第3話 黒鉄の鎧武者

「……ッ!不味い!! 」

響は、顔を盛大に引き攣らせると足に魔力を回し、全力で飛び退く。響の立っていた場所を突き抜けた水流は、延長線上にいた別のモンスターを消し飛ばしつつも、遠い暗闇の中へと消えていく。

「《生み出すは氷の棺 凍てつき眠れよ我が怨讐 白き乙女は裁きを下す》氷花の棺フロス・グレイシス・サルコファガス

【アラヤマ】に向けて手を翳し、呪文を唱える。大量の魔力を消費する感覚を覚える。すると直ぐに【アラヤマ】の体を氷が覆い尽くし、飲み込んだ。



「……やったか? 」

響は、禁句とも言われるセリフを、つい口に出してしまった。その瞬間、計ったかのように空間が揺れ始める。

「畜生め。なんて生命力してやがる……! 」

服の袖で額の汗を拭うと、ポーチから1個の小瓶を取り出す。それは、【魔力回復ポーション】。失った魔力を強制的に回復させる、魔法薬だ。

 ピシリ、ピシリと氷にヒビが入る。このままでは氷が割られ、【アラヤマ】は出てくる。

「出し惜しみは無しってか……ッ!やってやる!! 」

【月光】を納刀し、構えを取る。解き放つは己が過去の積み重ね。戦いの中で生み出した、独自の剣術。

「我流、居合の型…… 」

激しい音を立てて、氷が砕け散る。【アラヤマ】は体を左右に動かし暴れており、大雑把な動きながらも当たるだけで致命的とも言える破壊力を生み出している。

「【水天】」

瞬間、鞘から光が迸った。その輝きを放った主である【月光】は、既に振り抜かれている。

「チッ……駄目か 」

その言葉と紙一重のタイミングで、【アラヤマ】の体が裂け、血が迸る。明らかなダメージこそ与えられたが、それは致命傷にはなり得ない。お返しとばかりに、【アラヤマ】は尾鰭を振るう。

「……うっそだろオイ 」

尾鰭を振るう、ただそれだけで生み出された竜巻が、響に迫る。荒れ狂う風は響を竜巻の中まで誘うかのように響の体を吸い寄せる。

(回避は……)

「我流!! 」

【月光】を上段に構え、魔力をたぎらせる。

(不可能ッ!! )

「【三日月】!!!! 」

三日月状の斬撃が、魔力を纏って放たれた。それは竜巻とぶつかり、数秒ものぶつかり合いの後に相殺される。

「もう一丁!我流、【翔星】!! 」

続いて放たれたのは強烈な突き。流星の如き光を纏って、響は突進する。放たれた突きは【アラヤマ】の眼球を貫いた。そして、全力で顔を蹴って跳躍、【月光】を抜きつつ、離脱する。

「……ッッッッッッッッッ!!!!!! 」

声にならない叫びをあげて、【アラヤマ】は荒れ狂う。それだけで嵐が巻き起こり、渦潮が形成され、魔力の塊が撒き散らされる。

「うおおっ……!」

響もまた、その嵐に巻き込まれて吹き飛ばされた。しかも不運にも、受け身を取り損ねて岩に叩きつけられる。

「……クッソォ! 」

動きを止めた響の眼前に、再び水流が迫る。そして、そのまま響を飲み込んだ。



 勝った。【アラヤマ】は、そう感じた。【アラヤマ】はこのダンジョンに於ける下層のヌシの一角、相応の敵は倒したし、自信もあった。だからこそ、身の程知らずの人間が挑んできた時は、簡単に終わるだろうと高を括っていた。それがどうか。片目は潰され、体には傷を負い、棲家も荒れ果てた。しかし、下手人はもう居ない。最大火力の水流を叩きつけられて、生きていられる筈がない。その場所は水蒸気が舞っていて何も見えないが、それでも殺したという確信を持っていた。

「…………?? 」

ふと、気配を感じ取った。それは先程水流で殺した筈の、人間が居た場所。まさか、と一気に不安が喉元に競り上がってくる。

「……!! 」

確認のため、弱めに水流を放つ。

「……オオオオ!! 」

忌々しい声が響き、水流が断ち切られた。


ぶわり


と音を立て、蒸気が吹き飛ばされる。そして晴れた後には、あの忌々しい人間と同じ気配を持つ、黒い鎧に身を包んだ武者が、確かに両の足で立っていた。


【黒鉄武者】の強みは、超高出力の身体強化。それは、防御にもまた効果を発揮する。響は、避けようのない即死攻撃を前に、迷わず切り札を切った。それは即ち、生身では勝てないという敗北宣言であり、出し惜しみ無しの全力を出すという、響自身の誓約だ。

「ハァッ! 」

気合いと共に地を蹴ると、その時には既に懐の内で【月光】を振りかぶっている。

「 オオオッ! 」

唐竹割り、袈裟斬り、逆袈裟、左右の横薙ぎ。連続して放たれた斬撃は、【アラヤマ】の体に幾つもの傷を与える。

「…………!!!! 」

「ぐぅっ……! 」

【アラヤマ】は口を開けると、水流を放つ。しかもそれは途中で分裂し、何百ものレーザーとなって響に襲いかかる。

「…………ッ!!!! 」

声にもならない気合いと共に、全力で【月光】を振り回す。適当にも見えるそれは、魔力を纏って放たれる飛ぶ斬撃へと変わり、レーザーを撃ち落とす。しかし避けきれなかった一撃が響の胴体を捉え、吹き飛ばす。すかさず【アラヤマ】の巨体が勢いよく突進し、響を跳ね飛ばした。

「まだまだァ!! 」

響はダンジョンの壁に着地すると、飛び上がり、空間を蹴ってジャンプして方向転換、胴体へと一直線に飛び掛かる


「我流!【天の川】!! 」

放たれたのは魔力により切れ味を底上げされた右の横薙ぎ。その斬撃が、突進により無防備となった【アラヤマ】の胴体を深く切り裂く。

(ここで決める……!連続で技を出せ!!)

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!! 」

狂い咲く花のように入り乱れる斬撃の乱舞

が、【アラヤマ】の体力を一気に削る。


「これでッ……!終いだぁぁぁ!!!! 」

疲労した体に喝を入れ、真っ向から突進する【アラヤマ】とすれ違うように、その背後まで一気に駆け抜け、その体を切り裂いた。横に拡がる三日月状の太刀筋が、【アラヤマ】の肉体をすり抜け、輝く。

(我流、【月の輪】)


一瞬、辺りを沈黙が包み込む。その沈黙を破ったのは、巨体が倒れる音。そして、パラパラと音を立てて灰になってゆく。ここに、【アラヤマ】は討伐された。



 激しい蒸気をあげながら、響は思わず膝をつく。【黒鉄武者】を展開していても、巨体か放つ高火力攻撃を幾度も受ければ、流石の響も応えるというものだ。更には【黒鉄武者】そのものの燃費の悪さと性能の悪さによる、肉体への負担もあった。響はすぐに【黒鉄武者】を元の腕輪に戻す。

「……かなり、きつかった。勝ったけど、アイテムは 」

響としては、今回のような苦戦も久し振りだ。自ら始めた戦いだし、キャンプ料理の為にモンスターを狩るのはいつものことだが、それでもこう強い敵と全力で戦えたことは久し振りに疲れ、しかし楽しかった。アイテムを確認すると、【アラヤマ】の体の部位がキチンとドロップしている。食べられるモンスターは、倒すことで可食部がドロップする親切設計だ。更に、強力なモンスターであったため経験値も凄まじく、今回の戦闘を経て更なるパワーアップを果たした。次戦う時は、より余裕を持って戦えるであろう。響は、ドロップしたアイテムの山の可食アイテム達に頰を緩める。

「おお……。これが【アラヤマ】の身、これを持ち込んだ野菜と煮込んだら…… 」

考えるだけでも、涎が出そうな想像をしてしまい、ブンブンと頭を横に振ることで頭の隅に追いやる。

「……さて、撤退するか 」

これ以上の戦闘は危険、響はそう判断した。まだ大丈夫、なんて言って無茶すれば、次の瞬間に殺されるのがダンジョン攻略。命が惜しいならば、冷静に自身の状況を把握する能力は必須である。成果は上々、居る意味も無し。中層までゆっくり戻ろうと、足を踏み出した時である。


ビーッ!ビーッ!ビーッ!


緊急通報を示すアラームが、鳴り響いた。



 イレギュラーモンスター、という単語は、冒険者にとって忌避すべきものである。例えば、ダンジョンの一部崩壊。例えば、更なる下層のモンスター同士の諍いの結果。それらの理由と共に、場違いにも上層に上がってくるモンスター達がいる。イレギュラー発生による死亡率は高く、イレギュラーの討伐隊から死者が出ることもあるほどに難易度は高い。そんなイレギュラーモンスターに、日岡大輝らは出会ってしまった。

 始まりは些細なことだった。大学の冒険者サークルに所属する5人は、自身のレベルアップの為にダンジョンに赴いた。彼らのランクは、CランクとBランク下位ばかり。中層に挑むならば、肩慣らしに少し挑んですぐ戻る、程度の探索法を繰り返すことが推奨される。彼らはキチンとそれを守って、無茶の少ない戦闘を心掛けて攻略していた。それなのに、丁度中層へ向かったタイミングで、運悪く遭遇してしまった。原因は他の中層で活動する冒険者が魔法を暴発させて床を盛大に破壊した事と、私利私欲で下層のヌシに挑み、余波を撒き散らしながら戦闘を行った何処ぞのAランク冒険者のせいである。こればかりは、日岡達には何の非もない、完全なるとばっちりだった。

「まずいよ!大輝、退こうッ……!! 」

魔導士の女性、赤間恵美が悲痛な叫びをあげる。彼女も必死に強化魔法を掛けているが、目の前に立つ魚人、【ハンマーヘッド・ジェネラル】の猛攻の前に撤退を進言する。

「馬鹿野郎!足の速さが違うんだ!!どの道逃げれねぇよ! あの人が来るまで、持ち堪えるんだ!! 」

手に持っていた棍棒を捨て、タワーシールドを両手持ちに切り替えて必死の形相で攻撃を捌く。

「うおおおおおお!! 」

槍を構えた、蔵元瑛人が突進し、脇腹に槍を突き刺す。

「ヌゥ!!ガァァァァァァ!!!! 」

「ぐあっ……! 」

激昂した【ハンマーヘッド・ジェネラル】に殴られ、蔵元は民家の壁に叩きつけられる。殴られた部分には鎧の装甲があり、そこが嫌な音を立てて砕ける。

「蔵元!!!」

「………ぅう 」

日岡の絶叫の後に、微かにうめき声が聞こえた。蔵元は、鎧に守られて生きていた。と言っても、実質戦闘不能ではあるのだが。

「日岡君、このままじゃ、不味いよ!! 」

短剣でのヒット&アウェイ戦法で立ち回っていた、草刈やよいが息も絶え絶えに言った。安全第一で立ち回っているためどうにか持っているが、敵は上層モンスター。全くと言っていいほどダメージが通らない。他の冒険者達は、イレギュラーの強襲で皆日岡達を見捨てて逃げ出した。肝心の増援候補は下層から戻った様子はない。5人のうち、蔵元が脱落してあと4人だ。

「……無理ゲーが過ぎる 」

東野康二がぼやきつつもスコープを覗き、ライフルで敵に銃弾を放つ。大したダメージはなく、舌打ちをひとつ打つ。


「グァァァァァァァァァ!!!!!! 」

弱くとも放たれる度重なる攻撃に、攻撃を防がれる苛々が重なり、【ハンマーヘッド・ジェネラル】は爆発した。縦横無尽に腕を振り回し、日岡と草刈を弾き飛ばした。衝撃は辺りに撒き散らされ、赤間と東野も体勢を崩される。



「え……? 」

赤間は、それを見た。視界いっぱいに映る、敵の拳。既にそれは、赤間の反応速度を遥かに超える速度で振り抜かれ--盛大に、空を切った。

「すいません……遅くなりました 」

赤間をお姫様抱っこした響が、倒れた日岡の元に立っていた。

「黒鉄さん……助かりました………… 」

「いえ、僕の責任でもあるので。……まぁ、時間も惜しいことですし 」

そう言って、赤間をゆっくりと下すと、【ハンマーヘッド・ジェネラル】と向き直る。

「黒鉄さん!アイツ、かなり強いです!! 」

赤間の叫びにひとつ頷くと、左腕のソレに魔力を込める。


「すぐに終わらせます。……【黒鉄武者】、展開 」




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