6 勇者アンドリューの暴走

6-1 夜中の訪問客

「フローレンス……」


 夜着のまま、シャーロットは魔装指輪を撫でた。


「なにか困ったらゲーマの屋敷に来てと、わたくしが言ったからかしら」

「なら大問題発生かもねーっ」


 夜着の胸から、ルナが見上げてきた。


「どうするゲーマ」

「まずは話だな。……それより油断するな。罠かもしれない」

「そうね……」


 シャーロットはなにか考えている様子。


「今の……アンドリューなら、そのくらい汚い手は使いそう」

「そういうことだ」


 玄関前に着くと、俺は全員を下がらせた。


「俺が開ける。シャーロット、念のため詠唱しておけ」

「うん」

「ルナもエミリアも頼むぞ」

「まっかせてーっ」

「ゲーマ様……」

「よし」


 扉はまだ、どんどん叩かれている。


「フローレンスか」

「え、ええ。私よ。……ゲーマね」


 焦っている声色だ。


「なにがあった」

「ここでは……話せない」

「他に誰かいるのか」

「私だけ。それより急いで。早くしないと」


 声に嘘は感じられない。


「よし」


 決断した。後ろ手に合図を出してから、扉の鍵を外す。


「……どうした」

「ゲーマっ」


 真っ暗な闇から、誰かが抱き着いてきた。間違いない。フローレンスだ。春だというのに、体が冷え切っている。馬で夜道を飛ばしてきたからだろう。


「フローレンス」


 目を凝らしたが、周囲に他の人間の影はない。……といっても今夜は新月。闇に溶けているので、よくわからないが。


「どうした」

「アンドリューが……」


 それだけ言うと、はあはあと苦しげに呼吸する。よほど急いで来たのだろう。


「これを……」


 エミリアが水のカップを差し出す。水差しは玄関に常備してある。


「……」


 奪うように受け取ると、無我夢中といった様子で喉に水を流し込む。


「……あ……りがと」

「なにがあったんだ」

「アンドリューが……人を殺した」

「人? 悪人か」

「武器屋の……おじさん」

「マジかよ」


 人の良さそうなあのおっさん。あいつの笑顔の揉み手が頭に浮かんだ。だが聞いてみると、あの「上級限定ショップ」ではないようだ。少し安心した。いや別の店にせよ、人が死んでいいって話じゃないんだが。どうやらさらに特別な、S級装備屋らしい。


「シャーロットがいなくなって、アンドリューはパーティー編成に苦労したの。どうしても魔道士が欲しいけれど、みんな中々入ってくれなくて」

「悪評が立ったんでしょ。冒険者ギルドあたりで。アンドリュー、独善的だから」


 冷ややかな瞳で、シャーロットが腕を組む。


「それに正義のパーティーだから金なんか関係ないって、報酬も雀の涙だしね」

「魔王討伐を目指すなら、一番危険なエリアに踏み込むことになる。言ってみれば自殺行為だよ、ゲーマ」


 ルナが俺を見上げてきた。


「それなのに給料が安く怒鳴られまくるんじゃ、誰も入らないよね」

「これ……まさか妖精……」


 フローレンスが目を見開く。


「ああ、お前は初見だったか。俺の仲間だ」


 妖精は言ってみればチートツールだからな、このゲーム世界では。


「ボク、ゲーマの恋人だよ」

「えっ……」


 まじまじと俺を見る。


「嘘だ嘘。こいつ、人をからかっては喜ぶ、カス妖精だからな」

「それよりなんで殺したの、そんな人を」

「ええシャーロット。アンドリューはついに諦めたのよ。自分は勇者だから独りで百人力だって言い張って。アンドリュー前衛、私が回復魔道士として後衛。それだけで魔王なんか倒してみせるって」

「凄い鼻息だな」


 一応ゲーム主人公とメインキャラだからな。そこそこまでは進めるとは思うわ。魔王は絶対無理だが、旅の途中で誰か仲間が増えればいいだけの話だし。


「でもさすがにふたりでは道中が厳しい。だから特別な武器防具を手に入れるって言って、S級以上の冒険者しか入れない武器防具屋に、無理やり入っていった」

「S級装備だと、どえらく高いぞ。金あったのかよ」

「無いわよ。それも言ったんだけど、魔王討伐のためだからタダでくれるはずだ……って言い張って」

「無茶言うわね。向こうだって仕入れで大金使ってるのに」

「そりゃ揉めるだろ。あそこは特別。いくら実力ある冒険者でも、実績を積んでないと、金がどうの以前にそもそも、入り口を潜らせてもらえない」

「アンドリュー、そこそこ地力はあるけれど、わたくしやフローレンス同様、まだ若い。入れるはずはないわ」

「だから止めたの。でも私を馬車に残して、入っていった。そのうち中が騒がしくなって、血まみれのアンドリューが出てきた。剣や防具を抱えて。目が血走っていたわ。どさっと馬車に放り込むと、また店に駆け戻って。店の人はって聞いたら、死んでるって……」

「死んでるじゃなくて、『殺した』だよな。正確には」

「それで私怖くなって……。気がついたら馬車から一頭外して、乗って駆けてた。……ここに向かって。前、シャーロットが言ってくれたから。困ったらここに来るといいわよ……って」

「とんでもないことしたな、アンドリューの野郎。強盗殺人じゃんよ」

「魔王討伐の崇高な目的が、聞いて呆れるわね。それ以前に山賊のようなことしてるじゃない」


 シャーロットが冷たく言い放つ。


「ただの人殺しだわ」

「すごい武器を持ってたわ。雷撃の槍とか、ポセイドンのフォークとか」


 魔法効果のある奴だな。それなら前衛なのに魔法の遠隔攻撃ができる。前衛戦士と後衛回復魔道士だけというツーピースのパーティーでは、喉から手が出るほど欲しい品だ。


 しかもどれもネームドのアーティファクト。いくら金を積んでも普通は売ってくれやしない。特別な冒険者が特別な目的を果たすため……とかの場合のみ、譲ってくれるかもしれないってレベルだわ。


「ゲーマ……」


 フローレンスは俺の腕を掴んだ。強く。


「きっとアンドリューはここに来る。あなたを殺し、大金を奪うために。それを魔王討伐の資金にするつもりだわ。ああ……どうしよう。怖い……」


 焦って後ろを振り返る。


「落ち着け。お前は大丈夫だ」


 ぎゅっと抱いてやる。俺の腕の中ではあはあ胸が動いていたが、やがて息も整ってきた。


「あり……がとう……」


 俺の胸に、そっと手を置く。俺に抱かれたままで。


「それよりすぐに逃げて」


 俺を見上げる瞳が濡れていた。


「今にも来るわよ。明日の朝には、武器屋襲撃が騒ぎになる。アンドリューは以前、一度門前払いされている。疑われているのは見えている。その前にここでお金を手にして、新月の闇のうちに、できるだけ遠くにと……」

「一刻を争うわね」


 シャーロットは、フローレンスの背を撫でている。安心させようと。


「どうするゲーマ。逃げるの」

「いや……」


 俺達が避難すれば、野郎は屋敷を打ち壊して金を持ち去るだろう。それは別にいいちゃいい。だが貴重なヘクタドラクマコインだけは、渡すわけにはいかない。なにしろ王女の命が懸かっているからな。


「いや、戦おう。野郎はたったひとり。俺達は三人と妖精。いくら勇者相手とはいっても、なんとかなるだろう」

「四人と妖精よ」


 俺を抱く腕に、フローレンスは力を込めた。


「私もゲーマのパーティーに入れて。シャーロットのように」

「この戦闘の間だけか」

「ううん」


 首を振った。


「私、ゲーマと旅するわ。もし……入れてくれるなら」

「本気か……」


 恐怖と興奮に、フローレンスの瞳は見開かれている。ただそこに濁りはない。まっすぐ俺の目を見つめてくる。 


「こっちだって命懸けだぞ。この騒ぎが終わったら話すが、ヘクタドラクマコイン収集と、モブー手助けだ」

「モブー? ……私やアンドリューの幼馴染の」


 眉を寄せている。


「ああそうだ。驚くぞ、この話」

「なんでもいいわ。私を連れ去って。ゲーマの冒険に」

「よし」


 決断した。


「フローレンス、お前は俺が身請けする。仲間になってくれ」

「ええ……ええ」


 頷いたフローレンスの瞳がうるんだ。


「よろしくお願いします。……ゲーマ」




――これはこれは――




 暗闇から声が響いた。誰かが木陰からすっと顔を出す。屋敷前庭の魔導ランプに照らされて、男の姿が浮かんだ。戦闘装備。顔も装備も血まみれだ。


「……アンドリュー」


 やっぱり出てきたか。本来このゲーム世界の主役勇者。今ではお尋ね者の極悪人。そして俺を殺そうと付け狙っている男が……。


 この新月の闇の夜。この夜だけは、ただでは済まない。


 俺は腹に力を入れた。

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