第7話 響の拘り、岳の不安

 「えぇい!やぁぁ!! 」

可愛らしい掛け声と共にモンスターに斬りかかるひかりと、その周辺で戦う公開収録の参加者達を、岳は微笑ましく見守る。ひかりの武器は槍、まだまだ荒削りながらも、中層へいける程度の実力はあるようだ。ひかりのランクはCランクなので、Cランクの上から数えた方が早いレベルはあると見ていい。

「団長、そろそろ中層に着きますぜ 」

右頬に十字傷を持つマッスルこと、副団長の剣持が報告を上げる。

「うむ、今のところは問題ないな 」

「しかし、予定外にモンスターが多いです 」

メガネを掛け、知性を感じるマッスルこと、金田は懸念を伝えると、岳はひとつ頷き、ひかりの方へと歩き出した。

 「御免、ひかり殿 」

「はぁい?なんですかぁ!? 」

ぶりっ子テンションのまま連戦したためか、若干疲れているらしい。

「……そろそろ収録が押して参っておりますぞ。制作の意図がなんであれ、このまま雑魚狩りばかりも番組として宜しくないと思われます 」

「で、でも……どうしますかぁ?敵、多いんですけどぉ 」

「お任せを…………ぬぅあああああああああ!! 」

岳は気合いの声と共に、空間を殴りつけた。その瞬間である。その拳の延長線上にいた鬼型モンスター達が、一斉に弾け飛んで空中で灰になったのである。その数、20余り。ただ空間を殴っただけで強烈な衝撃波を放ったのだ。

「うっそぉ…… 」

ひかりも思わず、間抜け顔で素のリアクションを取ってしまう。

「ふぅむ……ナイスマッスル!! 」

岳は満面の笑顔で叫び、ポーズを決める。

「……あっ。す、すごぉい!!お兄さん、かっこいぃ!!!! 」

正気に戻ったひかりは、オーバー気味にリアクションを取るが、その額の冷や汗は隠せていない。Aランク冒険者の強さを実際に見るのは初めてで、カメラの前なのを忘れて思いっきり動揺してしまったのである。

「はっはっは。これでも私は40を越してましてな、お兄さんなどという年頃じゃあないのです。ステータスだけなら強くなりましたが、やはり衰えた。……ほらほらひかり殿、私は雑魚処理に行って参りますので、もっと若いモンを取材してやって下さい。彼らの中から、将来のAランクが生まれるかも知れませんぞ 」

「そっ、そうですね……!行ってきまぁす!! 」

そう笑ってひかりは岳に背を向け、そそくさと走ってゆく。

「ふむ……黒鉄殿に連絡を入れねば 」

そう呟くと、スマホを取り出す。電話を鳴らせば、響は直ぐに出た。

「おお、黒鉄殿。現状の連絡を、と思ってな。今は何をしている? 」

『中層で温泉卵作ってるよ。……今日は、中層で待機してる。下手に下層にいって、モンスターを刺激しても悪いしな。そっちは? 』

「現状は問題なしだ。しかし、少しばかり時間が押してる。……今日はモンスターがやけに多い。撒き餌でも使ったか? 」

『多いのは同意だ。俺の時も多かったな……気にしてなかったが。だが俺は撒き餌は使ってない 』

響の回答に、岳は驚愕で目を見開く。

「つまり…… 」

『このダンジョン、なんかおかしいぞ。……誰かが撒き餌でモンスターを釣ってるのか、それともダンジョン内部の問題か。どちらにせよ、碌なことにならん 』

「では、中止を提言しに行かねば 」

『やめとけ 』

収録の中止を要請しようという岳の考えを、響はあっさりと切り捨てた。

「何故!? 」

『ひかり、だったか? そいつは現状をどうにかしようと仕事を選ばずに足掻いてるんだ。だったら邪魔してやるな。温泉地での公開ロケ、なんて企画に乗るくらいだからな。普通なら、そんな怪しい企画は誰も乗らない。制作側も、演者の安全を考えた構成にするはずだ。なのに、大勢の冒険者を引き連れた状態で中層の温泉まで行き、入るなんて企画。……漫画で見るような展開だ。全年齢向けじゃねぇがな。お前も、薄々勘付いてんだろ。制作側がなんか企んでるって 』

「分かっている。だがそれはなんだ……? 」

『過激なアンチか、もしくは金を握らされた三下か。……どちらにせよ、またイレギュラー相手の戦闘になりそうだな。まぁ、温泉卵の方が済んだら俺もそっち行くよ 』

「すまぬ 」

『別に……じゃあ切るぞ 』

「ああ…… 」

そう交わして、岳は電話を切った。碌でもない未来が想像できてしまい、憂鬱な気分になる。


 岳は地を蹴った。【レッド・オーガ】の群れに突っ込むと、鍛えられた巨体に跳ね飛ばされた【レッド・オーガ】が、紙屑のように吹き飛ばされては消えていく。さらに、すれ違いざまに殴り飛ばされ、消えてゆくものもいた。【筋肉戦車】や【筋肉超合金】といった渾名を付けられるほどの男である。パワー勝負の肉弾戦は、岳の得意分野であった。そんな岳に続くような突撃したのは【マッスル・ラヴァーズ】のメンバー5人。副団長の剣持は大剣使い。全身ほどの大剣を軽々と操り、敵を吹き飛ばす。メガネの金田は徒手空拳だが、岳と比べてパワーではなく武術による戦法であった。あくまでマッスルは飾りである。続く北斗は、グレネードランチャーの二丁持ち。両肩にかつぎ、爆発と共に敵を灰に変えてゆく。村田は、ハンマー使い。巨大なハンマーを軽々と振り回し、嵐の如く敵を蹂躙する。最後に、藤森。紅一点である彼女の強弓から放たれる矢はミサイルの如く飛び、敵の頭ごと吹き飛ばす。

「す、すげぇ…… 」

誰かのつぶやきが、その場の総意を表していた。見た目のインパクトとその強さで、主役であるひかりすら食いかねないほどの撮れ高を生み出していた。

「(不味い……このままじゃあ私の見せ場がない)【マッスルラヴァーズ】の皆さん、助かりましたぁ! さぁ、続いて中層行きますので、皆さんご無理はなさらずに付いてきて下さいねぇ! 中層に入ったら、お昼休憩取ります!! 」

ひかりはそう声を張り上げ、撮影隊は中層へ続く階段を降り始めた。


 「ふむ……これは美味い 」

一方の響。こちらは、とても呑気である。温泉から上がり、温泉卵の茹で具合を探究していた。今回使用する調味料は、塩とマヨネーズだ。最初は固茹で。しっかりと熱が通っており、食べ応えもある。ただし、口の中の水分が奪われるので、水分の用意は必須である。塩をかけると塩味が良いスパイスとなり美味であるが、マヨネーズだと味わいのコクが深まる。好み次第の話ではあるが、響はどちらかといえばマヨネーズ派だった。続いて、半熟を作る。時間調節は、普通のゆで卵の半熟と同じようなものだ。3個ほどの固茹でを余計に作ってしまったが、美味しく食べたので問題外である。半熟の卵は、白身部分は固茹でと同じようなものだが、齧った時に黄身がとろりと口の中で溶け出し、濃厚な味わいが楽しめる。最後に、本格的な温泉卵を頂く。これは、白身もとろりとしている。この温泉卵を食べる上での響的ベストは、どんぶりだ。そろそろ中層に降りてくるであろうし、時間的にもちょうど良い頃だろう。

 レシピは簡単。スーパーで買った豚肉とキムチを炒め、豚キムチを作る。それを炊いたご飯に乗せて、更にその上から温泉卵をかけるのだ。それにより、豚キムチの辛味が卵によってマイルドになりつつ、卵のコクが加わる。

「いただきます 」

まずは、卵を崩さずにひとくち。すると、豚肉の味わいとキムチの辛味が合わさり、下のご飯がよく進む味になる。しかし、楽しみはここからだ。頂上の温泉卵の黄身を割り、全体と混ぜ合わせる。

「いざ……。うん、これだよこれ 」

思わず、表情が緩む。予想通りであり、期待を裏切らない美味しさに何度も頷く。卵無しも良いが、卵が加わるとまた良い。今回響は二口目には卵を割ったが、中盤くらいまで残しておけば、卵無しの味をそれなりに楽しんだ後での味変も可能だ。

「さぁて、食べますか 」

響の箸は、止まらない。


 「さぁて、お昼休憩も終わりましたし、行きますよぉ!! 」

ひかりの号令で、一行は歩き出す。本来はすぐに出てくる鬼型モンスターが、不思議と数が少ない。

「あれ……少ない? 」

誰かの呟きに、岳は冷や汗をかいた。

(……何処かへ誘導された?いや待て、上層は上層クラスのモンスターが密集していた。使われているとしたら、裏社会で流通している撒き餌だ。人間には無味無臭で、モンスターが反応する匂いを発する撒き餌。だが、それなら何故中層では来ない……?)

「穂村さん、もしかしたら中層はあまり居ないかもしれません 」

スタッフの1人が、ひかりに話しかける。岳は、そのスタッフの顔を横目で見て、警戒を強める。

「え……どういうことですか? 」

小声で確認を取る。

「撮影隊が入る直前に、Aランク冒険者の方が入っているようでして…… 」

「ってことは、その人が潰しちゃったってこと? 」

「……どうしましょう 」

「じゃあ、下層付近まで近づきましょう。どうせ、目的地へはこのまま進む訳ですし 」

「そうですね。……はぁい、みなさんちゅうもーく!!これから、みんなで下層への階段近くまで行きまぁす! 戦闘シーンをかっこよーく撮ってから、温泉の撮影に入ります!よろしくお願いしまーす!! 」

ひかりの言葉に、冒険者達は気合を入れて立ち上がる。推しの激励は、ファンにとっての活力剤だった。

「さて、我らも行くぞ。……スタッフへの警戒は無理にするな。勘づかれたら厄介だぞ 」

岳も、周囲に聞こえないように指示を出す。メンバーはそれに頷くと、動き出した集団に着いて歩き出した。


 「なるほどね……やりやがったな、あの野郎共 」

響は、そう呟いて苦い顔をする。下層に続く階段付近。そこは、地獄だった。場を埋め尽くすほどのモンスターが、ひしめき合っていたのだ。そして、何体か下層クラスが混じっている。そしてどれも、虚な目をしていた。階段こそ存在するが、層と層の合間の空間は隔絶されており、層を跨いで出てくることはそうそうない。階段は未知の世界への入り口だからだ。本来モンスターも近づかぬ階段を登らせるにはどうすればいいか。それは、落ちていたタブレットのようなもののカケラにある。

「撒き餌か……それも、裏社会で蔓延してる麻薬タイプのやつだ 」

通称、ラムネ。人間社会で言うなら覚醒剤に近いだろうか。ダンジョン内で取れた素材から生成される、強力な麻薬。強烈な多幸感と依存性を持つ。

「誰かが食わせて依存させ、その上で階段にばら撒いたんだ。クスリに侵された下層のヤツらが登ってくるように 」

誤算だった。呑気にバカンスを楽しんでいたが、事は想定外に大きかった。


そして最悪のタイミングで、撮影隊が追いついた。

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