ep-4 エミリアの過去

 言葉少ななエミリアから、長い時間を掛けて過去を引き出した。暖かな春の陽気の午後に。それをまとめると、こんな感じだ。


          ●


 エミリアの生まれたエルフの里は、王国からかなり離れた森の奥にあった。


 この大陸ではエルフは稀種であって、まず出会えない。というのも本来エルフは別の大陸に棲息していて、理由は不明だが、この大陸には絶対に来ないからだ。


 ところがたったひとつだけ、この大陸にもエルフのコロニーがあった。それがエミリアの故郷だ。はるか昔に、なにか理由があってこの大陸に移ってきたらしいが、今となってはわからない。エミリアも知らなかった。


 とにかく森の奥であり、人間との接触は極端に避けていた。村自体も魔法の障壁で囲まれており、人間が迷い込むことはまずない。魔法感受性の高い放浪者などが、障壁を無意識に越え、入り込む程度で。なにしろ、辺境を渉猟しょうりょうするジョブでないと来ない領域の上に、魔法感受性の問題もある。数百年でも数度レベルのレアイベントというのが、実情らしい。


 それにどうやらエミリアも本来、違う名前だったらしい。というか幼少時は仮の名前を与えられていて、大人になるイニシエーションの際に真名まなを与えられるとのことだ。


 里に住む他のエルフでは、そのようなことはない。なぜ自分だけなのか、エミリアは不思議だったそうだ。幼名は魔法で与えられており、イニシエーションの際に忘却する。エルフの里が滅びたときに魔法が途切れ、エミリアは自分の幼名を忘れてしまった。今も思い出せないという。


 とにかく、優しい母親と厳しい父親の元、エミリアは育った。森の知識を教えられ弓術や剣術を習い、自然に湧いてくる魔法の技を磨いた。他のエルフの子供よりはるかに高度な技術を授けられ、エミリアもめきめきそれを吸収した。


 そうして育ち、もうすぐ成人のイニシエーションを受けるという頃、事件が起こった。里が魔族に襲撃されたのだ。


 この大陸としては信じられないほどの上級魔族ばかりだったという。エルフはよく戦ったが、彼我ひがの戦力差はどうしようもなかった。しかも魔族はなにかを探すとか土地を奪うというのが目的ではないようだった。問い掛けすらなく、端からエルフを倒していくのだ。理由は不明だ。


 魔族は里を蹂躙し、ついには最深部にあったエミリアの家にも来た。エミリアを庇うように逃げる両親は、ついに捕まった。魔族のおさは、バアル・ゼブブという闇落ちした古代神だったという。エミリアの目前で、バアル・ゼブブは両親の首を落とした。


 絶叫したエミリアは、自分でもわからないなにかが、魂の奥底から噴出するのを感じた。そして……。


「そうして気がつくと、周囲は……静かになって……いました」


 屋敷のベンチで、エミリアは涙を拭った。


「なにが起きたんだ」

「私が……やったのです。自分でも……わからないまま」


 ほっと息を吐く。


「なにかの力……が暴走して……」


 エミリアの話は続いた。


 とにかく、魔族は全て消えていた。あちこちに、黒焦げになった魔族の死体が転がっている。バアル・ゼブブの死体からは虹色の煙が立ち、マナに還りつつあった。


 両親は無理だったが里だけは救えたのかと、エミリアは思ったそうだ。だが、すぐ絶望することになる。倒れていたのは、魔族だけではなかった。虫の息で唸っていたエルフの人々も、木陰に隠れていたエルフの子供も皆、死んでいたのだ。もちろん……エミリアの暴走に巻き込まれて。


 見回すと、エルフの森は壊滅していた。あれほど美しかった森が、醜く焼け焦げた骨のようになって。


 それからエミリアの記憶は途切れ途切れになる。


 森を何日も放浪した。飲まず食わずで。


「そうして私は、闇商人に……捕まったのです」

「そんな森の奥に、商人が来たのか。人里はるかに離れた場所だったんだろ、里は」

「森の壊滅で、黒い煙が……はるか上空まで。目印の……ように」


 立ち昇っていた煙が、山師の目を引いたという。なにか……金儲けのネタはないかと鵜の目鷹の目の、闇商人の。エルフの里壊滅で、森を隠蔽していた魔法も消えていたのだ。


 普通、人間が森でエルフを捕まえるなど不可能だ。なにしろエルフは森の子。彼らのフィールドだ。それに魔法も弓矢も得意中の得意。高木の枝の、茂った葉の陰から地上を攻撃してくる。人間なんか勝てるわけはない。


 だが、そのときのエミリアは茫然自失状態だった。過去の記憶も、全て失っていた。自分が誰でどうしてそこにいるのか、それすらもわからなかった。


 おそらくだが、あまりに辛い出来事に、自ら封印したのだろう。心の一番奥底に。自分の心を守るために。


 とにかく、闇商人は、エミリアを難なく捕縛した。隷属の首輪を巻かれ、売り物になった。


 信じられないほどの高価格でエミリアを買ったのは、とある地方豪族。脂ぎった中年男。あまりに異常な性癖があり、誰も近づかない男だった。


 エルフの少女は、人間よりはるかに美しい。ましてエミリアはとびきりだった。だが幸か不幸か、その豪族は女としての機能には関心がなかった。ただただ毎日、エミリアに白い服を着せて縛り、鞭で打つ。傷を残さない程度で痛めつけられる鞭を特注し、自慢げに打った。酒を飲みながら。苦悶の唸りと共にエミリアが身悶えすると、大笑いして。


「よく耐えられたな、エミリア」

「これは……罰だと」

「そう思ったのか。なんの罰だよ」

「なにか……私は過去にとんでもない罪を……犯した。きっと……その刑罰だと」

「……そうか」


 里を全滅させた力の暴走を、無意識に感じたのかもな。


 とにかくエミリアは、苦痛に満ちた毎日を送っていた。しかし……。


「不思議なことに……次第に……辛くなくなった」

「どうして」

「なにも……感じなくなった」


 俺の手を、エミリアは自分の太腿に置いた。上からしっかり握り締めたまま。


 なにか……鞭打たれている自分を、もうひとりの自分として離れたところからぼうっと眺めているような感じだった。そう、エミリアは告白した。虐待を受け続けたために精神が退行して乖離状態になり、言われるがままの人形のようになっていたのだろう。


 そしてそうなると、その豪族はエミリアへの興味を失った。あらがうう存在を痛めつけることだけが、快楽の源だったから。痛がりもせず黙って拷問を受けるだけの、完全に壊れてしまった女には興味がないと。


 男は、ゲーマを呼び出した。貴種であり稀種であるエルフを、高く売りつけるために。きれいな服を着せ、髪を整えて。


「それがゲーマ様との出会いでした」


 エミリアは、涙を拭った。




●次話より毎日更新!

いよいよ第一部クライマックス! 次話より連日朝7時8分公開です!

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