ep2 スカウトワルフの言葉

 例の騒ぎから数日。俺は忙しい日々を過ごしていた。


 まずアンドリューの蛮行を、王宮に報告しに行った。なにしろ、S級武器屋から強奪された武器防具は俺の屋敷にある。このままにしておいては、まずい。誰かに見られたら、俺がアンドリューを使って武器屋を襲わせたと思われる可能性は高い。


 国王はそうそう会ってはくれないので、もちろん文官相手だ。俺は卑しい金貸し貴族だからな。少なくとも、公式に会ってはくれない。なにか……別案件をでっち上げないと。


 全て説明し、武器防具を全部差し出した。王宮の文官は俺が国王からなにか秘密の任務を受託していると、薄々感づいていたようだ。特に厳しい取り調べもなく、俺の報告は受諾された。数日後、武器屋の関係者から謝礼を受け取った。貴重なアーティファクトを奪還した褒美として。それは例のヨートゥンの剣だった。


 王宮に赴いたついでに、貿易船が狙われた話も置き土産にした。主犯は諦めたようだが残党もいる。港湾の警備を見直したほうがいいと助言しておいた。


「ゲーマ殿……」


 王宮を辞し、エミリアの待つ前庭の馬車に向かっていると、柱の陰から声が掛かった。


「……あんたは」


 のっそり姿を現したのは、頬に傷のある、スカーフェイスの痩せ男だった。目つきは鋭い。王宮の前庭に立っているというのに、きらびやかな社交服などは着ていない。汚れた苔色のフィールドウエアを身に纏っていた。


「ワルフか……」


 憑依転生前のゲーマの動きについては、エミリアからあれやこれやレクチャーを受けていた。だからわかった。ワルフは国王の隠密として王都から辺境まで駆け巡る、敏腕スカウトだ。


「ゲーマ殿……首尾はいかがか」

「コインだな」

「……」


 黙ったまま頷く。俺が王宮に来たと知った国王が、ヘクタドラクマコイン収集の状況について知りたがったのだろう。


「三枚」

「おう……」


 目を見張った。よく見ると、片目の瞳がやや濁っている。見えはしているようだったが、過去の戦傷だろう。


「短期間で、二枚も増えたのか」

「まあな。ちょっと……最近色々あって」


「ふん……」


 じろりと、俺を睨むように見た。


「少し痩せたな」

「ダイエット中だ」

「嘘つくな」

「仕事が忙しくてな。飯を食う暇もない」

「ふん」


 実際、激変はしたからな、こっちは。なんせ俺という憑依転生者が現れた。それから原作ゲームの初期イベントとして幽霊城クエストをこなし、過去の王からヘクタドラクマを拝受した。それに、モブー救出のために向かった洞窟で、謎の敵マルトゥがさらに一枚ドロップした。


「……まあいいか。コインさえ稼いでくれたら」


 ようやく、瞳を和らげた。


「王も姫様も、お前の吉報を待ち兼ねている」

「頑張ってるって」

「そりゃそうだろ。なんせお前は姫様の……」


 言いかけて口をつぐんだ。侍女が何人か通り過ぎたからだ。


「まあいい。適宜、報告には来い。……ただし、なにか口実は考えろ」

「わかってる。貴族の地位を金で買った金貸しだ。国王が歓迎するわけにはいかんからな」

「ゲーマ……」


 別れる際、ワルフはなぜか悲しげな顔となった。


「死ぬんじゃないぞ。これは……俺の本心だ」

「わかってる。俺には仲間と家族がいる。死ぬわけにはいかんさ」

「家族……」


 首を傾げている。


「エミリアだ」

「ああ。お前の奴隷だな」


 じっと見つめられた。


「奴隷を家族扱いか……。前はそうは言わなかったが……。不自然なくらい『奴隷』と強調し、乱暴に扱っていると口にしていた……」


 しばらく黙っている。しくったか……と、俺は心の中で舌打ちした。


「奴隷だって子供くらい産ませられる。なら家族扱いしてやってもいいだろ。俺だって後継ぎは欲しい」

「まあ……そうだな」


 苦笑いしている。


「お前に嫁いでくる物好きなんか、いるわけないもんな。没落貴族の三女を金で買えればいいほうで」

「そういうことよ」


 俺、どんだけ嫌われてるんだよ。こんなん笑うわ。


「まあ……ヘクタドラクマコインが集まるまでだ。それさえ成功すれば、お前の前に、別の道も開けるだろうよ」


 俺の肩を一度、拳で殴ってくる。もちろん勇気づけるためだろう。


「それまでは死ぬな」

「お前もな」

「俺はスカウトだ。野に放たれて……」


 斜め上を見て、遠い目をした。


「荒れ野で風を見ている。びゅうびゅう吹き渡る、無情な風を。エルフの里を全滅させた、危険な風を」


 謎のような言葉を残したワルフは、柱の陰に消えていった。


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