6-2 エミリア被弾

「やっぱりここか、フローレンス」


 暗闇から出てきた主役勇者アンドリュー。野郎は張り付いたような笑みを浮かべていた。


「邪悪な金貸しゲーマに頼るだなんて、いつの間にかダークサイドに堕ちていたんだね、フローレンス。……悲しいよ」

「目を覚ますのはあなたのほうよ、アンドリュー。人なんか殺して……」


 フローレンスの声は、まるで悲鳴だ。


「今からでも遅くはない。自首して。殺人と強盗の罪を、償って」

「あんな親父、ただの卑しい商人じゃないか。それに……」


 へっと唇を曲げて笑う。


「それにどうせ、魔族との戦いで死ぬ運命だったんだ。無駄死にの前に僕に武器防具を提供できたんだから、本望だよ。天国に行けるね。そのうち魔王を倒したら、僕が弔ってあげるから」

「その調子でこれからも無辜むこ民人たみびとあやめるのか、アンドリュー」

「仕方ないさ、ゲーマ」


 手を広げてみせた。


「魔王討伐のための犠牲だからね。人類が皆殺しになるよりはいい」

「そういう話じゃないよね」


 俺の胸から顔を出すルナを見つけて、首を傾げる。


「こいつは驚いた。妖精じゃないか」

「ボクはゲーマの守護神だよ」


 だから嘘つくなって。今、ヤバい事態だってわかってるだろ。冗談言ってる場合じゃないんだっての。この……お調子者妖精め。


「君もゲーマに洗脳されているんだね。そこにいるエルフやシャーロットのように。それに今や、僕の幼馴染、フローレンスまでも……」


 瞳を細めた。


「かわいそうに。エルフなんか、売女の格好をさせられているじゃないか。胸も脚も丸出し同然で。……寝台で痛めつけられているんだね、ゲーマに。僕が救ってあげるから。みんな、僕のパーティーに入れてあげるよ」

「……いや」

「お断りよ」

「ぷぷっ冗談でしょ」

「アンドリュー、目を覚まして」


 全員から秒で断られてて笑うわ。いや笑ってる場合じゃないんだが。


「はあ、そうかい……」


 斜め上を見てアンドリューは、なにか考えている様子。瞳には狂気が浮かんでいる。


「なら仕方ない。全員の装備にゲーマの資金、魔王討伐のためにありがたく使わせてもらうよ」


 すっと剣を抜く。刃は青白く輝き、激しい湯気……いや冷気が立ち上っている。


「ヨートゥンの……剣か」


 原作ゲームでは、ラスボスのレアドロップ品だ。


「これまたとんでもない奴を盗んできたな、アンドリュー」

「人聞きが悪いなあ、ゲーマ。借りただけだよ、永遠に」

「そうかい。そりゃいいな」


 言いながら、後ろ手に組む。……と見せかけて、背後のエミリアとシャーロットに合図を送る。あの剣が出てきた以上、先手を取るしかない。


「ところでアンドリュー――」


 口にした瞬間、背後で爆発的な光が明滅した。次に相手の名前を呼んだら攻撃。そういう合図さ。俺達パーティーの。


 エミリアの雷撃魔法とシャーロットの炎弾魔法が、瞬時に野郎を襲う。攻撃に気づいたルナが、負けじと風魔法を放った。どちらの魔法とも効果を打ち消し合わないからな。瞬時の判断、たいしたもんだわ。


「ぐはあーっ!」


 輝きに包まれたアンドリューが、苦悶の叫びを上げる。


「地獄に堕ちろ、アンドリュー。人殺しの罪を償うんだ」

「……なーんてね」

「なにっ!?」


 輝きが収まると、アンドリューはにやにや笑っていた。蚊に刺されたような傷すらない。


「不意をいてくるとか、やっぱりゲーマは卑怯者だね」


 首をこきこき鳴らしている。


「さすがにいい品だね。この防具。アーティファクトだけあるよ」


 腕を上げて、チェストアーマーとガントレットを頼もしげに見つめている。


「あの武器屋で在庫になってるのがもったいないよね、ゲーマ。短時間なら魔法無敵属性があるんだってさ」

「盗んだ品か……」

「盗んだのはゲーマだろ。僕の仲間、それにいずれ僕の嫁になったに違いないエルフに妖精まで。……返してもらうよ」

「わたくしは、物じゃないわ」

「私だって。自分の意思でゲーマの仲間になったもの」

「気持ち悪いよ、アンドリュー。ボクはゲーマの恋人だって言ったでしょ」

「さっきは守護神だと。……まあいいか。どうせゲーマはこの世から退場するからね」


 言い終わった瞬間、アンドリューの剣から、なにかが飛んできた。いや、前々世プレイヤーだった俺は知っている。あれは……ヨートゥンの霜柱。


「ゲーマ様っ!」


 誰かが俺に抱き着いてきた。


「あっ!」


 叫び声と共に、俺にしがみつく体が、ずるずると崩折れる。


「エミリアっ!」

「よくも……よくもーっ!」


 シャーロットとルナが魔法を次々撃ち出した。まるで花火会場のように明滅する明かりの中、俺はエミリアを抱き起こした。霜柱の槍は背中から腹まで抜けている。先がわずかに、俺の腹の脂肪に埋まっていた。


 槍がすっと消える。氷の槍だから。


「しっかりしろ、エミリアっ!」


 魔法が飛び交う轟音に負けじと叫んだ。フローレンスが駆け込んでくると、回復魔法を詠唱し始める。


 エミリアの瞳は閉じられている。春の午睡で夢でも見ているかのように。


「エミリアっ!」

「ゲーマ……様……」


 瞳がふっと開かれた。


「ご無事で……」

「お前のおかげだよ。それよりエミリア、お前が……」


 フローレンスに瞳で促した。頷くと、回復魔法の詠唱にさらに熱が籠もる。


「良かった……ゲーマ様……」

「あんな無茶を……。それにお前、俺が嫌いなんだろ。なんで俺をかばって被弾した。見殺しでいいだろ、こんなデブの悪役金貸し」

「これで……いいの」


 弱々しい声だ。


「しっかりしろ! エミリアっ」


 震える手を、エミリアは俺の頬に伸ばしてきた。


「素敵なゲーマ様」


 はかなげに微笑むと、ゆっくり撫でてくれる。


「……私はいずれ、ゲーマ様をこ……殺す……宿命」


 冗談を言っているとは思えない。苦痛に歪みながらも、真剣な瞳だ。


「ゲーマ様を……好きになっては……いけない身の上。死んだほうが……いいの、今……この場で……」


 なんとかそれだけ口から押し出すと、エミリアの頭はがっくりと垂れた。

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