5-3 俺様の悪党ムーブ、悪仲間デレード編

 面倒な貸付案件を終えた。金を握ってほくほく顔の商人が屋敷の客間を出ていくと、俺はほっと息を吐いた。手元の茶をひとくち飲む。


 金を貸すからには、相手の財務状況から商売の景気、返済見込みまで精査しないとならない。もちろん一番大事なのは、借金の理由だ。たとえば家族の怪我とかの一時的なものなら貸してもいいが、商売が構造的に危ないとかだと、貸すリスクは極端に高まる。


 金貸しは、想像以上に胆力と人を見る眼力が必要だ。二周目転生してから俺は、そのことが身に沁みていた。


「はい、次」

「……」


 次の客は、無言で入ってきた。中年の男。顔に傷跡があり、目つきが悪い。金持ち風……というか、見せびらかすように高価なアクセサリーをじゃらじゃら身に着けている。まあ……まともな奴じゃあないだろう。


「ゲーマ」

「……デレード」


 こいつについては事前に、エミリアが詳細なメモを渡してくれていた。どうやら俺が憑依転生する前の、ゲーマの悪仲間らしい。手元の資料に今一度さっと目を通してから、テーブル対面に座るよう、手で促した。


「そいつを……」


 座らず、エミリアを顎で示す。


「……」


 俺が黙っていると、ちっと舌を鳴らした。


「人払いしろ、ゲーマ」

「このエルフは俺の奴隷だ。メイド服を着ているだろ。気にするな」


 じろりとエミリアを睨む。そのまま胸や腰に視線を移していたが、もう一度舌を鳴らすとどかっと座った。


「まあいいか。お前のことだ。隷属魔法は掛けているんだろうし」

「……まあな」


 いや知らんし。勝手に勘違いしてろ。前、エミリアに尋ねたら、掛けられてはいないって話だったからな。


「俺とお前のサシだ。奴隷は気にするな。……で、なんの用だ。お前が金に困ってるわけないよな」

「当たり前だろ。つい昨日も、でかい山を踏んだし」


 唇の端を上げて笑う。


「儲け話だ、ゲーマ。乗らないか」


 胸の中が、どんと押された。隠してある妖精ルナが、警告してくれてるんだ。


 あーちなみにシャーロットは、金貸し商売の場には同席させてない。貴族の娘にどろどろした人間関係を見せるのもかわいそうだしな。金貸し商売の間、シャーロットはおおむね裏庭にいる。草花いじりが好きなんだよ。荒れ放題の裏庭をきれいにしてみせると張り切ってるからな。


「……案件は」


 エミリアのメモだと、こいつは相当の悪党らしい。


 金持ちの家に押し入って一家惨殺する強盗とか。あるいはイカサマ賭博に貴族をハメて荘園を巻き上げるとかな。大法院に仲間を送り込んで賄賂を流してるんで、とにかくやりたい放題という。


 転生前のゲーマは、付かず離れず付き合っていたんだと。狙いはもちろん、ヘクタドラクマコインの情報だ。金の流れるところにしか可能性がないからな。


「近々、別大陸からの貿易船が到着する。相当なお宝を積んでるって話だ。こいつを襲って全部巻き上げる」

「お宝船ともなれば、入港日は王室の極秘事項だろ。どうやって調べる」

「王室づては無理だ。あそこは国王に忠誠を誓った馬鹿野郎ばかりだからな」


 茶をぐっと飲み干す。


「おい奴隷。酒くらい出せ」


 エミリアを睨む。


「気の利かねえ奴隷だな。それでもエルフかよ」

「……」


 黙ったままのエミリアに頷いてやると、しばらくして酒を持ってきた。まだ昼前だからな。普通は酒なんか出さないっての。


「おめえ……近くで見ると、いい女だな」


 にやけている。


「おいゲーマ。今度一晩、このエルフを貸せ。なに心配すんな。壊れない程度にしかいたぶらないからよ。指一本くらいは無くなるかもしれんが」


 ゴブレットを持ってテーブルに屈むエミリアの胸に手を伸ばそうとした――が、見えないほどの早業ではたき落された。


「……」


 無言のまま、エミリアは野郎を睨んでいる。


「おお、身のこなしも最高だな。さすがはエルフ。寝台で痛めつけるのが楽しみだぜ……」


 はたかれた手の甲をべろりと、エミリアに見せつけるかのように舐めた。


「茶番は終わりだ、デレード。先を続けろ」

「ふん……。港湾管理に金を流してある。王室経由でなく、現場経由で入港日を手に入れる」


 酒を一気に煽る。


「いくら秘密ったって、現場には準備をさせないとならないからな」

「船種は偽装されてるだろ」

「そんなん、怪しい船は全部襲う構えだけしとけばいいんだ」


 豪快に笑い飛ばす。


「近づく船を山上あたりから観察して、違ってたら襲わない。本物が来るまで待つ。今回は一世一代の儲けだ。何十日も無駄に待つ意味はある」

「なるほど。……で、俺に何をしてほしい。荒事は無理だぞ」

「そりゃ、お前のその腹じゃあな」


 にやにや。


「せいぜい、寝台でそのエルフを殴って組み伏せるくらいしかできないだろ」


 またそっちに話を持ってくのか。心底うんざりした。


「儲けもでかいが、相手の警戒も厳しい。そのためにガチの戦闘プロを多数雇う。長期戦だと言っただろ。その間、連中を繋ぎ止めるだけの資金が欲しい」

「成功報酬でいいだろ。うまくやれるかわからん荒事なら普通だ」

「前金と支度金がな」


 ふわーあっと、大あくびをしている。


「デレード、お前の金を使え。そもそもお前、昨日もヤマ踏んで金を毟ったって言ってただろ」

「今回は規模が桁違いだ。それで足りないから来てるんじゃねえか」


 なるほど。悪党のプール資金で足りないほどの、高額報酬の精鋭を集めるって話か。


「いつ入港するんだ。それに金はいつ必要だ」

「入港はだいたい二か月後あたりらしい。金はすぐにでも。……もう何人かは集まってもらってる」

「ふむ……」


 考えた。俺は悪役金貸しだ。それはいいんだが、ガチで何十人も真面目な船員が殺される強盗案件に絡みたくはない。


「俺も今は……手元資金が足りなくてな。貸すばかりで。返済はとにかく待ってくれって連中ばかりで」


 やんわり逃げを打つ。


「嘘つくんじゃねえ」


 デレードに睨まれた。


「ゲーマてめえ最近、底辺連中の借金を畳みまくってるって話じゃねえか。物々交換とか、半額に債務圧縮するとか。半額にまけてやったとしても、かなりの金が戻ってるはずだ」


 どんとテーブルを叩いた。


 こいつ、そこまで調べてたか……。さすがは悪党だ。金の情報にはさといぜ。


「金があっても、俺には貸せねえ……ってのか」


 テーブルに身を乗り出し、下から見上げるようにして俺を睨みつける。商売の手口だけに、とんでもない迫力だ。こうして誰彼構わず脅してるんだろう。


「ええゲーマ。それならこっちにも考えがあるぜ……」

「……」


 考えた。穏便には済ませられそうにない。乗る気もない。……となるとデレードと戦争って話になる。こいつにはテカ……つまり手下が、山のようにいるだろう。準備を整えさせての戦争となると、こっちには分がない。それにこの案件は近々、国王に警告しておかないならないしな。


「デレード、他に金づるはいないのか」

「結構な額だ。王都で即金を工面するなら、おめえしかねえ」

「天下のデレードが恥ずかしくないのかよ。金がショートしたとか。テカに対して示しつかないだろ」

「だからこうして独りで来たんじゃねえか。誰にも告げず」


 両腕を広げてみせた。


「蛇の道は蛇。……ゲーマ、お前ならわかってくれるだろ」

「ああ、よくわかるさ」


 分からない程度に身を引くと、俺は大げさに頷いてみせた。


「デレード、お前ももう充分人生を楽しんだろ。悪党として。……そろそろ冥王の前で、そのツケを払え」

「は?」


 素の顔になる。


「冥王?」

「殺せ、エミリア」

「ゲーマ様……」


 背後に輝きが灯った。エミリアの体が発光しているはずだ。


「殺せって……おい……ゲー――」


 轟音が響く。言いかけたデレードの体に、雷が落ちたんだ。操り人形のように不自然に飛び上がると、ばたっと倒れる。体を抜けた電気に硬直しているのか、定規並に体がピンと伸びていた。ソファーの背に乗った体がシーソーのように傾くと、音を立てて床に転がる。焦げたような匂いが漂い始めた。


 エミリアの奴、ちゃんと俺に被害が及ばないような魔法を選んでくれたな。俺がわずかに身を引いたのを見て取り、ベストの選択をして。炎系魔法だと俺も延焼する。物理系棍棒とかだと即死は無理だから、死物狂いの野郎が俺に襲いかかってくるかもだし。


「あーあ、やっちゃった」


 胸からルナが這い出してきた。俺の顔の前に浮かぶと、腕を組む。


「今回は随分あっさり決断したね、ゲーマ。殺すとか」

「それしか手が無かったからな、ルナ。それにこいつはとんでもない悪党だ。世界平和のためにもなる」

「まあそうだよね。この人、ここに来るの他の誰にも言ってないみたいだし。最大のチャンスだったのも確かだよ」

「そうさ。今しかなかったんだ、仕方ない。……エミリア、次の客は」

「……」


 エミリアは首を振っている。今日はこいつが最後か。ならまあちょうどいい。


「まだ午前中だ。ルナ、こいつは魔法で浮かせて地下の物置に運べ。夜、裏山に持ち込む。エミリアの火炎で骨まで焼いてやろう。精々冥府にちゃんと落ちれるように」

「はーいっ」


 三人で悪党のむくろを地下に隠して戻ると、客間にシャーロットが立っていた。


「なんだ。なんかあったのか。シャーロット」

「忘れてたの、ゲーマ」


 腕を腰に当てて睨んでくる。


「今日はエミリアとルナの服が上がる日じゃない。届いたわよ、今」


 見ると客間の床に、きれいでかわいいパッケージが並んでいた。たくさん。そういや、それもあって客を絞ってたんだよな。嫌な野郎と会話してムカついてたから、服のこととかすっかり忘れてたわ。


「ならこれから、エミリアとルナのファッションショーだな」

「あの……。ゲーマ様……」


 エミリアは、消え入りそうな声だ。どんどん顔が赤くなる。


「私には……もったいない……」

「気にすんな。エミリアのかわいいドレス姿、絶対似合ってるぞ。シャーロット、どの服から始めるか、選んでやってくれ」

「わかったわ」

「楽しみだねー」


 ルナが俺の肩に舞い降りる。


「ボクのもあるけど、まずはエミリアからだよ。ほら、脱いで脱いで。着て着て」

「ゲーマ様が……望むなら……」


 ゴスロリメイド服の紐をエミリアは、俺の目の前で解き始めた。




●島流しから戻ってきて、執筆再開しました。

……って、コンテストの参加条件「コンテスト締め切りまでに10万字公開」が危ないwww 今8万字だし。これから馬力入れて執筆頑張るしかない。。。。★みっつでの評価、それに❤応援や作品フォローでの応援お願いします。。。

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