5-2 エルフと妖精の仕立て

 エルフの仕立てと聞いて、仕立て屋店内のマダム連中が興味深げにこっちを見た。まあ……野次馬だよな。いい話のネタができたとか思ってるんだろう。


「見て奥様……」


 有閑マダム……といった様子の客Aが、連れに呟く。


「きれいなエルフ……」

「でもメイド服じゃない。ただの下層民よ。この店にふさわしくないわ。汚らわしい」客B

「なに言ってるの。エルフは貴種じゃない。下層民どころか、見方によっては王族より上位よ」客C

「そうそう。それにあの娘、顔もスタイルも抜群。地味なメイド服でも隠しきれてないわ」客D

「ドレス、似合うでしょうねえ……」客A

「そうよ。あなた見る目がないんじゃないの」客C


 どうやら、連れのマダム勢は皆、客Bに呆れている様子。自分が話題になっていると知って、エミリアはおどおどしている。


「怖がるな、エミリア」


 耳元で囁いてやる。


「お前は俺の自慢の家族だ。堂々としていろ」

「はい……」


 頷いた。


「ゲーマ様に……恥を掻かせない」


 ほっと一度息を吐くと、丸まっていた背を伸ばし、胸を張った。


「素晴らしいスタイルですな……」


 店主の瞳が輝いた。


「こいつは一世一代の仕事だ。おい、早速寸法をお測りしろ」

「あなた……」


 店主の嫁が、首から下げた布尺を広げた。婦人服店だけに、さすがに採寸は嫁がするんだな。まあ当然だが。


「お嬢様。こちらに……」


 困ったように俺を見上げたエミリアを、そっと押し出した。


「見た目でだいたいわかりましたが、念のため採寸しますね。まずは胸周りから。……腕を横に広げて下さい」

「は……い……」

「次はウエスト……まあ、胸とこんなに差が……」

「エルフは人間よりスタイルがいいと聞きますが、エミリア様はとびきりですな」

「次は肩幅と、腰の位置を測ります。肩から腰までの長さが重要なんですよ。特にドレスだと」

「くすぐ……ったい」

「敏感ですこと。……彼氏になられる御方は幸せね」


 奥さんはくすくす笑いだ。エミリアは、ちらと俺を見た。


「すぐ終わりますよ。我慢なさいませ、お嬢様」

「……はい」

「それにしても……」


 エミリアが体のあちこちを採寸されるのを見て、シャーロットは腕を組んだ。


「すごっ……。見てわかってはいたけど、数字に出ると改めて感心するわね」

「なにが」

「エミリアのスタイルよ。当たり前じゃないの」


 睨まれた。


「ほんっとに、なあんでこんな野暮な男の奴隷になんかなってるのかしら。謎よね。そもそもエルフは稀種にして貴種。どの国でも珍重されるから、奴隷になんかなるわけないのに」


 腕を組んでいる。いや俺もそこは不思議だわ。


「エミリアほどなら、上級貴族の食客として引く手あまたよ。エルフ、しかも美少女が食客なら、貴族としての箔も付くし。それに食客どころか、なにがなんでも嫁に……というオファーだって殺到するでしょ。なんなら公爵クラス……いえ、王族にも望まれるに違いないわ」

「俺にエミリアはもったいない。それは感じる」


 本音だ。だが、転生悪役貴族の俺としては、エミリアが居てくれなければおそらく死亡フラグに勝てない。身近に居てくれるだけで助かる。


「だから大事にしてやるんだ」

「そう……」


 不思議なものでも見るような目つきで、シャーロットは俺を見た。じっと、瞳を覗き込むように。


「なんだか……エミリアがうらやましいわ、わたくし」

「お前だって、俺の大事な仲間だよ。……だってこれからは命を預け合う戦友だからな」


 肩を抱いてやった。またはたかれるかなと思ったけどシャーロットは、俺に体を預けたまま、じっとしている。


「……ならまあ……いいわ」


 ほっと息を吐いた。


「わたくし、アンドリューのパーティーを離れてよかった。アンドリュー、魔王討伐という目的があるせいか、すっごく傲慢。パーティーも息苦しかったもの。……でも今は、こうして金貸しの悪役貴族に体を抱かれて……わたくし……」


 服を魅力的に見せるためか、店内はたくさんの照明で照らされている。その光を受け、シャーロットの瞳は輝いていた。まるで潤んでいるかのように。


「わたくし……幸せを感じている。きっと……エミリアも同じよ」

「ボクもそうだよ。忘れないでね」

「そうだなルナ。いつも俺のフォローありがとうな」


 隠れているルナの頭のあたりを、服の上から撫でてやった。


「へへーっ。ボク、求婚されちゃった」

「してないわ、アホ」

「んもうっ!」

「それよりほら、採寸終わったわよ」


 シャーロットにつつかれた。奥さんに導かれ、奥のソファーに案内される。俺達の前に、店主と奥さんがいくつもの布地とデザイン画を広げた。


 どのデザインがいいか。それぞれのデザインなら、どのような布地がいいか。色はどうするか。等々。次から次へと提案しては、俺やエミリアの意見を聞いてくる。


 なにを聞かれてもエミリアは、困ったように隣の俺を見上げてくるだけ。俺の手をしっかり握ったまま、離そうともしない。武器防具を誂えたときとは、大違いだ。あのときはしっかり、自分で希望を述べたからな。きらびやかな布地や美しいデザイン画の数々を前に、すっかり思考停止しているようだ。


 だから俺がだいたい決めてやった。……といっても俺は女子の好みとか流行りとかはさっぱりだ。なのでシャーロットの意見が随分役立ったよ。なにせ上流貴族だからな、シャーロットは。


 まあ笑ったのは、高い方高い方へと、店主がそれとなく誘導すること。どうでもいいから俺は知らん顔していたけどな。でも最終的には店主、奥さんに怒られてたよ。「このデザインにその布地は似合わない。安くなるけど、こっちのが絶対にいい」って。どうやらこの店、奥さんで持ってるな。この親父だけだと、あっという間に悪い評判が立って潰れそうだ。


 いずれにしろ、大騒ぎの末に、全てが決まった。最初から最後まで、エミリアは呆然としてただけだけどな。


「では総額で、これになります」


 ソファー前のテーブルに広げた宝石を、店主は上下左右に動かしてみせた。


「偶然、ゲーマ様からお借りした金額とぴったり同じですな」

「お前いつの間にか、唸り声消えたな。……病気はどうした」

「えっ……」


 絶句した店主は突然、顔を歪めてみせた。


「う、うーん……うーん。痛っ、いたたたたっ」

「もういいよ。茶番は不要だ」

「うー……。へへへへっ」


 悪い笑顔だ。


「お前は嫁に感謝しろ。でないと潰れるぞ」

「まあ……」


 奥さんは、驚いたように口を開いた。


「その……ありがとうございます。ゲーマ様……」


 俺の手を取ると、笑顔になった。


「素敵な……殿方。聞いていた噂と、全然違いますね。いずれ一度……」

「お前……そろそろ手を離せ」


 店主に無理やり手を取られてて笑ったわ。


「それより店主。お前、いい加減にしろよ」

「へっ……」


 額に汗が浮かんでやがる。


「な、なんのことでしょう」

「お前が精一杯盛ったこの勘定、たしかに俺の貸した金とほぼ同じだ」


 微妙に変えているのがこすっからい。ちゃんと計算しましたよーと、言い張るためだろう。


「だが、利子分を忘れてるよな」


 ルナが押し出してくれた借用書を、テーブルに広げた。


「ほら。ちゃんと書いてあるだろ。利子の項目が」

「はあ……ゲーマ様は人格者だ。利子なんか取らないものかと」


 んなわけあるか、アホ。調子のいい野郎だ。


「この利子分をチャラにしてやってもいい」

「さすがはゲーマ様だ」


 言質を取れて、嬉しそうに首をぶんぶん縦に振っている。俺の手を取って、こちらも上下にぶんぶん振り回す。いや俺、汲み上げ井戸の仕掛けじゃないぞ。


「ただ、その代わり、おまけの仕立てを頼む」

「ゲーマ様、おまけ……とは」

「小さな人形用の服だ。スタイル抜群の、かわいい女の子用。エミリア同様、適当に十種類ほど作れ。小さいから、どうせ捨てる端切れで作れる。それで利子がチャラ。店に損はないはずだ。というか、大儲けだろ」

「ようがす。さすがはゲーマ様だ」


 鷹揚に頷いた。


「心を込めて作りやしょう」

「人形のドレス製作は楽しいんですよ」


 奥さんが付け加えた。


「人間の服とは違って、最初から全体像を見ながら作れますからね」


 この人、本当に仕立てが大好きなんだな。天職だろ、これもう。


「してゲーマの旦那、その人形のサイズはいかほどで」

「そうだな……」


 店主に促され、手と指を使って、ルナの体型を色々再現してやった。奥さんがそれを発注票に書き留めていく。店主とふたり、作るべき服について、色々相談しながら。


「……ゲーマ」


 服の中で、ルナが俺の胸にキスしているのがわかった。


「ありがと。……ボクのことも考えてくれて」


 囁き声は、俺にしか聞こえない。服の上からまた、頭を撫でてやったよ。ルナだって俺の大事な家族だからな。俺の生命線を握っている立場だし。大事にしてやると、俺は心に決めてるのさ。

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