大分県: 紅蓮温泉郷 地獄釜

第6話 不穏なはじまり

 現役アイドル、穂村ひかりは憂鬱な様子で窓の外を眺める。ひかりが乗っているのは、大分空港へ向かう飛行機。東京でアイドルをしているひかりが遠い九州の、大分県にまで行くことになったのは、単に仕事だ。" ラブ・クルセイダー " というグループ名の、現役冒険者のみで構成された5人組アイドル。戦隊ものをイメージしたグループだが、冒険者アイドルなど飽きるほどいる時代だ。デビューしてもそうそう上手くはいかなかった。おまけに、ようやくヒットしたと思ったらメンバーの不祥事が発覚して大炎上、無実のひかりにまでとばっちりの被害が及ぶ事態に発展したのである。そんなひかりが向かうのは、別府ダンジョン。通称、【紅蓮温泉郷 地獄釜】と呼ばれるダンジョンは文字通りの有名な温泉地だった。そこに17歳の現役JKアイドルを呼ぶ、ということはつまりそういうことである。企画書にも、温泉に入るシーンがあると書かれていた。不満はある、だが仕事は選べない。その葛藤を抱えて、ひかりは窓の外を悲しげな表情で眺めた。


「" ラブ・クルセイダー "ひかり出演の公開収録、ねぇ…… 」

黒鉄響は、無感動に呟いた。

「感動が足らんぞ黒鉄殿……ッ!せっかく、推しが近くで見られるというのに!! 」

不満げに叫ぶのは、スキンヘッドに服がはち切れんばかりの筋肉を持つ男、その名も岳山人がくやまと

「うるせぇ、てめぇの趣味なんぞ知ったことじゃない。邪魔はしないから勝手に推してろよ 」

響としては、他人の推しなどどうでも良かった。

「なんと無礼な!ひかり殿を見て萌えぬとは、美的感覚を疑うぞ!! 」

「可愛いとは思うけどさ、僕はアイドルに興味ないんだよ 」

「……取り付く島もない、か。では正式に依頼するとしよう 」

「は……? 」

「公開収録におけるひかり殿の護衛、これを手伝ってほしい 」

「なんでだよ。アンタAランクだろうが。それにギルドも運営してるし、そっちで募集しろよ 」

岳山人は、マッチョ6人で構成された【マッスルラヴァーズ】というギルドのギルドマスターであった。全員がBランク以上という、少数精鋭型ギルドで、見た目こそヘンテコだが実力は確かであった。しかし、普段は東京を本拠地とする彼らが遠い福岡まで出向いてきたのには、推しの収録が関わっているらしい。

「そちらは当たった。君は保険だとも。公開収録の様子は生放送される故、いつものようなキャンプしつつこちらの様子を伺い、イレギュラーなどがあった場合の加勢を頼みたいのだ。……そしてそれは、アイドルに詳しくないお主だから相応しい 」

「へぇ…… 」

響は、半ば適当に返事を返す。

「 "ラブ・クルセイダー " は5人組のアイドルグループで、個人個人に色が分かられている。赤の茜、青のあおい、緑の蓮華、ピンクの桃香、そして黄色のひかり。その内、茜が過去にモンスターを他の冒険者に押し付けて見殺しにした、とタレコミがあり炎上し引退、あおいは大物芸能人や番組制作スタッフに対する度重なる無礼が原因で嫌われ、業界から干された。しかも最近は、SNSでの過激発言を繰り返して炎上を繰り返しているので再起は困難だ。緑の蓮華は親が運営する会社が脱税しておったらしく、引退。桃香は、グループに見切りを付けてさっさと引退。結果として、ひかり殿だけが取り残された。運が悪いことに、ひかり殿はグループ内であざと可愛いキャラでやって来た。キャラ作りとはいえ、腹黒のように見せる演出さえあった。故に、口に出すのも憚られるような様々な疑惑を掛けられている。今回の収録は思惑こそ透けて見えるが、そんなひかり殿にとって逃げられぬ仕事であり、ひかり殿を害そうとする輩にとっては大チャンス。私達と見学者だけでは手が回らないかも知れぬため、スタンバっていて欲しいのである 」

思ったよりも真面目な理由である。響は、キャンプの導入でなんでこう暗くなるのか、と顔を顰める。せめてほのぼの時空にならないものかと思うが、ダンジョンなどという理不尽の塊が存在するような現実は、非情であり理不尽である。


 閑話休題


 「特に何も無ければ、普通に別府ダンジョンで温泉付きキャンプを楽しんでくれればいい。有事の際に、手を貸して貰うだけだ。ちゃんと報酬も支払う 」

岳の説得に響は少しだけ惹かれたのか、腕組みして唸る。

「でもなぁ、もし映ったらどうするんだ?僕は嫌だぞ 」

「最悪、【黒鉄武者】があるだろう。外部から魔力を供給さえすれば、そこそこ持つだろうしな。お主の私生活に悪影響があれば、追加報酬から裁判まで、きっちり落とし前はつける。……それに、人の命には変えられんだろう 」

「……はぁ 」

「なんだかんだで受けてくれる所は君の美徳だぞ黒鉄殿 」

岳が肩に手を乗せてきたので、軽く振り払った。岳は少し落ち込んでいた。



「来たな、黒鉄殿!! 」

岳が大声で呼びかけ、岳のギルドメンバーが一斉にポーズを決める。

「「「「「「マッスル!!」」」」」」

「……五月蝿い 」

響は、不機嫌を隠さずに呟いた。

「済まんな、こんなことで呼び出して。我らは撮影隊と共に進むが、先に行っていて良いぞ。……コレは差し入れだ 」

そう言って差し出したのは、大量の豚肉。

「これは…… 」

「大分県内のダンジョンに寄って、その下層で採ってきた。ダンジョン料理の探究者たるお主にはピッタリの差し入れであろう? 」

「気が利くな、助かる 」

響はにやりと笑う。響の脳内では、既に夕飯のメニューが構築されている。

「ここに居るのは収録待ちか? 」

「その通りだ。ファンからマスコミまで、沢山おるな 」

「ダンジョン内まで着いていくやつもいれば、野次馬もいるか 」

「悪い話題で目立ってしまったからな。仕方あるまい 」

岳は眉を下げる。それに対して、響はため息をひとつ。

「じゃ、先に行ってるよ 」

「武運を祈る 」

「互いにな 」

話題を切るように宣言すると、岳と響はガッシリと握手を交わし、響は1人ダンジョンへと歩いて行った。


 グツグツ、グラグラ。そんな音が聞こえてくる程に煮えたぎった湯があちこちの窪みに溜まり、湯気を出している。その光景は、溜まっているのが湯でなくマグマだったならば、火山と表現しただろう。湿気を多量に含んだ熱気が、響の肌を撫でる。

「《氷の精霊、スカジに願う 我が肉体を冷やしたまえ 我は燃ゆる災厄に向かう者なり スカジの加護スカジ・ブレスン》」

詠唱を行うと響の体を青白いオーラが纏い、暑さが一気に引いてゆく。

「……さて、テント立てる場所、探しに行くか 」

目の前に立ちはだかる、鬼の姿をしたモンスター達を平然と見つめつつ、腰の【月光】を抜いた。



 「ファンの皆さぁん!みんなのアイドル、穂村ひかりでぇっす!今日は来てくれて、ありがとうございまぁす!! 」

全身をいっぱいに使って、媚びる姿勢を見せる。すると周囲のファンから歓声が上がり、野次馬から罵声が飛び、記者らしき人達が場も気にせず質問を投げつける。嫌になるような光景だが、妙にインパクトのあるマッチョ6人組がポーズを連続で決めているのがツボに入りかけ、それがせめてもの救いであった。カメラの前では、苦しい現実があっても本性の真面目さが世間にバレていてもそういう態度を続けるのは、プロ意識によるものか、戻れないグループへの執着か。

「今日はぁ、大分県の別府ダンジョン。【紅蓮温泉郷 地獄釜】!! 中層にあるという温泉を目指してぇ、攻略を頑張っていきまぁす!! 」

精一杯に強がって、あざとい笑顔を振り撒く。矢のように飛んでくる罵声には、全力で聞こえないフリをした。

「さぁて、一緒に来てくれる何人かに聞いてみようかなぁ ……そこの筋肉が眩しいお兄さん! 」

「んなにぃ!? 私かね?? 」

岳は、キラキラとしたエフェクトを撒き散らせながら反応する。

「(濃い人だなぁ……)お兄さん、今日はどちらから? 」

「東京からですぞ!我らギルド、【マッスルラヴァーズ】総勢6名、皆で参りました 」

「えぇ!?すごぉい、ありがとうございまーす!! 」

ひかりが大袈裟に反応すると、岳は照れたように笑い、頭の後ろを掻く。

「こう見えて我ら、AランクとBランクしかおりませぬ故、ひかり殿の護衛はお任せくだされ。色々と事情はありますからな 」

そう言って、野次馬をジロリと睨みつける。

「(【マッスルラヴァーズ】なんて……ほ、本当に凄い人来た……)おおっ!?頼れるなぁ!!お願いしても良いですかぁ!? 」

「勿論ですとも!!!! 」

岳はチラリとメンバーと目線を交わし、一斉にポージングを行う。視界いっぱいに広がる筋肉の塊は、暑苦しさを感じる。

「あはは……ありがとうございまぁす。さて、次の方へいきましょうか 」

あまりの癖の強さに苦笑いを浮かべながら、進行を続けた。


「いやぁ……いい湯 」

カポーン、という音がどこかから聞こえてくる気がした。中層の一角で見つけた温泉、そこを囲うように結界を張り、温泉の側にテントを張り終えると、早速温泉に浸かる。油屋熊八という人物が、過去に " 山は富士 海は瀬戸内 湯は別府 " という言葉を残しているが、他の著名な温泉地にも劣らぬ良質な温泉である。このダンジョンは、比較的人が多くレジャー目的で利用するダンジョンなので、実力のある響は上層の温泉を確保することを遠慮し、中層に来たのである。ちなみに、この温泉は混浴のため、水着の着用が必須であった。

 「こんなこともあろうかと…… 」

そう言って取り出したのは、ネットとその中に入れられたタマゴ。この男、なんと仕事の傍らで温泉玉子を作る気であった。しかも、入る用の温泉とは別に、小さな湯溜まりを確保しているため、場所もある。

「大抵のモンスターじゃあの筋肉ダルマには勝てない。どうせ、僕の仕事なんてないさ 」

響はそう楽観的に呟く。しかし、それは人がフラグと呼ぶものであった。



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ある程度pvが付くようなので、需要が少しはあると判断し、続きを書くことにしました。宜しくお願いします

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