第2話 響の目的

【黒鉄武者】、それが響の切り札とも言える武装である。全身を覆う黒い装甲に、兜には三鍬形の前立てが輝く。顔は装甲によって目を除き見えず、その姿は異様な圧を放っていた。その能力、即ち全身強化。Eランク冒険者ですらスキルで手に入れられる、単純極まりない定番能力だが、【黒鉄武者】は出力が桁違いだ。



 一瞬。斬撃を放つには、その時間があれば十分だ。連続で放たれた三日月形の斬撃が、雨霰の如く【ミスト・フィッシュ】の群れに突き刺さる。荒れ狂う鋼の嵐が群れを掻き乱し、斬り払い、撃ち落とす。ドロップしたアイテムが床に落ち、カラカラと音を立てる。統率の取れた【ミスト・フィッシュ】の群れといえども所詮は上層のモンスター、レベルを上げて物理で殴る、を地で行く響の乱撃の前には、あまりに無力であった。10秒。それが、1万もの【ミスト・フィッシュ】を駆逐するのに掛かった時間である。

 「相変わらず、燃費悪いな…… 」

響は自身の左腕を見ながら、そう呟く。【黒鉄武者】は、その鎧の隙間から蒸気を吹き出し、排熱作業に移っている。【黒鉄武者】は展開することで戦闘力が一気に強化され、一時的にSランクにも匹敵する戦闘力に到達する。しかし、その弱点はその燃費。魔力の大量消費により、戦闘可能時間はAランク冒険者であり、【魔力生成】スキル持ちで魔力の自動生産が可能な響が使ってなお、僅か10分。某宇宙人のように3分でないだけまだマシだが、それでも十分すぎるデメリット。おまけに、機械仕掛けの鎧は使用者の動きをサポートする機能があり、使用すると熱が篭るため、無茶な戦闘を繰り返すとオーバーヒートを起こしかねない。メカの鎧が排熱のため蒸気を噴出する姿はまさに男のロマンだが、使う側の響にとってはとんでもないデメリットだ。響が【黒鉄武者】を所持しながらもSランクに上がれない理由が、これらのデメリットだ。響が左拳で自身の胸を軽く叩くと、【黒鉄武者】は腕輪となって響の左腕に戻る。生身でも、その強さはAランク。【黒鉄武者】に頼らずとも、響は十分に強いのである。


 「キシャアァァァ 」

「しつこい!! 」

うんざりしたように叫び、【月光】を振るう。場所は既に中層、難易度が大幅に変わっても響の表情に焦りはなく、体に一切の負傷はない。ただ、鬱陶しいだけだ。魚人モンスターの1種である【マーマン・ソルジャー】は、独自の集団を形成する。ソルジャー、と名が付くだけあって他の魚人と比べても連携能力が高い。しかも全身を鎧で武装している為、その対処がかなり面倒なのだ。とはいえ、面倒で済ませるあたり響も響、水族館で見た覚えのある魚の頭を持った魚人系モンスターを、胸を貫き、足を裂き、腕を斬り、首を落とす。

「おお! 」

気合いの声をあげて疾走、民家の壁を駆け抜けて、30もの群れの最後尾まで行くと、壁を蹴って飛び上がり、魔法を放とうとしていた後衛の1体の脳天をかち割ると、【月光】を振るい、続けて4体を斬り殺す。

「キシャア! キシャアァァァ!! 」

魚人達は怒り狂うが、響としても情けをかける訳にはいかない。動揺して乱れた後衛を狙い、踏み込んで一閃。胸を切りつけられた魚人が倒れ、続け様に魔力を込めた2つの斬撃を後方に放つ。放たれた二条の光は迫る前衛達の間を一直線に駆け抜けて、巻き込まれた5体もの魚人が斬られ、灰となって消滅する。しかしそれを確認する暇もなく、続けて横薙ぎの一閃。魔力を込めたそれは後衛の魚人が放つ魔法を打ち消した。そのままトップスピードに到達し、1体の胸を貫くとその体を蹴り飛ばし、別の魚人にぶつける。死んだ魚人はすぐに消滅するも、その時には響の【月光】が消滅しかけの魚人ごとぶつけられた魚人を肩口から叩き斬っている。

 ここでようやく、実力差を理解したのか魚人達は撤退を決断する。しかし、その眼前には、高速で移動した響が立っていた。

「恨みはまだない。だが、恨みの根を絶つために、生きて返す訳にはいかん 」

響とて、人の心はある。社会を持ち、家庭を持ち、心を持つ魚人を惨殺することに、躊躇いの気持ちが無いわけではない。だがしかし、ここで逃してしまうと、彼らの恨みは別の冒険者へ向かうことになる。先の長い冒険者が、とばっちりで命を散らせることになる。弱肉強食の世界だと理解してなお、彼らは憎悪の刃を構える。仲間の無念を、晴らすために。それを防ぐためにも、生き証人は返さない。" どこかしらで、何かしらの理由で全滅した " という、ダンジョンで良くある死因を装い、下手人を悟られないようにする必要があるのだ。

「キシャア!! 」

1体の突き出した矛を右拳で払いのけ、左手に持った【月光】を突き立てる。口から血を撒き散らし苦しむ魚人を蹴り飛ばすと、それを受け止めた2体の魚人を斬り殺し、背後から迫る2体の首を振り向きざまの一閃で斬り飛ばす。続いて5体の魚人で構成された塊に突進、1体の剣を弾き飛ばして即席の二刀流になると、目にも止まらぬ乱撃で5体を斬り伏せた。残りは僅かに7体。響は、仲間を失ってなお武器を構える魚人達に向かって走り出す。1体が飛び出し、剣を振り下ろす。それを【月光】の刃で滑らせて逸らし、返す刀で首を斬る。2体目は斬り下ろしで槍を弾き、逆袈裟に斬り捨てる。3、4、5体目には無言で手を翳し、火球を放ち焼き殺す。初級魔法の『フレイムボール』だ。6、7体目は左右から同時攻撃を仕掛けてくるので、左右に薙ぎ払いを2連撃。最後の2体が灰に変わるのを確認し、張り詰めていた緊張の糸を解く。

「……ふぅ 」

【月光】を鞘に納め、ポーチから水筒を取り出して水分を補給する。中身はよく冷えた麦茶。ダンジョン産の高級茶ではなく、スーパーで買うような普通の麦茶だが、戦闘した後の冷たい麦茶の美味さは一級品だった。

 「どうも!朝からお疲れ様ッス!! 」

わずかな休息を取っていると、そう声を掛けられた。振り向くと、暑苦しい雰囲気を持った男性が立っていた。後ろには、鎧で身を固めた男女が立っている。今は朝10時ごろ、そろそろ本格的に他の冒険者達が入ってくる時間帯だ。

「ああ、どうも…… 」

「ああ、スンマセン!俺、日岡大輝っていいます!!俺たち、これから中層で狩りをする予定なんですが、お邪魔しても大丈夫ですか!? 」

日岡やその後ろの男女が頭を下げてくる姿を見て、律儀な人だ、と思った。彼らは容姿を見る限り同年代、さしずめ大学生といったところか。人の獲物を横取りする冒険者も多いが、彼らは堂々と挨拶に来た。ありがたいことだ。こちらも相応の態度で望む必要がある。そして、響としても伝えないといけないことがある。

「僕は黒鉄響といいます。……狩りの件ですが、僕はこれから下層の調査に行くのでご心配なさらず、好きにやってください 」

「下層!?!?もしかして黒鉄さん、Aランクだったりします!? 」

下層、という言葉に、日岡らは目を丸くする。響は照れ臭くなり、頬をぽりぽりと掻きながら頷いた。ライセンスを見せて欲しいとせがまれたので見せてやると、彼らは大盛り上がりしていた。凄く良い人達なのだが、純粋な褒め言葉に照れ死にそうになる。ここ暫くで、最も強力な攻撃だったと、響は思う。

「あー……んんっ、僕は行きますけど、危ないときは緊急通報ボタン、躊躇わずに押してくださいね。多分、距離的に僕が呼ばれると思いますんで 」

照れる感情を必死に隠して、響はそう忠告する。緊急通報ボタン、とはダンジョン攻略中に起きた、例えば下層のモンスターが上層に出てきた、だとかモンスターが溢れた、などの緊急時に、付近の冒険者に救援を求めるシステムだ。専用のアイテムがダンジョン攻略開始時に渡されるため、忘れて伝達が出来ないなんてことがないように工夫もされている。ランクが高い者へ優先的に救援要請が行くため、Aランクの冒険者となると、通報されたら真っ先に連絡が行く。日本のSランク冒険者は世界中を連絡手段も持たずに放浪していて行方が分からないためだ。最後の目撃情報では、2ヶ月前にタンクトップに短パンの格好で南極に姿を現し、海で水泳をしていたのだとか。話は逸れたが、響としてもまともな冒険者が死ぬのは見過ごせない。

「分かってるッスよ!俺達も頑張るんで、必ず無事に帰ってきてくださいね!! 」

「了解です 」

そう言って、別れた。フラグではなかろうか、という一抹の不安を残して。


 ダンジョンの下層は、明らかに姿を変える。上層、中層が街ならば下層は広大なゴーストタウンといったところか。壊れかけの廃墟ばかりが立ち並び、視界は暗く、下層に合わせて視覚を調整いなかったら視力が大変なことになっていただろう。体全体に少しだけ浮遊感を感じるが、海中世界という設定がようやく生きてきた、といったところか。

「なるほど……。やっぱ強いな。【黒鉄武者】展開しても苦戦しそうな奴がワラワラといるな…… 」

下層を泳ぐモンスターを見るが、先程までとは段違いに強い。響はポーチを弄り、懐中電灯を持ち出すと明かりを付けた。目当ては1体。場所の目星は付けている。【アラヤマ】、それがターゲットの名前だ。人の苗字かと錯覚してしまう名前だが、それは違う。れっきとしたモンスターの名前だ。【アラヤマ】が住むのは岩影などだ。隠れられるサイズではないのだが。

「さて、行くか 」

少しばかりの恐怖を飲み込んで一歩踏み出した。気持ちの悪い浮遊感に、まるで水の中にいるような肌の感覚。なのに息は問題なく吸えるし、踏ん張れば立っていられる。空を見ればさまざまな色の海魚が、半魚人が、人魚が泳ぎ、遊び、殺し合い、生きていた。

「……ッ! 」

咄嗟に飛び退くと、元いた場所に吸盤の付いた巨大な触手が叩きつけられる。

「……タコか 」

触手を見て、それがタコ系モンスターと判断する。浮遊感で若干スピードを落としながらも着地すると、【月光】を十字に振り抜いた。魔力を帯びた光る斬撃が巨大タコに十字の切り傷を与え、タコは無言で悶える。一撃程度では、下層のモンスターを殺せない。だが、斬撃による魔力の光と、斬られた事で放たれたタコの匂いは、他のモンスターを巨大タコへと導く。

「ァァァァァァァァァァァァァァァ!! 」

甲高い叫び声がしたと思えば、人魚だ。上半身が人間の女、下半身が魚のモンスター。美しい歌声と扇情的な姿は人を惑わし、誘い込んで食い殺す。上層や中層にも存在しており、特に上層の人魚は危険度も少ないためか密猟されており、モンスターを観賞用に売り捌く裏ルートで取引されているらしい。しかし、ここは下層。凶暴性は他の層とは比べ物にならない。武器を持ち、タコに続々と群がるとそれを防ごうとするタコ、便乗してタコを狙うモンスター、人魚などのタコに群がるモンスターを狙うモンスターが入り乱れ、地獄絵図ともいえる大乱戦が始まった。

「……さ、行くか 」

タコの惨状には見て見ぬ振りをして、先を急ぐ。タコも美味しいが、【アラヤマ】には及ばない。響はすぐに走り出す。【アラヤマ】は高い山のようにも見えるモンスター、視界で探すのもひとつの手だが、まず【気配察知】スキルの探知範囲内に入ることを祈るだけだった。



「かかった! 」

見つけた。タコを見捨てて走り出し僅か5分、ついに探知に掛かった。【アラヤマ】は単独行動を好むため群れでの戦闘はしないし、火力は凄まじいが動きが鈍いしあまり動かない。攻撃を避けながらの長期戦が予測される。

(流石に初手で【黒鉄武者】は辞めた方がいいか……)

近づくにつれ感じる魔力量に、冷や汗が滲む。だが、同時に笑いすらも浮かぶ。


「…………見つけたぞ、【アラヤマ】」


 【アラヤマ】、その全貌が姿を現した。山とも形容できるほどの巨体の、魚型モンスター。姿形は、名前の元となった魚にそっくりだ。

「アラ……いや、クエの姿をした巨大モンスター、【アラヤマ】。切り身を食べたことしか無かった。聞いていた通りにデカい……。【アラヤマ】のアラはクエの九州における別名、そしてもうひとつ 」

響は、引き攣った笑顔で叫んだ。


「『荒ぶる岩山』、【アラヤマ】よ!!お前の命を、(具体的にはクエ鍋で)頂きにきた!!!! 」


響の声に呼応するように、巨大な顔を向ける。その表情は、小さな蟻を見る人間のようであった。そしてガパリと口を開き----


水流が、響の視界を埋め尽くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る