第8話 白日に晒す
撮影隊の到着、それは響にとっては最悪とも言える状況であった。【マッスルラヴァーズ】は兎も角、多くの参加者は響にとって足手纏いでしかなく、この状況を作り出した敵も紛れ込んでいる。足手纏いを多く抱え、背中を刺されかねない状況でクスリに狂ったモンスター達の相手をするのはやり辛かった。
(仕方ない……キャラじゃないが、探偵役といくか)
響は、冷や汗を拭うと決断した。
「黒鉄殿、一体これはどうなっている? 」
岳が険しい顔で尋ねる。目の前の状況は、誰が見ても異常と分かる様であった。
「ラムネ……魔獣製覚醒剤だよ。誰かが盛りやがったらしい 」
「なっ!? 」
突然出てきた違法薬物の名前に、冒険者たちは動揺する。ざわざわと騒がしくなる参加者達をよそに、響は【月光】を抜いた。
「番組の責任者、出てこい。……出てこないなら、出てくるまで1人ずつ切り捨てる 」
【月光】の刃先を向けて脅す響。
「ちょっとあなた何を!? 」
「……私ですが? 」
女性冒険者の1人が怒りの声をあげるが、1人のスタッフの男が堪らず出てきた。痩せ細り眼鏡をかけた男性だ。ひかりは、岳に何かを告げられてひとつ頷き、自身のリュックに手を入れると、何か作業を行い、すぐに戻す。何かを取り出す様子は見られない。そして岳は、結界用のアイテムを使用してモンスターの攻撃避けの結界を貼る。その光景を横目に、響は話し出す。
「お前、全部知ってただろ? 」
「……なんの話です? 」
とぼける男に、響は衝撃的な一言を放った。
「この仕組まれた、穂村ひかり暗殺計画の全貌だよ 」
「ど、どういうことですか!? 」
ひかりは動揺を露わにする。自分が
「岳に依頼を受けてから、友人に頼んで調べさせたんだよ。……パーティーメンバーに庇われ、1人生還した小規模ギルドの生き残り。年齢的に後がなく、焦りに焦って自滅しかけていたアイドル候補生。不正によって成り上がった企業の社長令嬢。計算高く、数々の男を手玉に取って破滅させたパパ活女に、いつまでたっても日の目を見れない元子役。そして誰も彼も、冒険者資格持ち。なるほど、随分と破滅させやすそうな人間を集めて作られたんだな、ラブ・クルセイダーは 」
「何が言いたい……! 」
「ラブ・クルセイダーの会社は相当な大手だ。一組潰れても、また次の奴らが出てきて、やらかした奴らはアンチスレのネタ程度まで落ちぶれる。実際に、ラブ・クルセイダーが崩壊した直後に、"事件の反省を生かした"一大プロジェクトについて発表されてるしな。どうせ、そのプロジェクトの前座として捨て石にするつもりだったんだろう。『信じていたアイドルに裏切られた可哀想な事務所が、運命的な出会いを果たしたアイドル達と一緒に再び成功を果たす』なんて脚本で成功するつもりだったんだろうな 」
「嘘…… 」
ひかりは既に涙目だが、響は言葉を止めない。
「嘘じゃねぇさ。現に穂村以外の崩し方は楽勝だ。赤の仲間を見捨てた、というのは見方を変えれば正しいし本人も負い目を感じていたからこそ簡単に崩せる。青は、他を崩せば自爆する。緑なんて、内部にスパイでも送り込んで内部告発という体で世間にバラせば終わる。桃色は、人を利用して生きてきたような女だ。都合が悪くなればすぐ逃げる。そして最後に黄色の穂村だ。コイツは都合が悪かった。事務所は青みたいな終わりを期待したんだろうが、それは裏切られちまった。あざと演技をさせて好みを分けるキャラにしたまでは良かったが、そこから不祥事を起こす前に、大誤算が起きた。ドッキリ番組で、真面目で人格者な本性が露呈してしまった。……じゃあ、潰すにはどうするか? 答えは簡単、穂村の出演番組を公開収録、しかもダンジョンでの撮影にしてそこで大きな損害を出せばいいんだ。そして、それを東京からはるか離れた別府の地で、なにかしらの方法で従えたお前らみたいな下衆を使えば、事務所の陰謀説は薄くなる。幸いにも、そんな収録に参加するのはメンバーの連続失脚が起きてもファンでい続けるような連中だ。穂村が万が一生き残っても精神に大きな負担を与えて、アイドルとして再起する道は途絶えさせられる。そして、もし死ねば自分達の工作はバレない。くだらないね。……可哀想なボクちゃん達を裏切った悪女は、その評判を地に落として凄惨に死にましたってか。素人のネット小説ですらもう少し上手く書くだろうよ 」
「むむむ…… 」
汗をダラダラと流し、唸る男に響は冷たい目を向けた。
「何がむむむだ……。どこぞの漫画で見たセリフを、こんなクソみたいな場面で使わせやがって。さて、仕上げだ。テメェらはモンスターの誘導にかかった。ラムネは、裏社会なら一般的に出回ってるクスリだ。金さえ出せば簡単に手に入る。上層のモンスターは、人間にとっては無臭なタイプの通常の撒き餌を使ったんだろ。そして、下層には事前にラムネを置いた。知性より野生が勝つタイプのモンスターなら、落ちてて食えそうなものは大抵食うからな。ヤク漬けにして、中層まで誘導すれば完了だ。だが誤算だったな。【マッスルラヴァーズ】がきな臭い臭いを感じ取って参戦し、おまけに僕まで呼びつけた。そんなことやってるから、テメェらは運に見放されたんだ 」
「待て!! 証拠はあるのか!? 私達が仕組んだ証拠は!?!? 」
男は喚く。
「それは俺の仕事じゃないからな、あるかは知らん 」
「なら!! 」
「まぁ、このダンジョンの出入りやダンジョン内の様子をまともに確認すれば一目瞭然だが、そのクスリの販売ルートを探っても自動で証拠は出てくる。クスリの売人の身元は既に警察にあるからな。それに何より、魔法薬でお前自身の記憶を確認すればいいだけだ。たった一度の使用で1億するが、僕にとっては端金だし、警察的にも逃したくない大スキャンダル、手柄のためにも使うだろうし、ケチるようなら自腹切ってでも使ってやるよ 」
そう言うと、男の表情は一変した。響に憎悪の視線を向ける。
「畜生、ガキが調子に乗りやがって……! ああそうだ! 事務所からの依頼だよ!! アイツを殺さなきゃ、俺はクビになるし、再就職も出来なくなるって、冒険者も続けられないようにするって言われたんだ! 逆に成功すれば良い役職に就けるって!! 仕事を失えば家族は養えない!! 子供たちは生きていけない!! 俺は最初から、やるしかなかったんだよ!!!! 」
その表情に嘘はなかった。この男は、最初から選択肢が無かった。
「……事務所を潰せるかも、と言ったらどうする? 」
響は、そう静かに言った。その表情は、凪いでいる。
「無理だ! 奴らは大量の信者を抱えてる!沢山の企業が奴の手先だ! 潰されるのはこっちだぞ! 」
「できます 」
そう言ったのは、ひかりだった。涙を袖で乱暴に拭うと、強い目に切り替わる。
「ひかり殿に頼んで、配信して貰っていた。MeTubeのアカウントは持っていたようでな。お前の言葉全てが、全世界に放出されていたのだよ。……予想外の結末だったがな 」
そう言う岳の目は、複雑そうだった。男の事情に、責め辛くなったのである。
「今、配信は大きな話題になっています。ネット上でも議論が白熱し、炎上の火は大きくなっています。……あなたのした事は、許されることではありません。でも、同情できるところもありますし、明かさなきゃいけない真実もあります。……どうか、立ち向かう勇気を持ってください 」
ひかりは、そう言って男の手を両手で握る。男の手は次第に震え、その目からは涙が落ちる。
「ああ……温かい…………。俺は……この手を………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 」
男は泣き崩れた。家族のために手を汚そうとした男である。元から、情に厚かった。だからこそ、家族のためとはいえ殺そうとした人間の手の温かさに直接触れたことで、罪悪感が爆発したのである。
「……あとは蛇足であるな 」
「ああ 」
岳と響はそう交わし、結界の部分を見る。薬物に狂い、共食いをするモンスター達は最初よりもかなり数を減らしていた。とはいえ、その分一体あたりの強さがかなり上がっているのだが。
「穂村さん、ちょっといいですか? 」
「あっはい…… 」
突然響に話しかけられ、ひかりは少し驚きながらも応える。
「お願いがあるんですが、参加者達を指揮して防衛戦を欲しいんです 」
「えっ!? 」
「……あの結界は安物の即席結界。もう壊れます。そうすれば出てくるのは、ラムネで理性を失い、共食いで強くなったモンスター達。奴らのうち、下層クラス2体は僕と岳でそれぞれ一体ずつ相手取ります。それ以外の殲滅を、お願いしたいんです 」
「で、でもっ…… 」
「でも、なんですか? 」
「わたしがやります! わたしのせいで、沢山の人達を巻き込みました。……その責任を取らなきゃいけません 」
「それは事務所の? 」
響は、眉を顰める。
「はい。……自分のミスは自分で責任を取る。それは事務所から何度も言われました 」
ひかりの目を一言で表すならば、それは恐怖だ。ひかりとて、挑めば確実に死ぬことくらい分かっている。
(怖い……死にたくない…………でもやらなきゃ)
震える手を強く握りしめ、ひかりはアイドルとしての笑顔を見せた。
「わたし、実はとぉっても強いんです! わたしだけで十分ですよ!! 」
今も映る配信のコメント欄は、阿鼻叫喚だ。ひかりが死のうとしていることに、気がついたのだろう。
「……僕も岳も強いです。アレは少し苦労しますが、倒せない訳じゃない。どちらも既知の鬼型モンスター、動きは人とそう変わらない。僕らは死にませんよ。責任が取りたいっていうなら、この後のご飯食って行ってください。まだ、地獄蒸ししてませんからね 」
「はっはっは! 黒鉄殿、それ私もご一緒してもよろしいか? 」
「無論だ。【マッスルラヴァーズ】全員連れてこい。穂村さん含めて全員に美味い地獄蒸し食わしてやるよ 」
「辞めてください!! 初対面の人の実力なんて、わかんないですよ!!!! わたしの責任なのに、死ぬかもしれない戦いに人を送れなんて言えませんよ!! 」
そう叫ぶひかりに、響は困った顔をする。
「ひかり殿、彼も私も大丈夫です。……それに、勝てない相手でも、私達は戦う道を選んだでしょうな 」
「……どうして、ですか? 」
「私も彼も、歳は違えど同じ " 大人 " だからです。子供を守るために命を賭けるのは、大人として当たり前のことなのです。もしも、気が収まらないのであれば、貴女が大人になった時、子供のために使ってくだされ。そのために、今は命と力を取っておいてくだされ 」
「…………わかり、ました 」
「ははは、推しの泣き顔は見てて辛い。すぐに終わらせて笑顔に変えましょうぞ、黒鉄殿」
岳の言葉に、響は笑った。
「ふふっ。好きだよ、アンタのそういうところ。……そういや、訂正するよ、岳さん。アンタの推し、なかなかいいね 」
「であろう? 」
2人は笑い合うと、壊れかけの結界に向き直る。
「手加減はせんぞぉ!!むぅぅぅぅん!!!! 」
岳が気合いの声を上げると、筋肉が膨張し、気配として感じる魔力がより強くなる。
「全力全開で行くぞ、【黒鉄武者】、展開 」
響の全身を、黒い鎧が包み込む。装甲の合間からのぞくその眼光は、強い光を感じさせる。
2人の気配の強さを感じ取ったか、2体の鬼がそれぞれと向かい合う。元は下層の鬼で、他のモンスターを食らい強さを増した鬼。響の方は金棒を持ち、岳の方は無手。その全身から出る圧力は、ひかりの全身を震え上がらせる。だが、ソレを見れば震えもすぐに治る。
敵と向かい合って立つ2人の背中は、遥かに巨大な鬼にも劣らないほど、大きく見えた
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