第5話 福岡県: 海の中道ダンジョン 〜エピローグ〜
雑炊、その作り方は簡単だ。鍋の残ったスープに、白飯を入れる。そして解いたタマゴを入れ、煮込む。これさえすれば、至高の〆など簡単に出来てしまう。今回、響はわざと少しだけ具材を残した。【アラヤマ】は火を通し過ぎると固くなってしまうので、全て食べてしまったのだが、こんな事もあろうかと、響は霜降り作業をした【アラヤマ】の一部を、鍋に入れずに取っていた。その分も投入して一緒に煮込むと、この鍋の〆に相応しい特製雑炊が出来上がる。
「……さぁ、行くぞ 」
お玉で全員の器によそい、息を吹きかけてから口に入れる。
「はふっ、はふっ……! 」
熱い。覚悟していたし、ある程度冷ましたつもりだったが、それでも熱い。焼けるような熱さが口いっぱいに広がり、思わずエサを求めるコイのように口をパクパクと動かす。だがしかし、慣れてくるとこれがまた美味い。スープを吸って味わい深くなった米、既に煮込まれ柔らかくなった野菜、新規投入された【アラヤマ】、そして濃厚なタマゴ。それらが、混ざり合い、あの美味な鍋が新たな姿で復活した。その香りは、鍋本体で満たった筈の腹を再び空かせ、食欲のエンジンを全開にする。急いで食べれば口の中に熱さが広がると分かっている筈なのに、それでも手は止まらない。
「あふっ、あふい……はふっ、はふっ、はふっ 」
語彙力が更に溶けた。しかし、そんなことは気にならなかった。誰も彼もが、笑顔だった。【アラヤマ】鍋だろうがなんだろうが、人と囲む鍋というものは総じて暖かいものである。例えそこに会話が無くても、具材の争奪戦になったとしても、鍋という料理は、人の心と体を芯から温めてくれる。
「ん……? 」
響が鍋を覗くと、もう雑炊は残って居なかった。いつの間にか、腹も満たっている。皆夢中になって食べるあまり、残量に気づかなかったのだろう。途中で草刈と赤間がリタイアしたものの、結局は男4人の腹に収まりきってしまった。
「ご馳走様でした 」
「ご馳走さまでした!! 」
「ご馳走さまでした…… 」
上から、蔵元、日岡、東野の順である。
「お粗末さまでした。……さて、さっさと片付けますかね 」
「ああ、私やります 」
「あっ、頼めます? 」
「お任せください!ここは魔法使いの出番ですよ 」
「助かります 」
響が立ちあがろうとすると、赤間はそれを手で制した。そして食べ終わった食器類に向けて、手をかざす。
「《ウォッシュ・フレッシュ》」
呪文が唱えられると、赤間の手から青白いオーラが噴出する。白い泡が生み出されると、食器の汚れを掻き取り、続いて生み出される水に流され清潔になってゆく。そして、最後には綺麗に乾かされて終了だ。生活系の魔法は、ふとした日常で役に立つものが多く、とても便利なのである。響も習得しているが、【黒鉄武者】に食いつぶされて魔力を一気に消耗している以上は任せられるところは任せた方が良いのである。
◇
『ありがとうございました!! 』
5人は、揃って深々と頭を下げる。時間は既に夜、1日のほとんどをイレギュラー発生に関する事情聴取やら、現場検証やら、修復に伴う周囲の掃除やらで潰されてしまった。アラヤマ鍋は食べれたので、それに関しては満足だ。
「気をつけて 。またご縁が有ればまた会いましょう 」
響は、そう言って笑う。トラブルでドタバタしたが、なんだかんだ気持ちの良い人達であった。彼らひとりひとりと握手を交わすと、5人はダンジョンの出口に繋がる階段を登って行く。響は、その姿が見えなくなるまで見送ると、直ぐにテントに向かって踵を返す。
瞬間、地面が爆ぜた。響は、魔力を纏って一気に加速し、すぐにトップスピードに乗る。上層のモンスターですら、今は相手にしたく無かった。
「キィィェェェェ 」
「………… 」
襲おうとした敵を撥ね飛ばし、轢き殺し、斬り殺す。ドロップアイテムは走りながら回収し、そのまま結界の中へと帰って行く。その様子を、多くのモンスターは呆気にとられて見ていた。
◇
パチリ、パチリと炎の弾ける音がする。アラヤマ鍋のために起こした焚き火は、響の顔を暖かなオレンジ色に染める。
「……そろそろか 」
そう呟くと、地面に突き刺した棒を引き抜く。その先に付いているのは、キャンプの定番であるマシュマロだ。更に、キャンプ用ケトルで沸かしたお湯でコーヒーを淹れると、折り畳み先の椅子を広げて座る。しかし、リラックスの用意は、これだけではない。
「《伺う心は誰の為 欲深き眼の奥に 照る真実は何を映す
家の天井に、魔法を掛ける。これこそが、このダンジョンでの楽しみのひとつなのだ。この魔法の効果は、無機物の奥を透視すること。この魔法をテントが張られた建物に放つと、天井が透けて、ダンジョンの広がる世界を外よりも安全に見ることが出来るのだ。
月の光のような淡い輝きが、海中のような世界を優しく照らし出す。その光を受けた、小さな魚がその体で光を反射し、キラキラと輝く。魚人や人魚も体の鱗を煌めかせながら、踊るように泳ぐ。大きな魚が悠々と泳ぎ、それに付き従う小さな魚が泳いでゆく。クラゲのようなモンスターがふわりふわりと空中を漂い、中型魚が駆けるように泳ぎ去る。魚達の体の煌めきは星空のようで、舞い泳ぐシルエットはまるで響を天国にいるかのように錯覚させる。
「……あちっ 」
齧ったマシュマロが蕩けて、熱さを認識するとほぼ同時に、とろりとした甘さが響の口の中に広がった。マシュマロは焼くことで甘さが増すらしく、その為響は焼きマシュマロの際、必ずブラックコーヒーを淹れるようにしていた。
「…んっ、んっ 」
コーヒーを飲むと、その強い苦味がマシュマロの強い甘さを中和して、口の中の調和を保つ。コーヒーを口に入れたら、次はマシュマロだ。今度は、クラッカーを取り出した。クラッカーでマシュマロを挟み、そのまま口に投入する。
「ん……んんっ。ん、美味い 」
マシュマロの甘みに、クラッカーの塩気が合わさって、凄まじいコンボを生み出す。そしてそこに投入されるコーヒー。どれもこれも、アラヤマ鍋のような超高級食材など使っていない。精々、コーヒーの豆をほんの少し拘っているだけだ。少なくとも、マシュマロとクラッカーはその辺のスーパーで買えるような普通の商品、それでも、ダンジョンキャンプで食べると、その味はまた別格であった。
「……生きてて良かったぁ 」
響は、そう漏らす。このほんの小さな幸せが、響にとっての宝物だった。例えそれが、恵まれた人間の特権と言われようとも。響にとっては、ダンジョンキャンプを通じて広い世界に出て、その中で1人過ごす静かな時間こそが生きていると実感できる、何よりも大切な瞬間だったのである。
「んんっ…… 」
コーヒーを、一気に流し込む。苦くも、美味いその味は響の頭を冴えさせる。
(明日帰ったら、次は何処へ行こうか……)
そう考えて、響はひとり笑った。
「はははっ、あーあ。……僕も大概、キャンプ馬鹿だよ 」
まだキャンプ中にも関わらず、既に次に行く所を考えていた。響は20歳、専業冒険者。成人しており既にアイテム換金が可能な為、かなりの額を稼いでいる。つまり、九州内や福岡内だけに留まらず、その気になれば海外のダンジョンに潜ってのキャンプが出来るということだ。ダンジョンキャンプは、危険性からそれを趣味とする人数こそ少ないがジャンルとして一応存在するレジャーである。響はキャンプにより得られた情報は思い出として持ち帰り、偶に上げても国に渡す程度であるが、ブログやMeTube配信などでダンジョンキャンプを周知させる活動を行っている者も居る。きっと、許可さえ取れれば、色々なダンジョンに行け、そこでキャンプができると思えば、この先の未来が楽しみになってくる。
「おっ、あれはサメか。シロワニっぽいな 」
空中を、大きなサメ型モンスターが横切った。その姿は威風堂々としていて、上層のモンスターにしては強力な魔力を所持している。夜になれば、モンスターの活動も比較的穏やかになる。その為、空を見上げるとそこはまるで水族館。普段の殺伐とした姿は、嘘のように見られない。この光景を、誰かと共有したいとは思わない。この孤独を、無くしたいとは思わない。ダンジョンという神秘の世界に取り残されて、1人でその世界の姿を見つめ、それを楽しむ。そうすると、世界とより向き合える。この理不尽な世界で、黒鉄響という男は、そうやって世界を生きているのである。
「……んっ 」
残ったコーヒーを、一気に飲み干す。その味は、香ばしくて深い、そんな味だった。
◇
「さぁて、帰りも安全運転 」
1日ぶりに、愛車のエンジンを唸らせる。元気いっぱいに響くエンジン音が、響の帰り道を冒険へと塗り替える。
「何処へ行こうか 」
帰り道、何処かへ寄り道するのもいいだろう。何処へ行こうか、何を見ようか、何を食べようか。考えるだけで弾む鼓動が、響に前へ進めと伝えてくる。
「ま、いっか。適当に帰りながら何処か寄ってこ…… 」
そう言って、ヘルメットの内側で響は1人笑うと、ハンドルをぎゅっと握りしめた。
(何処へ行ったって楽しいさ。だってこの世界は、こんなにも広いんだから )
響を乗せたバイクは、ゆっくりと走り出した。その道を祝福するような虹もなく、素晴らしいほどに晴れた空でもなかったけれど、響の心は、何処までも晴れ渡っていた。
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読んで頂きありがとうございました! 少々短いですが、海の中道編は完結です。今後の反応次第では、このまま短編として完結させるかもしれませんし、長編として書くかもしれませんが、続きを書く場合はまた読んで頂けると幸いです
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