度のレベルでさえなければSランク入りしていたと言われているが、その噂に遜色なしと断言できるような男でしたな 」

「そ、そんな方が…… 」

「居るんですよ、案外知らないところに凄い人が。世界ってのは広いですからね 」

響は得意げに笑うと、当たり前のように小さなポーチに深々と手を突っ込んだ。

(うわぁ、凄い……。あれ、【ホールフロッグ】討伐戦の御礼で貰えたって言われるポーチだ…………。日本からは国が直々に選んだ精鋭だけが行ったって聞いたけど、あの人もなんだ……)

ひかりはそのポーチをまじまじと見つめる。

「ん……?ああ、このポーチですか? 」

響は、ひかりの視線に気づいて少し考える素振りをした後で、ひかりの視線を辿った先にある、響の手元のポーチに気付いて納得したような顔をした。

「はい。それって【ホールフロッグ】のですよね? 」

ひかりの質問に、響は小さく頷く。

「私は行っていないな 」

「そりゃあそうだ。アンタも大事なAランク。頑丈だろうが、半裸のマッチョを感染症持ちモンスターが蔓延るアマゾンダンジョンまで行かせる訳がない。……現に、虫が原因の死者も出たんだ。ワクチンを無効化して来やがってな。アンタは行かなくて正解だったさ 」

「むむ、我がマッスルには危機察知能力があったというのか!? しかし、過酷な戦場に若者を送り自身は待機など、屈辱ではあるな 」

「いや、服を着ればその場合は解決じゃないですか 」

「違いない 」

嘆く岳に、ひかりは真顔で突っ込むと、響は小さく笑った。そんなやり取りをしつつ、響が取り出したのは大きなザル、ビニール袋に包まれている。

「……さて、衛生面は魔法で解決してるから気にしないでください。Aランクの本職に頼んでますし、問題は無いはずです。【鑑定】スキルを使えば分かります 」

「ああ、確かに確認した 」

【鑑定】スキルを持っていないのか、視線を右往左往させるひかりに代わり、岳が安全性を保証した。

「【鑑定】は取っておいて損はないですよ。アイテムの鑑定が出来れば、キャンプや成人した後の冒険者稼業にも役立ちます 」

「そうなんですか……。レベルが上がったら取ってみます 」

「是非 」

そう言いつつ、響は岳と手分けし、ザルに食材を載せて釜に投入する。今回の食材は、豚肉に鶏肉、卵、葉物にブロッコリーだ。流石に蒸し時間が違うため、別の釜に分けて投入する。そしてその作業の裏で、ひかりも働く。その作業は、炊飯器による飯炊きだ。新潟のダンジョンで自生する米、ホシヒカリを贅沢に使う(響の食べる白飯は、以前のクエ鍋の時もホシヒカリである)。ホシヒカリは日本の米では最も高い値段で取引される。庶民の生活しか送ったことのないひかりには畏れ多い存在なのだが、上手く炊けなかったら困るので普段通りを心がけて米を洗い、水につけ、炊飯器をセットする。

「……っふー…… 」

「どうしました? 」

「いえ……流石にホシヒカリは緊張しますぅ…… 」

「ああ、そうでしたね……。当たり前に食べてたので市場価値を忘れてました 」

納得した、と言うように手を叩く響に、ひかりは頬を引き攣らせた。



 「こ、これが…… 」

ひかりは、思わず生唾を飲み込む。

「ほほぅ…… 」

岳も心無しか声が弾んでいる。

「そう、これがダンジョン製の地獄蒸しです。ただ蒸しただけとは大違いですとも 」

そこには、蒸された食材達がこれでもかと言わんばかりに並んでいた。丸ごと蒸された鶏肉が存在感を放ち、インパクトでは僅かに劣るものの、豚肉もその存在感を放っている。葉物野菜やブロッコリーといった野菜達が、主役の肉達に花を添えており、彩りも良い。


『いただきます 』

3人は、音を立てて手を合わせた。


 響がまず手を付けたのは、鶏肉だ。ひかりは少食とのことなので一部だが、響と岳は大食漢なのでどちらも一羽ずつ配布している。その体を器用に箸でつつき、身を剥がす。調味料として用意したポン酢に付けて頂く。

(ほぉ……これは美味い)

通常の蒸し料理との違い、それは温泉を利用した高温調理である。100度にもなる温泉の蒸気によって一気に蒸された鶏肉は、その身に本来の旨みを閉じ込めたままだった。ホロホロと口の中で崩れゆく鶏肉とそこから染み出す旨みに、ポン酢の酸味がとてもよく合う。葉物は、濃厚だ。蒸気を吸って柔らかくなり、その本来の味が葉の中で凝縮される。ほのかな苦味をポン酢が緩和しているため、食べやすい。

(うん、美味い……。野菜嫌いは嫌がりそうだが)

豚肉、これは鶏肉とは同じ肉でも当然違うため、食感や味わいに変化が起きる。厚切りにしたことで、少しの噛みごたえと共に、じわりと肉汁が溢れ出した。しかしその濃厚な味わいも、ポン酢が引き締めてくれるため、重くはない。

「美味い……なるほど、これはただの蒸し料理と侮ってはならん味だな 」

岳はそう感動しながら、大きな鶏肉に齧り付く。そして、ひかりは----


「……………おいしい 」

そう、小さく呟いた。涙が一筋、ひかりの頬を伝う。

「だろ?……それが、生きてるってことだ 」

響は、敬語を取り払ってそう言った。

「わたし……生きてるんですね…………あぁ、そっかぁ……わたし、無事なんだ 」

ポロポロと涙が溢れ、ひかりは服の袖で涙を拭う。しかし、それも効果がないほどに、涙はとめどなく流れ続ける。

(当然の話だ。突然の転落人生、選べない仕事、しかも来てみたら自身のファンを巻き込んでの暗殺未遂だ。実行犯もある意味被害者だった上に、黒幕は信じてた事務所だったのがタチが悪い。……17歳の子供が、耐えられる訳がない)

響は、そう分析した。

「ほんっと、よくもまぁここまで虚勢を張れたもんだ。僕らのボケでも爆発しなかったから、びっくりしたよ。プロ意識の塊かよ 」

「だが、温かい食事を振る舞うのはいい手であったな。生を実感できる 」

「ああ、作戦成功だ 」

響と岳のやり取りに、ひかりは動揺する。

「まさか……このために………… 」

「そっ。まぁ、僕が君にダンジョンキャンプの良さを教えたかったって理由がない訳ではないけどね。……今回の一件、辛かっただろ。元々追い詰められてたときに、トドメを刺されたんだ。美味いもん食って、盛大に泣け。お前には、その権利がある 」

響はそう言って、ひかりの頭を軽く撫でる。

 ひかりは泣いた。まるで子供のように、わぁわぁと泣いた。これまでに溜まった全ての苦しみを押し流すほどに、泣き続けた。それを、響と岳は静かに見守っていた。


 暫く時を進めて。泣き止んで、食事も終えた一行は、響の案内でダンジョン内を歩いていた。歩いている場所は巨大な岩山、ダンジョン内で登山である。草木の少ない場所なので迷う心配もなく、足場が不安定というわけでもないが、どことなく足取りには不安が残る。

「見せたいものがある 」

こうなったきっかけは、響のその一言が原因だった。ひかりにとってダンジョンは、整備された正規ルートに沿って進むもので、碌に整備もされていない登山を、わざわざモンスター蔓延るダンジョンでやろうとは思っていなかった。

「ここは来たことがないな 」

岳はそう言って笑う。激戦の後にも関わらず体力が有り余っているらしく、余裕の表情で笑っている。

「ダンジョンキャンプの醍醐味、これを教えてやらないとな 」

響は、顔にほんのりと疲れが見える。しかし、それでも楽しそうに笑った。

「ふぅ……ふぅ………… 」

ひかりは、息切れしていた。AランクとBランクの間には絶対的な壁がある、と誰かが言ったが、Cランクのひかりならばその差は歴然だ。ひかりは、嫌でも実力差を見せつけられて、少しばかり拗ねる。愛用の槍を杖代わりに、おっかなびっくり登ってゆく。モンスターに気づかれることもあるけれど、次の瞬間には飛んできた斬撃に斬られるか、衝撃波に吹き飛ばされるかで例外なく灰に変わってゆく。

「さぁ、そろそろ着くぞ 」

響は、声を弾ませて言った。その証拠に、視線の先には頂上らしきところが見えている。

「大丈夫か? 」

「あと……少し…………なので…… 」

岳の心配にひぃひぃ言いつつも答え、ラストスパートをかける。懸命に足に力を入れ、一歩一歩前へ。

「到着、ご苦労様 」

「うむ、いいウォーキングだった 」

「はぁ……はぁ…… 。そ、それで……見せたいものって……」

頂上に到達し、三者三様の反応を見せる。

「あれを見てみろ 」

響が指差した先の光景、それを見てひかりと岳は、目を大きく見開いた。


 ゴツゴツとした大小の様々な形をした岩が赤く輝き、温泉の湯気が、ダンジョン内のあちらこちらから上がっている。モンスター達は、種族の如何に構わず、皆それぞれが温泉に浸かり、交流している。

「むむむ……岩の形、どこかで 」

岳の呟きを聞いたひかりが注視すると、確かに既視感のある形の岩ばかりだ。

「よく気づいたな。……あれは、建物だよ。よく見てみろ 」

「あっ…… 」

響の答えで、ひかりはあっと驚いた。

「なるほど 」

岳は、そう手を打ち合わせる。

「このダンジョンは、モンスター達の" 温泉街 " なんだ 」

響は、そう言って笑った。

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