5-6 エミリアの告白

「なんか疲れたな」


 服をぽいぽい放り投げると、俺は夜着を身に纏った。まあ男の夜着なんて、ただの色気のないパジャマだけどさ。特に憑依前のゲーマは、プライベートでの自分の身なりとか気にしてなかったみたいだし。憑依後の俺ゲーマにしてから、別に寝るときの服なんてどうでもいいしな。前々世の社畜時代はやっすいジャージとゆるゆるTシャツとかだったし。


「ええ。本当に」


 シャーロットはすでに夜着になっている。もう寝る時間だからな。うーん……と、体を伸ばしている。


 いやマジ疲れたのよ。午前中にあのデレードとかいう悪党と揉めて、その後はエミリアとルナの着せ替えショーで天国を見て、夜は夜でデレードを燃やし尽くして灰を埋めるとかさ。


「ゲーマあなた、もう少し痩せたらどうなの。裏庭の穴掘り、ふうふう言ってたじゃない」

「これでもそこそこ痩せてはきたんだよ。なっルナ」

「まあねー」


 夜着に使えそうなおニューの服をさっそく着込んで、ルナはにこにこ顔だ。


「それに俺が疲れたのは、精神的にだよ」


 地獄>天国>地獄とメンタルの振り幅が広すぎて、精神的に疲れたんだわ。


「まあそうね。……エミリア、あなたも着替えなさい」

「はい……シャーロット」


 俺が放り投げた服をていねいに畳んでいたが、仕事を終えると立ち上がった。


「着替えて……参ります」


 自分の部屋に消える。夜着も七着誂えたからな。もうシャーロットのを借りる必要はない。


「わたくしも……眠いわ」


 ふわーあ……っとあくびをすると、俺の寝台に潜り込む。


「ゲーマ、あなたも早く入りなさいよ」


 手招きする。


「あなた太ってて体があったかいから、便利なのよね」


 やっぱり抱き枕か湯たんぽ扱いか……。いつか男扱いされたいもんだ。


 こっそり溜息をつくと、寝台に潜り込む。シャーロットの左側に。


「もう少しこっちに来なさいよ。温かくならないじゃない」

「くっついていいのか」

「触らない程度によ。わかってるでしょ、もう」

「はいはい……」

「ボクここーっ」


 ブランケットに飛んできたルナが、俺の腹に着地する。


「ぽわんぽわんしてて天国の寝心地」


 悪かったな、腹が出てて。


「……」


 扉が開いて、エミリアが入ってきた。


「……」

「……」

「……」


 俺達三人、絶句。だってそうだろ。エミリアの夜着、誂えたうちでもかなり過激なほうだったからさ。なんたって裾が短くて下着が見えそうだし、上だって胸が半分くらい見えている。寝るときに胸を覆う下着なんて身に着けてないから、色々見えそうだ。


「ゲーマ様……」

「……」


 ルナに腹をつねられた。わかってるって。


「か、かわいいよ、エミリア」

「……」

「エミリア……あなた……」


 シャーロットが、寝台に起き直った。ちらと俺の顔を見てから、エミリアに向き直る。


「前々から思ってたけれど……あなた……ゲーマのことが好きなの」


 おっとーっ! ここで爆弾放り込むんか。俺は息を潜めた。


 いや俺も、なんとなくそんなオーラを感じることはあったんだけどさ。でも向こうから直接的に踏み込んでくるわけでもない。それになんか暗い過去がありそうな娘だからな、エミリアは。気持ちも確かめないで俺から踏み込むってのもな。


 そもそもエミリア、奴隷の立場だっていっつも言ってるから、俺が命じたら自分の感情抜きにして、色々ご奉仕してくれそうだしさ。それだと気持ちもへったくれもないじゃん。傷つけるだけで。


「……」


 黙ったまま、エミリアは首を振った。


「いえ」


 はっきり言い切る。


「好きになれません」

「そ、そうか……」

「嫌いです」


 無感情の声だ。正直、意外だった。男女としてどうのはなくとも、人間として好意を持たれているとは思っていたから。


「……」

「……」

「……」

「もう寝ます」

「俺の寝台でいいのか。なんなら自分の部屋で眠っても」


 嫌いな男の寝台だからな。


「ここが……いい」


 滑り込んでくると、俺の左隣に横たわる。ぴとっとくっついて、俺の腕を胸に抱いて。


 ……どういうことだ。


 嫌いなら普通、くっつかないだろ。柔らかな胸で俺の腕を包み、太腿の奥で俺の手を挟むなんて……。


 混乱した。なにか理由があるのだろうか。俺は嫌いだが、奴隷として身の回りの世話をするのは当然だと思っているとか。近寄るのもうんざりだが、捨てられて放浪の身になるのが怖いとか……。


 やっぱ捨てられたくないって線かな。この大陸でエルフは貴重だ。庇護者のいない状態だと、それこそ捕まってしまう危険性はある。


 たしかに強力なパワーを持つから、正面からの戦闘なら楽勝だろう。だがエルフでも夜は眠る。木陰で眠っているときさらに睡眠魔法でも撃たれれば、人事不省のまま誘拐され、隷属の魔導首輪を巻かれるかもしれない。


 もし俺がエミリアだとして、万一この屋敷を追い出されたら、どうするだろうか。


 すでに故郷の村は全滅し、両親も亡くなったと言っていた。そこには戻れない。


 さらわれるリスクを避けるには、早々に誰かの庇護下に入るのがいい。近場の貴族の食客となって貴族の顔を立ててやり、社交界経由で、より上位の貴族なり王族なりに取り入る。そこに移ってのんびり暮らす……。そんなところだろう。


 というか考えたら、今だってエミリアはそうすればいいんだ。悪役貴族の奴隷なんかやってる理由がない。俺が助けたからだとかなんとか言ってはいたが、エミリアは、その詳細は話したがらない。俺が憑依する前の悪役ゲーマなら知っているのかもしれないが、俺にはその頃の記憶は受け継がれてないからなあ……。


 助けたからこれまで義理を果たしてきたんだな。俺のことが嫌いでも。でも……それならむしろ、くっつかないでほしい。


 エミリアの体温と甘い匂いを感じながら、俺は溜息をついた。


 なんたってまず、俺は男だしな。それに男女抜きにしても毎日暮らすうちに情も湧いて、今では大事な家族だと思っている。そんな相手に実は嫌われているというのは、辛い。嫌いなら嫌いで、距離を取っていてほしい。それなら俺も、エミリアのことはただの使用人だと思い込めるかもしれないから。


 よく考えてみると、俺がゲーマに憑依転生した当初、エミリアはきちんと距離を取ろうとしていた。一緒に飯にしたり同じ寝台に寝たりと、距離を縮めたのは俺のほうだ。最初は戸惑っているように見えたエミリアも、その生活に馴染んできた。


 距離を取りたがっていたエミリアを嫌いな男に近づけ傷つけたのは、もしかしたら俺のほうかもしれない。反省すべきは俺かもしれない……。


 とりとめもない考えがぐるぐる頭を回る。俺の気配を感じ取ったのかな。いつもは眠るまで寝台の中でもやいのやいのうるさいルナも、今日はおとなしい。シャーロットも、目をつぶったまま静かにしている。


 すうすうかわいい寝息を立てているのは、俺の腕を胸に抱えたエミリアだけだ。唇は俺の肩に着いている。いやエミリア、マジでなに考えてるんだよ。色々矛盾してるだろ、言動が。


 そのとき――。


「……」

「……今の、なに」

「夢でも見たのか、シャーロット」

「……ンドン」

「聞き間違いじゃない」


 がばっと身を起こした。


「誰かが玄関の扉を叩いている」

「……聞こえた」


 エミリアが飛び起きた。


「見てくる。寝てて」

「待て」


 俺も起きる。ルナは俺の肩に留まって大あくびをしている。


「全員で行こう。敵が多ければ、エミリアひとりでは厳しい」

「急いで着替えるわ。戦闘装備に」

「いや、急ごう。屋敷に火でも放たれたらかなわん。魔法アクセサリーだけ装着しろ。枕元にあるだろ。エミリアもな。……ルナ」

「うん」

「お前は装備無関係で、いつでも全開で魔法を撃てる。頼りにしてるぞ」

「まっかせてーっ。ゲーマに買ってもらった妖精の腕輪も装備してるしね」

「なんだあれ、寝てるときも外さないのか」

「恋人のプレゼントだもーん」


 相変わらず茶化す奴だわ。


「みんな装備したな。行くぞっ」


 全員、俺の部屋を飛び出した。


「悪党デレードの手の者かしら」

「親玉殺しちゃったもんねーっ」

「違うだろう、多分だが。あいつ、今日ここに来ることは誰にも教えてないと言っていた。ボスとしてのプライドがあるからな」

「なら誰さ」

「まさか……アンドリューとか」

「勇者様か」


 あいつ、俺のことを目の敵にしてたもんな。悪の権化、シャーロットを金で寝取った大悪党とか。


「……マ、ゲーマ」


 階段を下りると、はっきりしてきた。女の声だ。


「まさか……」

「アンドリューじゃない。フローレンスだわ」


 アンドリューと魔王退治の勇者パーティーを組んでいた、フローレンス。アンドリューやモブーの幼馴染にして、原作ゲーム上は最強のヒーラー。いずれはアンドリューのハーレムパーティーでメインヒロインを張るポジションだ。


 フローレンスが夜中に俺の屋敷に……。


 これは絶対なにかある。心が引き締まるのを感じた。エミリアに嫌われていようが、とりあえず今はどうでもいい。


「全員、戦闘の心構えをしておけ。なにがあるかわからん」


 俺の叫びに皆が頷いた。




●業務連絡

次話から新章「第六章 暴走(仮題)」に入ります。第一部もいよいよクライマックス。驚愕の展開が続きます。お楽しみにー!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る