6-3 決着

「これでい……いいのです。……ゲーマ……様」


 かろうじて、まだエミリアの瞳は開いている。


「森エルフのエミリア、奴隷のエミリアはこ……ここで死ぬ。ゲーマ様を殺す運命からも、か……解放され……て」


 エミリアのきれいな瞳が潤むと、涙の粒が頬を伝った。


「ゲーマ様との幸せな日々を夢見ながら……ヴァルハラの地に……あ、遊ぶ。祖霊に……祝福さ……れながら」


 また瞳が閉じかける。フローレンスの手から放たれる緑の光が、いっそう強くなった。


「しっかりしろ、エミリア」


 知らずに泣いていたようだ。俺の涙が唇に落ちると、エミリアが顔を起こした。


「なんで……泣いているの……ゲーマ……」

「お前だって泣いてるだろ。一緒だよ。家族なんだから」

「かぞ……く……」

「お前は俺の大事な家族だ。死ぬとか殺すとか、勝手に決めつけるな」


 だから俺のことが嫌いって言ってたんだな。言葉と行動がぶれていた原因はこれか。いいかエミリア、そんなの気にするな。よくわからんが、お前の運命なんて俺が変えてやる。なんとしても。


「もう大丈夫よゲーマ。命の危機は過ぎた。あとは時間が解決する」

「よし。……ここで待ってろよエミリア。あの馬鹿を捻り潰してくる」

「見てい……るわ……ゲーマ……」

「かわいい奴だな」


 エミリアをそっと横たえ、髪を撫でてやると、俺は立ち上がった。涙を拭う。


 なんだかわからんが、腹の底、魂の底から怒りが巻き上がっている。今ならなにも怖くない。たとえ冥府の冥王相手だろうと、今の俺なら戦えるさ。


「……おや、死んでなかったの、ゲーマ」


 おどけたような表情で、アンドリューが嘲笑う。魔法を次々食らっているが、まったくダメージを与えられていない。魔法無効特性を持つ防具を装備しているから。シャーロットは魔道士。ルナは妖精。どちらも純粋な物理攻撃手段はないも同然だ。仮に突っ込んだとしても、戦士たるアンドリューにあっさり斬られてしまうだろう。


「そうか、身代わりでエルフが死んだんだね。かわいそうだけど仕方ないよ。ゲーマのような悪党相手の娼婦だったんだから。まあせいぜい地獄に落ちるといいよ」

「……」


 俺が手を上げると、シャーロットとルナの魔法が止まった。ふたりとも、俺をじっと見つめている。


「ふふっ。観念したのかな、ゲーマ。いい心がけだよ」


 声を上げて笑ってやがる。俺は無視した。一歩一歩、ゆっくり近づく。


 前々世の社畜時代、俺はこのゲームをプレイしていた。今からやろうとしている手は、プレイヤーだからこそ知っている技なのだ。この馬鹿が握っている特別な剣だけが実現できる……。


 ただし、野郎を焦らせてはならない。この手段は、やり直しが利かない。しかも相手に先に攻撃されてはいけない。遠隔でも物理でも。無防備な俺は、あっさり死ぬだけだから。


 とにかく、デブの無能金貸しが絶望のあまりよろよろ近づいている……と、野郎に思わせる必要がある。勇者の自分の大勝利と調子こいてカカりまくるように。


「アンドリュー……強い……」一歩

「今頃わかったの。だから言っただろ。僕は魔王を倒す宿命にあるんだって」

「俺は……どうしたら」一歩

「安心してゲーマ。抵抗しなけりゃいいよ。一撃で急所を突いて即死させてあげる」

「即……死」一歩

「ああそうさ。あの武器屋のおっさんのように、はらわた撒き散らして三十分も唸り続けるなんてことはないよ。抵抗さえしなけりゃね」

「その剣で斬ってくれるのか」一歩

「そうだね。霜柱を飛ばすのは今、試した。どうせなら斬れ味のほうも試したいからね」

「一撃で殺してくれるんだな」もう少し

「試し斬りの草人形になってくれるんだね、助かるよ。まあゲーマはデブだから、脂身人形だけど。……あんまり脂を刀身に付けないでよね。後で拭うのが大変だから」

「その剣だけど……」あと一歩

「ああこれ、ヨートゥンの剣っていうんだよ。ゲーマのような馬鹿な金貸しには、価値なんてわからないだろうけどさ」

「……いや」一歩……ここでいい

「いや……って?」

「知ってるさ。それはヨートゥンの剣。霜の巨人が地下ドワーフの王に打たせた剣で、特別な効果がある。斬れ味がいいだけじゃない」

「へえ……」


 もう偽装の必要はない。間抜けの仮面を外し普通に知識を披露し始めた俺を見て、アンドリューは驚いているようだった。


「意外に物知りだね、ゲーマ。……やっぱり金貸しだから、高価な品は調べてるのかな。卑しい男だよ、本当に」

「効果はまず、霜柱の槍の投擲とうてき魔法、それに……」

「それに?」

「防具の特殊効果キャンセル。あらゆる防御効果の」


 口にすると同時に、懐に飛び込む。野郎の腕を思いっ切り上から叩く。思わず開いた拳から、瞬時に剣を奪い取る。俺のことをのろまなデブと油断していたからな、アンドリューは。俺でも楽勝だったよ。


 飛び込んだ勢いのまま体を回転させ、野郎の防具を斬り裂いた。


 さすがはヨートゥンの剣。防具も特別なアーティファクトに違いないのに、ケーキのように刃が通る。戦士でもない俺の咄嗟とっさの攻撃だ。肉体に与えられたダメージなど、たかが知れている。だが、それで構わない。


「やれっ!」


 転がりながら叫ぶ。我慢に我慢を重ねていたルナとシャーロットから、魔法が次々撃ち込まれた。アンドリューに。ヨートゥンの剣により魔法キャンセル効果を完全に失ったアンドリューに。


「ぎゃああああーっ!」


 今度こそ、演技ではない絶叫だ。炎弾の高熱に、顔の皮膚が瞬時に焼け落ち、眼球は高熱で破裂、皮下脂肪がとろとろ熔け流れる。腹といい胸といい、あらゆる場所に雷撃が着弾。さらに風魔法が真空波を巻き起こし、アンドリューの体をそれこそ関節単位でばらばらにし始めた……。


………………

…………

……

「……終わったか」


 俺は身を起こした。


 アンドリューが立っていたところには、今やわずかな灰が残るのみ。まだ脂が炎を上げているが、じきに新月の宵闇に溶けるだろう。




 原作ゲームの魔王討伐勇者アンドリュー、序盤にして死す。悪役貴族ゲーマの手に掛かり。




●業務連絡

次話から第一部エピローグに入ります。

前世俺である即死モブー、さらにヘクタドラクマコインの謎が、ゲーマを待つ

主役不在となったこのゲーム世界で、ゲーマは課題をどうする

そして衝撃の告白をしたエミリアとゲーマの未来は……

ゲーマはどう生き、決断を下すのか……

全6話の大ボリュームで、衝撃のエピローグがあなたを待つ!

お楽しみにー!

いつもどおり、執筆済みで推敲中の第一部エピローグ全6話を、サポーター限定近況ノートにて先行お試し公開しました。よろしければ御覧下さい。


●あと懇願! 面白かったら評価星を入れる&増量して下さいー ><

 どうも本作、コンテスト読者選考通過が微妙です(泣

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