5-4 エミリアのドレス試着
メイド服が足元に落ちると、粗末な下着姿が現れた。いや粗末なのは下着だけよ。エミリアの体は神々しいくらいにきれいだからな。肌にシミひとつ無い上に、スタイル抜群だし。
「まずはこれからね……」
シャーロットが取り上げたのは、普段着だ。
「普段着は五セット。約束通り上下別で着回しできるようになってるから、バリエーションは無限ね。季節的には春から秋までの服だから、冬用はそのうち作ればいいわ」
「早く着てよう、エミリア」
俺の肩に留まったまま、ルナはノリノリだ。いやお前、エロいおっさんかよ。妖精だし、一応女子だろ。
「う、うん……」
もたもたと、エミリアは服を着る。
「この……ボタンはどうやって……」
「わたくしが手伝うわ」
てきぱきと、シャーロットが形を整えていく。
「ドレスの複雑さとか、普段着の比じゃないわよ。そっちもわたくしが着付けする。今度ちゃんと、着方を教えて差し上げるわ」
「……」
もうエミリアはマネキン同然。呆然としているまま、シャーロットが仕上げてくれた。
「はい、できた」
肩を抱くと、くるっと俺の前に突き出した。
「どう、ゲーマ。似合ってるでしょ」
「……」
長めでふんわり広がるフレアーな黒スカートに、柔らかな白シャツの組み合わせ。シャツの袖はゆったりしているから、なんというか、春の高原のお嬢様……といった印象だ。
普段着というから、なんというか全体に野良着のようなぶかぶかシルエットだと思ってた。でもこのシャツ、胴部分は意外に密着してるわ。だからきれいな体の線が丸見えになっている。
「……動きにくくないんか、シャツ。普段着なのに」
「いやあねえ、ゲーマ」
シャーロットは溜息をついた。
「最初の一言がそれ? いいシャツは、邪魔したりしないわよ。生地が伸びるし、仕立てもいいし」
「そ、そうなのか」
「それよりほら、言うことがあるでしょ」
「か、かわいい……」
「……」
シャツから見えているエミリアの首筋が、さあっと赤くなった。
「他にも普段着あるけど、着回しは二十五通りもある。だから代表的な組み合わせ三つだけ、わたくしが見繕うわ」
上五着×下五着だもんな。
「脱ぐわよ、ほら」
「……」
「はい、次」
「シャーロット……」
ぷちぷちとボタンを留めていく。
「どう、ゲーマ」
今度は膝上くらいのプリーツスカートに、シャツとジャケット。スカートはグレイとピンクのチェックで、ジャケットはグレイ。前々世で言うなら、お嬢様学校の制服といった印象だ。
「か、かわいい……」
「スタイルがいいからエミリア、なんでも似合うねー」
ルナも感心したような声。
「次はこれね」
今度はスカートでなかった。緩いシルエットの、カーゴパンツ的な奴。それにタイトなシャツにベストを組み合わせている。シャツはベージュ。パンツとベストは苔色。ベストには大小たくさんのポケットやループホールが設けられていた。
「これは作業着的な奴ね。ガーデニング用具や大工道具をたくさん収められるし」
たしかに。釣りのときとかにもいいな。
「どう、ゲーマ」
「かわいい」
「ゲーマ様……」
脚をきつく閉じたエミリアは、もじもじと身を捩っている。
「ゲーマったら、かわいいしか言えなくなってるじゃないの」
呆れたような声だ。
「普段着でそれだと、ドレス姿で卒倒するわね」
くすくす笑うと、またエミリアを脱がす。三枚のドレスを見比べて、ひとつを取り上げた。
「これなんかヤバいわよ」
丁寧に服を広げると、バンザイさせたエミリアの頭から通す。ざっと整えてから背後に回って、なにやらごそごそやっている。
「あれは紐を締めてるんだよ、ゲーマ」
ルナが解説してくれる。
「背後でか。……なら脱げないじゃないか」
「自分ではね。ドレスじゃん」
笑われたわ。
「侍女がやるんだよ。ドレスは貴族服だからね。それとも……」
手を口に当てて、にやにやしている。
「それとも、恋人が脱がすか」
「はあ……」
なるほど。
「はい、完成」
シャーロットが胸を張った。
「どう、わたくしの着付け。エミリアはスタイルいいから、着せていて楽しいわ。いい服が、ちゃんと似合うもの」
「か、かわいい……」
「ゲーマ……様……」
シンデレラかよ……。
まっしろのドレスを着たエミリアを前に、そんな感想しか出てこない。それくらいきれいだ。大人と子供のちょうど中間、切れの良さとかわいさのちょうど中間。そのあたりを狙ったと思われるデザイン。社交界デビューしたら、その場で王族との婚約が決まりそうだ。
おまけに服屋のあの女将が選んでくれた生地が凄い。しっかりドレスの形を保っているから
真っ白……というか白銀に輝くような生地。多分糸が、限界まで細いのだろう。だから光を反射するのだ。前々世の社畜ウエアで言うなら、二〇〇番手の絹糸を使ったシャツといった感じよ。
襟ぐりは大きく、肩は丸出し。胸はほぼ上半分が丸見えも同然だ。エミリアの胸は大きいから、おれおっさん全員、視線が吸い込まれるだろ。
「下着がねえ……」
ルナが腕を組んだ。まあたしかに。ドレスは最高だが、今の下着はただ「野良作業の間、胸を隠せばいい」くらいの雑な作り。だから退色したベージュの下着が、ドレスの上にはみ出している。
「それはまあ仕方ないわ。ドレスには専用下着が必要だもの」
シャーロットが、精一杯エミリアの下着をドレスの中に押し込んだ。
「でもちゃんとドレス用の下着も何枚か送ってくれたわよ、あの仕立て屋」
脇にある下着用のパッケージを指差す。三十セット頼んだからな。まあドレス用が入っているのも当然だろう。仕立て屋も馬鹿じゃあないし。
「ほら、裏側も見て」
くるっと回らせる。
「はいどうぞ」
エミリアの長い銀髪を持ち上げると、背中側の作りが見えた。背中は大きく開き、ほぼ腰のあたりまで肌が見えている。それだけだと当然形の維持などできないので、左右は白いリボンで繋がれ、強く締められている。ちょうどスニーカーの紐のような感じよ。
「リボンだから弱く見えるでしょうけど、ミスリル糸で強化されてるから切れたりはしないわ」
「なるほど。よくできてるな」
こちら側も上下とも下着が見えているのが残念ポイントだが、今はとりあえずだもんな。このドレスを着るときは、胸に下着を纏うのはどう考えても無理だし。
「腰のあたりで結んであるんだな」
かわいい結び目だ。
「ええ。この結び目を解くと、さあっと落とせるのよ。だから侍女は楽よね。夜とか」
「ひひっ」
気味悪い笑い声を、ルナが上げた。
「寝台を前にした殿方もね」
「ゲーマ……様……」
エミリアの背中も、さあっと赤くなった。
「全部は時間も掛かるし。今日はこんなところかしらね」
腕を腰に当て、シャーロットがほっと息を吐いた。
「まだ……ある」
珍しく、エミリアが自分から声を出した。
「あら、他のドレスも着たいの」
「下着……」
恥ずかしそうに、エミリアは俺の目を見てきた。
えっ……まさかの下着ショーになるんか、これから……。
思わず、俺は息を呑んだ。
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