第9話 二局の戦い

 「おおおおおおおおおおおお!!!! 」

「グオォォォォォォォォォォォォォ!! 」

岳と鬼が同時に吠え、両者の拳が空中で真っ向から衝突、どちらも弾かれて後ずさる。

「ガァァァァァァ!! 」

「パワーは互角、ならば!!うおォォォ!!!! 」

鬼の放つ拳を交わし、その腕を掴むとそのパワーで背負い投げ。鬼は頭から地面に叩きつけられる。

「ガォォォォ!! 」

「ぬぅ!? 」

顔を歪めながらも、岳の腕を掴んだ鬼は、岳を持ち上げて投げ飛ばす。岳の体は飛び続け、最後には天井に激突し激しい土煙を上げる。

「【マッスル・スター】!! 」

その声と共に放たれた飛び蹴りが、倒れていた鬼の胴体に深々とめり込む。

「グゥ!! 」

「うぉ!? 」

虫を払うかのように腕を振ると、叩かれた岳は宙を舞い、数メートル後ろでなんとか着地する。

「グ……グオォォォォォ!! 」

「何!? ぬぅぅ!! 」

痛みなど感じぬとばかりに立ち上がった鬼の拳が、クロスガードの上から岳を叩き、岳の体を岩壁まで吹き飛ばした。

「ガァァァ!! 」

すぐに追撃。壁にめり込んだ岳の鳩尾に、飛び蹴りを放った。壁は吹き飛び、ダンジョン内の別の場所と繋がる。

「グホォ!! 」

『団長!? 』

周辺の雑魚狩りに勤しんでいた【マッスルラヴァーズ】のメンバーが動揺の声をあげる。ひかりも、最悪の想像に息を飲んだ。


「……む、むぅ。やはり強いな。それに、痛みを感じぬと来たか 」

岳は無事であった。岳は口元に付いた血を拭うと、凶暴な目でこちらを睨みつける鬼に向かって強気な笑みを浮かべる。

「グオォォォォォ!! 」

「さぁ、来い!! 」

そして放たれた強烈な右ストレート。岳はその一撃に左腕を添えて受け流す。その動きはまさに流水。そしてそのまま懐に入り込んだ。

「覚悟ォ!!!! 」

「グゥゥゥゥ!! 」

渾身の右ストレートが鬼の鳩尾に入り、鬼は後退する。続いて左。今度も僅かに後退する。

「足りんか……ならば! 」

「グゥ…… 」

「ウオオオオオオオオオオオ!!!! 」

血を吐き、叫びながら放たれた連続パンチ。6発もの高速の拳が鬼の体を僅かに浮かせる。

「ぬぁぁぁぁぁ!! 」

そして最後の一発。強烈に決まったその一撃が、鬼を壁に叩きつける。

「まだまだァァァ!! 」

血反吐を吐きながらも岳は吠え、追撃する。魔力をオーラのように纏い、暴風雨の如き勢いで拳の連打を叩き込む。薬物で脳に異常をきたし、感覚が狂っていようと所詮は生物。

「グゥゥゥゥ…… 」

固い岩壁を背に逃げられず、連打を身体中に叩き込まれる。岳は、ジャンプして背後に跳ぶと、クラウチングスタートの体勢となる。

「【マッスル・タンク】!! 」

そう叫び放たれたのは、超高速の突進だ。巨大なモンスターと素手で渡り合う男の全力の体当たり。その威力は計り知れない。拳を深々と受けた鬼はすぐに動けない。

「オオオオオオオオオオ!!!! 」

ミサイルのようにカッ飛んだ半裸の変態マッチョが、先程までの戦闘で弱っていた、鬼の巨体を貫いた。灰になって消えてゆく鬼を他所に、岳の体は壁にめり込んで止まる。


「ふぅむ……nice muscle!!!! 」

キラキラと効果を出しながらポーズを決め、フィニッシュ。彼の筋肉は、その日1番の輝きを示していた。



 「グオォォォォォ!!!! 」

狂乱した鬼が、手に持った金棒を力任せに振り回す。鬼の周囲は暴風が吹き荒れ、まるで台風のようだ。

「……フッ!! はぁ…! おおお!! 」

振り回される金棒の嵐の合間を、響は避けながら動き回る。隙を見つけて三度切りつけるも、鬼が気にかける様子はない。

「グゥゥゥゥ 」

「チッ……やっぱ、まともに思考が働く状態じゃねぇな 」

「グオォォォォォ!!!! 」

荒れ狂う鬼の放った一撃を【月光】越しに受け、壁まで吹き飛ばされる。

「……ッ! グゥ!! 」

空中で体をひねって壁に足をつき、そのまま突撃しようとするも、響の上に回り込んだ鬼が金棒を振るい、背中を殴られるとそのまま地面に叩きつけられた。

「グゥァァァァァァ!! 」

鬼は止めを刺さんと追撃の金棒を振り下ろし、そのまま誰もいない地面を抉った。

「やらせるか……! 」

【黒鉄武者】による高速機動で側面に回り込んだ響は、【月光】に魔力を纏わせる。

「我流、【三日月】!! 」

三日月型の斬撃が鬼の肌を薄く切り裂き、魔力による衝撃が鬼の体を吹き飛ばす。

「グゥ…… 」

鬼は呻き声をあげながらも、体を捻り空中で回転した。

「……ぜぇりゃぁぁぁ!! 」

回転しながら着地した鬼の、その懐に高速で入り込む。そして出来た隙に向かって放たれた、高速の斬撃が鬼の体に何条もの線を引き、鮮血が飛び散る。

「ヌゥ!! 」

「くぅ……! 」

一方の鬼も、金棒で迎撃。【黒鉄武者】を纏った響の体にも衝撃が走り、響は激痛と息が詰まる感覚を覚える。

「グオォォォォォ!! 」

鬼はそのまま蹴りを放つ。金棒で殴りつけられ、体勢を崩されていた響の体は、まるでサッカーボールのように蹴り飛ばされた。

「……ッッ!! 我流、【三日月】・五連!! !! 」

響は地面を転がるも、すぐに片手をついて勢いを殺して起き上がると、片手で【三日月】を五度放った。まるでビームのような魔力の斬撃が、鬼の体を連続で痛めつける。

「一撃、必殺!! 我流、【翔星】!! 」

魔力を纏った、流星の如き刺突が、鬼の心臓を穿った。


「ゴォ……グゥ………… 」

鬼が灰になってゆく瞬間にため息を吐く。それと同時に、全身からは大量の蒸気が吹き出した。




 事件の終わりとは、意外にも呆気ないものだった。二体の下層クラスを岳と響が一体ずつ倒したことで戦況は一気に傾き、参戦した響と岳の助けもありつつも参加していた冒険者達によって一気に決着が付いた。その後自衛隊や警察が到着し、下層へ続く階段付近に結界を貼った。今後暫くは立ち入り禁止として、モンスターへの影響を見ていくとのことだった。

 そして、今回現場で暗殺計画を主導した男は捕まった。情状酌量はつく可能性が高いが、それでも罪はそれなりに重い。

『止めてくれてありがとう 』

最後に、あの男は響に向かってそう言った。その言葉を、響は何度も脳内で再生させる。人の手の温もりで罪の重さを痛感するなど、響にはもう昔に捨て去った感覚だった。ダンジョンとは、世界に蔓延る神秘であり理不尽。中に住まうモンスターには、人に近い文化圏で暮らすモンスターも居る。ダンジョンで強くなるということは、何度もそういう敵と戦い、何度も自らの手を汚すことでその精神と肉体を人から人を超えた存在へとシフトしてゆくことだ。だからこそ、強い冒険者は皆キャラが濃い。たとえ犯罪者であろうが、人間らしい人間に出会えることは、響にとっては嬉しかった。

「ご苦労であったな、黒鉄殿…… 」

体のあちらこちらに包帯を巻いた岳が、岩壁に背をくっつけて座る響の隣に腰を下ろす。

「別に。アンタこそ、お疲れ様 」

そう言って2人は、静かに目の前の世界を見つめる。世界中に存在するダンジョンには、地域によってその地にゆかりある姿をしている。鬼型モンスターも多く徘徊するこの別府ダンジョンのモチーフは古くから続く観光ツアー、【地獄巡り】だ。別府にある各地の【地獄】と呼ばれる温泉を巡るツアーで、別府観光の定番とも言える。

「さて、この後はやはりキャンプを? 」

「ああ、折角の別府ダンジョンだ。作るもん作らないとな。……それに、穂村も大分精神にキテるだろうし 」

「そうか……。【マッスルラヴァーズ】の他のメンバーは事情聴取やらの仕事を任せてしまったからなぁ。食事だけ一緒にして、そのあとで地上まで護衛しそのまま別れて帰宅、というプランで行こうかと思うのだが 」

「あー……泊まってけよ。僕としては、アイツにキャンプを布教したいと思うんだ。人の煩わしさから逃れられるには一番の趣味だから。……だから 」

「なるほど、ならばご一緒しよう。……色気より食い気、色気があっても彼女いない歴と年齢が等号で結びつくお主なら問題ないと思うが、やはり角は立つからな 」

「悪い、助かる 」

「気にするな、歳は離れていても友人なのだ。友を助けるのは、おかしなことではあるまい 」

「借りは返す 」

「不要、むしろ借りを返しているのはこちらの方だ 」

「そっか 」

「そうだとも 」

そう言って、2人は小さく笑った。




 穂村ひかりは、困惑していた。何とか自身を狙う暗殺計画から生き延び、計画も白日のもとに晒され大事となった。それは良いのだが、助けてくれた恩人2人に、キャンプに付き合うよう言われたのだ。因みに、マネージャーの許可は取ってある。いつの間にか言いくるめられていた。何をする気か、と疑ったのも束の間、2人はひかりそっちのけで豚肉と野菜相手にはしゃぎ始め、ひかりの目は点になった。

「さて、今夜のメニューは別府名物の地獄蒸し。温泉の蒸気熱で食材を蒸して食う、別府ならではの料理だ 」

因みに、地上では地獄蒸し体験が出来る場所もあるので、気になる人はチェックすべきである。

「ほう、だがそれはあまりに単純じゃあないかね? 黒鉄シェフ 」

(いつの間にシェフになったんだろう……。というか、岳さんのエプロンのチョイスは何なんだろう……)

ひかりはそう心の中で突っ込む。岳の着るエプロンは、フリルの装飾が付いた花柄エプロンだ。それを40代マッチョの巨漢が着ているのだから、シュール極まりない。

「さて、ここらで穂村さんのツッコミをひとつまみ、と 」

「入れませんよ!? ……ハッ!! 」

響のボケにひかりはうっかり反応してしまった。ひかりのツッコミに2人は満足そうな表情で頷く。

「何で満足そうなんですか!! 弟子の成長を見届けた師匠ですか!? 」

そんな2人に再びのツッコミを放つ。

「さて、続いては食材を切ります。サイズはどうしましょう? 」

響が岳の方をチラリと見ると、岳は真顔で言い放つ。

「まるごとで 」

「…いや雑ゥ!? 」

ひかりはこけそうになるも何とか持ち直し、叫んだ。

「まぁ、テキトーに斬ります 」

「いやさっきの下りの必要性はどこですか?」

「ないですね 」

「ないんかい 」

響の適当宣言からの食材の高速カットにひかりが疑問を呈すると岳がそれを否定し、ひかりは思わず敬語を忘れる。


「さぁて、僕たちのキャンプはこれからだ!!!! 」

「それは打ち切り漫画の最後のコマ!! 」

ひかりの絶叫が轟いた。



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お待たせしました、ようやくキャンプ本番です

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