ダンジョン旅行記
黒雲涼夜
福岡県: 紺碧都市マリンワールド
第1話 はじまり
ダンジョン、と呼ばれる異空間の迷宮が世界中に生えて、はや100年。国際社会はダンジョンの攻略を【冒険者】という新たな職業の者達に託して、大きく変わった日常へと戻っていった。
「行ってきます 」
そう家族に声を掛け、家を出てゆく青年が1人。名前を
「お兄ちゃん! 今日もキャンプ? 」
「ああ 」
閉めたドアを開け、ひょっこりと顔を出した妹の明里が尋ねると、響は小さく頷いた。響の目的は、ダンジョン踏破ではなくダンジョンでのソロキャンプだ。ダンジョン内での宿泊なんてこと、普通の冒険者なら絶対にやらないのだが、それを趣味に出来てしまうだけの実力はあったし、万が一への想定も出来ている。
「気をつけてね 」
「ん…… 」
妹の心配と、ついでの宣伝に了承の意を示すと、響は自前の愛車に跨った。丸みを帯びた黒いボディが特徴的な響のバイクが唸り、自宅の敷地を飛び出した。肉体強度的な問題で本来はヘルメットを被らなくても命に問題はないのだが、法律的に問題があるため、忘れずに着けている。
「さて……行こうか 」
目指す先は、海の中道ダンジョン。海の中道とは、福岡県に所在する地名で、水族館が有名だ。また、金印で知られる志賀島もその近くにある。海の中道は海に近接しているため、道中見られる景色もまたいいものである。本日の天気は快晴、ダンジョン攻略には過ぎた天候だが、運転に支障をきたさない程度にダンジョン外の景色を堪能する分には丁度良いし、運転もしやすい。天候が良い、それだけで響の心はより弾む。一緒に楽しむ人が居なくとも、響にとっては最高に心踊る趣味だった。
◇
「おう黒鉄さん、またキャンプかい? 」
「はい、1泊2日です 」
顔見知りの守衛に聞かれ、響は笑みを浮かべる。ダンジョンはモンスターが増えすぎると、ダンジョン外にモンスターが溢れ出てくるシステムがある。それを監視し、ダンジョン入場者のチェックをする為に交代で守衛が置かれている。大体が元冒険者や、ランクの低い冒険者だ。今日の守衛は、怪我で引退した元Bランク、冒険者界隈だとそこそこ名の知れた実力者なので、響も信用していた。
「あいよ、冒険者ライセンスを出してくれ 」
「はい 」
響が渡したカード型のライセンスを受け取ると、機械に差し込んだ。これは、内部で行方不明になった際に、迅速に身元の特定を行うためのシステムだ。響は手慣れた手つきで、機械に備え付けられたキーを押してパスワードを入力し、登録を終える。
「よし、登録完了だ。ほれ、ライセンス 」
「ありがとうございます 」
「……毎回思うんだが、それに全部の荷物入ってるんだよなぁ 」
守衛は、そう言って響の腰についたポーチをしげしげと眺めた。響の荷物はこの小さなポーチだけ、しかも服装はジャージのような構造の服、装備も持たずアイテムらしき物は、左腕につけた黒いリングのみである。知らない人から見ればキャンプするなど想像もつかない装備だ。むしろ自殺を疑われるまである。
「そうですよ。アマゾンのホールフロッグの大量発生事件の事後処理で、地元の職人さんに作って貰いました 」
異常な収納能力を持つ胃袋で周囲のものを手当たり次第に飲み込む巨大ガエル、それが【ホールフロッグ】である。そんなモンスターがつい3年前、アマゾン川流域のダンジョンに大量発生した挙句、ダンジョンが決壊したのだ。南アフリカ大陸は冒険者の数が全体的に不足気味だったため、世界中の冒険者達に救援を募ったのである。響もそこへ参戦し、世界に7人しか居ないSランク冒険者も一部参戦する事態となったが、1週間の総力戦の後にこれを殲滅、礼として討伐したホールフロッグの素材から◯次元ポ◯ットのような機能を持つ高性能ポーチを貰ったのだ。
「すげぇよなぁ……。俺も現役の時にそんなの欲しかったわ。……おっといけねぇ、邪魔したな。行っていいぞ 」
「いえいえ、お気になさらず。では、失礼します 」
「おう、楽しんでこいよ 」
そう言って、守衛とにこやかに別れると、足早にダンジョンへと続く穴を潜り、長い螺旋階段を下っていった。
◇
海底都市。海の中道ダンジョンを表現するならば、その言葉が最も適切であろうか。水の中のような浮遊感を覚える青い世界。立ち並ぶ石造の建物達。水性生物をモチーフとしたモンスターが地上を歩き、空間を縦横無尽に泳ぎまわる。海中であるかのような世界にも関わらず、魔法やスキルといった冒険者の特殊技能を使わずとも、呼吸が可能なのがダンジョンの神秘性を高めていた。そんなダンジョンに付いた名前が、【紺碧都市マリンワールド】。水中系ダンジョンだと、比較的マシな難易度である。
「さて、まずは場所を探そうか 」
響は独り言を呟くと、早足で歩き出した。このようなダンジョンでキャンプするコツは、建物内を利用すること。入り口が狭く、限定された空間を拠点にすることで巨大なモンスターが入って来にくくなるし、他の冒険者からの掠奪も防ぐことができる。当然、モンスター避けの結界は準備しているのだが、物事に絶対はない。強固な結界も破られる可能性がない訳ではないため、念には念を入れて準備する。
「おっ……。ここ、良さげだな 」
響が見つけたのは、比較的小さな建物。入り口から中を覗いても、モンスターや人の気配はない。もしもモンスターの巣だったならば、退かなければ夜寝ている間に食い殺されるだけだからだ。
場所を決めると、拠点作りが始まる。ポーチの中から取り出したのは、テントの入った袋。中には、紺色の中型テントが入っている。見た目は普通のテントだが、当然これもモンスター製だ。テントの骨部分はアメリカで入手した【フルメタル・ドラゴン】の骨を加工したもの。布の部分は、【バーサク・ブル】という種族の大型で、【バーサク・キング・ブル】と名付けられた特殊個体の皮である。産地は愛媛県宇和島市のダンジョンである。モンスターの部位を使った製品は性能が桁違いなのだが、テントの建て方自体は変わらない。キャンプを始めた当初は上手くいかなかったテント設営も、既に慣れた作業と化していた。そしてテントを張り合えると、民家の四隅にスピーカーのような機械を置く。これは、結界。モンスターを物理的に跳ね除ける魔力結界と、モンスターが嫌がる音波を発するモンスター避けを兼用している。響自身、【危機察知】のスキルは持っているため、モンスターの襲撃は数百メートル単位で感じ取れるのだが、念のためである。
「さて、行くか…… 」
趣味のキャンプ、とはいえ仕事としての側面もある。響がテントを張ったのは上層、初心者が攻略する場だ。ダンジョンには上層、中層、下層、深層とあり、深層はSランクが集結しても途中で撤退を決断するほどの魔境だ。Sランク冒険者の戦力が、単体でも軍事国家の全戦力を投入してギリギリ対等、と評されるほどなので、そんな化け物を退けた深層の恐ろしさが分かるだろう。響とて、深層に行けば犬死にだ。目指すのは下層。初心者や中級者が行けば生きて帰れるのが奇跡とまで言われる、地獄の領域。Aランク冒険者からも犠牲者を年々出す、高難易度ダンジョンだ。響の仕事は、ダンジョン内で人がどの程度生活できるかの検証(国は金持ち向けに僅かに行われている、ダンジョンのツアー旅行をビジネス化したがっているらしい。場所は当然上層のみだが、キャンプの名目としては十分である)と、下層の探索だ。そんな訳で、拠点を確保した響は、中層に繋がる階段を目指して歩き始めた。
「キシャアァァァァァァ!!!! 」
シュモクザメの頭と人の体を持つ魚人モンスター、【ハンマーヘッド・マーマン】の突き出したトライデントが空を裂く。響は顔の脇をすり抜けたトライデントに自身が持つ刀の刃を滑らせて逸らすと、そのまま懐に入り刀を一閃、【ハンマーヘッド・マーマン】の体は輪切りになり、血を空中に撒き散らしながらもそのまま灰になって消える。経験値が己の中に溜まるのを確認し、地面に落ちたドロップアイテムを確認する。サメ系モンスターの落とす素材は、歯や鮫肌が多い。今回は歯のみのようだ。そして魔法石。魔法石は、冒険者を強くするアイテムだ。具体的には、スキルと呼ばれる冒険者特有の特殊技能の取得に使える他、スキルの成長を早める効果を持つ。冒険者にはRPGのキャラクターのように、スキルやレベルの概念が存在する。その為、こうしてモンスターを狩ることは自身の成長に繋がっていた。
「……ッ!! 」
声もあげず、気合一閃。背後に放たれた横薙ぎは巨大な飛ぶ斬撃を生み、迫ってきていたイワシ型モンスター【ミスト・フィッシュ】の大群を斬り払う。このモンスター、霧に纏わる能力を持っている訳ではないのだが、イワシの群れ以上の大群を率いてやってきては縦横無尽に暴れ回り、獲物に霧のように纏わりついて食い尽くす習性を持つ。
「弱いとはいえ、面倒だな……。数はおよそ、1万か 」
響は、苦い顔をする。一体一体は上層レベルのモンスターだが、落としても落としても減った気がしない上に無駄に統率が取れているのが怖いところである。先程の一閃で、200ばかりは撃墜したが、このザマだ。ダンジョンの天井から降り注ぐ陽光を浴びて、ギラギラと輝く【ミスト・フィッシュ】に、響はため息をひとつ。
(手早く勝負、つけるか)
そう決意すると、響は持っていた刀--大業物、【月光】を右手で持ち、正眼に構える。
「行くぞ……。【黒鉄武者】、展開! 」
左腕に付いた腕輪が輝き、響の体を漆黒の鎧が、包み込んだ。
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