第4話 決着、そしてアラヤマ鍋
するり、と動く姿はまるで獲物を狙う蛇のようであった。拳を叩きつけた【ハンマーヘッド・ジェネラル】の体をすり抜けるように動く黒い武者は、まるで流れるような足捌きで拳の連打を回避する。
「ハァ!! 」
響の放った斬り下ろしと敵の拳がぶつかり、拳の表面から血が迸る。
「ガァァァァァ!!ヌゥゥゥゥン!!!! 」
「……ッ! 」
ジェネラルは怒りの声をあげ、回し蹴りを放つ。まともに食らった響は、民家の壁に叩きつけられる。
「黒鉄さん!! 」
日岡達は一瞬、響の死という最悪を覚悟した。しかし次の瞬間には、絶望が希望に変わる。もうもうと立ち込める土煙を切り裂いて、響は一直線の流星と化した。
「オオオオオオ!! 」
魔力を全身に纏い加速、放たれた突きは敵の反応速度を超えて、その脇腹に風穴を空けた。
「グゥゥゥゥゥゥゥ!! 」
脇腹への激しい痛みに顔を歪めながらも、敵はその戦意を絶やさない。これこそが上層の魚人モンスターとの最大の違い。ハンマーヘッド系列魚人の
「ガァァァ!! 」
「……ッ!! 」
ジェネラルの放つ拳が無人の地面を抉り、その腕の上を響は走り出す。
「グゥ!ゴォォォォォォォ!!!! 」
ジェネラルは腕を勢いよく振って響を跳ね飛ばし、どうにかトドメは回避する。しかし安心したのも束の間、登られていた腕に切り傷が無数に現れ、鮮血が勢いよく噴き出した。
「まさか……あの数秒であれだけ!? 」
赤間が驚愕の声をあげる。未だCランクの赤間の目には、斬った瞬間すらまともに見えておらず、せいぜい光が幾つも迸った程度であった。
「ふんっ……! 」
響は、【月光】を気合いと共に思い切り投擲する。
「ガァァァ! 」
対するジェネラルは、瓦礫を連続で投擲して速度を僅かに緩めると、拳で側面を叩き、はたき落とす。激しい衝撃が【月光】を襲うも、事前に強化されていたのか、折れることはなく、ただ地面に落下する。
「やるな、だけどそれは囮だよ 」
背後からそんな声が聞こえ、ジェネラルは思わず背後に視線を向ける。
「ハァァァァ!!!! 」
【黒鉄武者】によって大幅に強化された蹴りが、ジェネラルの鼻っ柱に直撃した。ジェネラルは悲鳴をあげながら、建物を3つほど巻き込んで吹き飛ばされ、瓦礫の中に埋もれる。
「ヌゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!! 」
ジェネラルは、それでも立ち上がった。瓦礫を弾き飛ばし、身体中を血塗れにしながら、それでも強気に響を睨みつけていた。
「恨むな、なんて言わねぇさ。恨めよ、お前らにはその資格がある。……でも、俺の守りたい命は、俺にとってのお前より、ずっと重いんだよ!! 」
響は、ここで決着を付けることを決意した。
「ガァァァァァァァァァァァァ!!!! 」
「ハァァァァァァァァァァァァ!!!! 」
ジェネラルは拳を、響は拾い上げた【月光】を構え、ほぼ同時に突進する。
「ガァァァァァァァァァ!!!!!! 」
「我流……、【五月雨】!! 」
放たれた拳撃の嵐を迎え撃つように、響も技を放つ。それは五月雨のように激しい斬撃となってそれを迎え撃つ。
「ハァァァァァァァ!! 」
【アラヤマ】との戦い、そしてジェネラルとの戦いの連戦で消耗した響と響の攻撃で消耗したジェネラル。それだけなら、あと少し決着を先延ばしにできた。しかし、ジェネラルにはひとつの誤算があった。それは、日岡のパーティーに粘られたこと。僅かながらも傷を負い、体力を消耗した。ジェネラルにとって、本気で殺そうとすれば殺せた弱者達だった。ジェネラルは、その弱者に足を掬われた。
響の斬撃が、少しずつ押してゆく。ジェネラルの体からは新たな血が噴き出し、ジェネラルの表情は苦悶に歪む。踏みとどまっていたジェネラルの足が、僅かに後ろに引き摺られた。
「これで、終わり、だァァァ!! 」
響の叫びが轟いた瞬間、天秤が一気に傾いた。両の腕がズタズタになり、体中に斬撃の雨を受ける。
「グァァァァァァァ!!!! 」
激しい断末魔と共に斬撃に飲み込まれ、【ハンマーヘッド・ジェネラル】はその全身を灰へと変えた。
◇
『あのなぁ……… 』
スマホからそんな男の呆れた声が聞こえ、響は思わず不満げな表情を浮かべる。
「神崎警部、いいじゃないですか。僕ちゃんと倒しましたし。それに、穴空けたの別の冒険者ですし 」
連絡を受けた男--警視庁の神崎裕二警部は思わず頭を抱えた。中級程度の冒険者が上級魔法に挑戦して暴発させ、ダンジョンの床に穴を開けた。それを知らない響が【アラヤマ】との決戦を開始し、その余波から逃れようとしたジェネラルがその穴を通って中層に出てきた、というのが今回の経緯だった。そして【アラヤマ】を狙った理由が、料理目的と知って、神崎は胃が痛くなるのを感じた。世界中そうだが、SランクやAランクは戦闘力が高すぎて国の力づくでは制御しきれない部分が多いので、基本的には担当者を用意し、媚諂いなどを利用した懐柔策が取られている。その結果、冒険者のやらかしの結果は、担当者への嫌味や八つ当たりとなって帰ってくる。今回のイレギュラー発生の間接的要因になってしまったことで、周りのやっかみは避けられないだろう。
『はぁ……胃が痛い 』
「お疲れ様です、なんなら斬ってきましょうか? 」
『馬鹿野郎殺人罪だぞ 』
「ははっ、冗談ですよ 」
『冗談に聞こえねぇなオイ 』
「えぇ、酷いですよ。……で、穴開けた馬鹿は? 」
『こっちで捕まえた。火傷くらいしかしてねぇ。まぁ、故意じゃなかったから、謹慎とかそんくらいだろ。まぁソイツ、ギルド【銀狼】に所属してるからそっち方面で何かしらの処罰が下るだろうさ 』
ギルド、とは冒険者達が結成したチームであり、会社のようなものである。【銀狼】というギルドは、その中でも200人以上のメンバーを抱える大規模ギルドであった。
「ああ、【銀狼】。あそこはどいつもこいつも思慮が浅いですからね。……んじゃ、【アラヤマ】の身の一部を迷惑料として送りますよ 」
『要らねぇよ、お前が命懸けで取ったんだろう? 』
「そういうとこ、ホント好きですよ。まぁ、勝手に送りますんで食ってください 」
『俺はそういう趣味はねぇな。まぁ、貰えるんなら家族で頂くよ。……とにかく、無事で良かった。じゃあな、また何かあれば連絡するよ 』
「どーも 」
そう挨拶を交わし、プツリと電話は切れる。Aランクにもなると、ああやって対等に接してくれる大人というものは、少なくなる。打算まみれの大人に囲まれ、うんざりする程の孤独感と人間の悪意を味わうことになる。だから、響は比較的幸運だった。神崎裕二という男は、響を兵器としても、化け物としても、救世主としても見ていなかった。響をただ、1人の人間として見ていた。響にとってそれは、まさしく救いであったのである。
◇
「すみません、僕が下層で暴れたばかりに 」
上層にある響のキャンプ地に案内し、響が頭を下げるも、日岡は笑って首を横に振った。
「いやいや、こちらこそスミマセン!俺たちが弱いせいで助けて貰っちゃって…… 」
「いえ、でもそれは…… 」
「それ以上は泥沼なんで辞めた方がいいですよ 」
謝罪合戦の気配を察知したのか、東野が仲裁に入る。
「今日の私たち、運が悪かったね。今おみくじ引いたらきっと大凶だわ 」
「あら、黒鉄さんと出会えた事とか、助かったこともあわせれば多分末吉くらいまであがるはずよ 」
草刈と赤間が笑いながらそう言うと、蔵元が大笑いして傷の痛みに悶える。
「……そうですか。じゃあ、詫びがわりとして、下層で狩った【アラヤマ】、一部をここでご馳走しますよ。クエ鍋です! 」
ポーチから取り出した鍋を赤間に頼んで魔法で拡張して貰うと、【アラヤマ】のアラ(魚を3枚におろし、身を取った後の背骨周辺である中落ち、頭や骨の周)と昆布を使って出汁を取る。昆布は、以前北海道のダンジョンで究極に美味いカニを探した際に手に入れた、ダンジョン産のものだ。鍋に火をかけ、30分は待つ必要がある。続いて、【アラヤマ】の身に、まずは熱湯を掛ける。これは霜降り、と呼ばれる作業で余計な脂や血合い、ぬめりなどを落とす作業だ。それが終わると今度は野菜、Aランク冒険者の身体能力をフル活用し、高速で食べやすい大きさに切る。Aランク冒険者の知り合いに、時間を操る魔法使いが居たため、まとめて魔法で保存して貰った食材がポーチの中に業務用スーパーレベルで大量にある。ポーチに手を入れ、整理されたポーチ内の空間に希望の野菜を検索にかけ、取り寄せることで、突然の賓客に対して料理を振る舞うことも可能である。ちなみに、日岡達は小さなポーチから食材やら調理道具やらが次々に出てくるのを見て、目を白黒させていた。
続いて用意したのは炊飯器と米。1人なら情緒を気にして飯盒だが、今回は状況が状況なので家庭用の炊飯器。〆となる雑炊のためには、米の準備は欠かせない。手伝いを申し出た草刈が米を洗い、水を入れて炊飯器にセットして完了だ。
30分経つと、出汁が完成するためアラと昆布を取り出してアク抜きをし、野菜を投入する。既に出汁の香りが辺りに充満し、響を含む全員が唾を飲み込む。
「うわぁ、もう出汁だけでおいしそう…… 」
草刈の呟きは、その場の総意でもあった。
野菜がクタクタになるまで煮込めば、遂に【アラヤマ】の身を入れる。そしてそれを煮込み、火が通りすぎない程度に火が通れば完成だ。
『頂きます!! 』
食前の挨拶は、皆で手を合わせて。響は、まずひとくち、【アラヤマ】をポン酢に付けて頬張る。
「……うまぁ 」
語彙力が、死滅した。コラーゲンを多く含み、プリップリの皮。咀嚼すると、身からは濃厚な脂が溶け出して、更なる旨みを感じさせる。そしてさっぱりとしたポン酢の酸味が脂の甘味と絡み合い、脂の味をしつこく残さない。続いて、野菜。最初に取ったのは、白菜。
「おぉ…… 」
今回入れたのは、白菜、長ネギ、春菊、しいたけだ。それらの野菜と【アラヤマ】の身から抽出されたエキスは出汁に更なる旨みを与え、クタクタになった白菜はそんな旨みの暴力とも言えるスープを、これでもかと吸っていた。咀嚼すると、染み込んだスープが口の中を蹂躙する。これがまた美味いのである。そして脂の甘みやスープの旨みに打ちのめされた後に、春菊を口に入れる。スープに緩和された、ほのかな苦味が口の中に広がる。この、味のギャップこそが飽きない食事の秘訣と言える。そして長ネギ、これは白菜と同様にスープをよく吸っていて美味い。ここで再び、【アラヤマ】を口の中に投入する。口の中にとろけるほどの魚の旨みと、ポン酢のさっぱりした酸味が合わさって広がる。そして口に入れるのはしいたけ。スープの味、【アラヤマ】の味、野菜の味、それを纏い、スープに抽出しきれないキノコの旨みが暴れ出す。
誰も彼もが、夢中になって食べている。それもそのはず、この【アラヤマ】、外でオークションにかければ、全身で安くとも億の値がつく代物だ。有名人御用達の高級料亭ですら、身の一部しか取り寄せられない超高級魚。響も今回取った部分の一部は、オークションに出す予定で、鍋に使ったのは全体の1割にも満たない。しかし、それでも満足感は凄まじいものだった。
「さて……準備はいいな? 」
響の真剣な表情に、彼らもまた真剣な表情で了承の意を示す。
「お願い、します……! 」
赤間の言葉にひとつ頷き、スープと僅かに具材が残る鍋に、米を投入した。
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